消さんと思う人、護らんと思う人(一)
聖国皇都・聖都が眠りに落ちる月のなき闇夜。
帝も、妃たちも、その子どもたちも、民も帝に仕える百官も……皆眠りについた真夜中。
月も星の光も届かぬその夜は、礼拝堂のステンドグラスも暗く鈍く光るのみ。
誰もいないはずの聖星森堂の礼拝堂に、人の気配。
「したが、無詠唱で五大精霊の力を行使するなぞ…」
そんなことが可能なのか、と呻くような声。
「いかに星森の申し子の末裔であり、建国の剣・源彩恩の血を継いでいるとはいえ、たかが四つの童にかようなことができるとは…」
信じられません、と別の声。
「第二皇子を持ち上げるため、噂におびれがついて流れているのではないのか」
「大いにありえますな。かの皇子については、信じられない噂が多い。どう考えてもありえぬことばかり」
「さよう。四つの童が、もう秀英院で扱うような専門書を読みこなし、専門家と議論ができるなど…」
そうだ、もっともだと同意する男たちのひそひそ声が礼拝堂に満ちる。
「やはり、源家が第二皇子を皇太子に据えんがため、大仰な噂を流しているのではないのか」
「第二皇子がいかに優秀かを流布し、虎視眈々と玉座を狙わせているのか。孫息子をいずれ皇帝に据え、政を己のほしいままにしようとしているのか」
「源彩芝め……司法院の長官では飽き足らぬか。権威欲の強い奴め」
許しがたい、まるで興味のないような顔をして狙っておるとは……と非難する声。
「だが、つい先日第一皇子である子虞さまが中の院にお入りあそばした。子虞さまもそれはそれは優秀でいらっしゃる。第二皇子の小聿は、東の院に留まったではないか。主上の御心は子虞さまに定まっておられる。案ずることはないのではないか」
「うむ。何より、小聿は体が弱い。かような病弱な童がいずれこの聖国の主になれるわけがない」
そうだ、その通りだ、と声が上がる。
「しかし、小聿が篤の二の姫を助けて倒れたことを知った主上が、わざわざ東宮の東の院に足をお運びになったそうな。今上帝が東宮にお渡りになるなど、前代未聞ですぞ」
なんと!そんなことが……と驚愕の声が広がる。
「……もし仮に、無詠唱魔術の行使を現実に第二皇子ができたのだとすれば、それは一大事ですぞ」
「いやいや、魔術省の官僚や魔術大学院の者や秀英院の魔術学部の者ができぬことをどうして四つの童ができると申すのだ」
「ですが……」
もしそうなら、いやありえぬ、と二つの意見が交錯する。
そこに――――
パチンッ、と扇子を礼拝堂のベンチに強く打ち付ける音がして、その場に満ちた声は消える。
「どちらにせよ、第二皇子の存在は厄介だ。東の院に入ったとて、立太子の儀が行われぬ限り次の皇太子になる可能性は十二分にある。かの皇子が体が弱いとはいえ、座して消えるのを待つほど悠長な構えをするのは甘いというもの。相手は、まだ四つの童。無駄な力をつける前に、いなくなってもらった方が良い」
その言葉に賛同する声がそこここで紡がれる。
「これまで、小聿皇子を幾度となく消さんとしたが、全て防がれておる。源家も皇子を守らんと必死ゆえな。しかし、いつまでも手をこまねくわけには参らぬ」
扇子の主は、コンコンとその柄でベンチの背を叩いた。
「それはそうですが……ご指摘の通り、源家も皇子を守らんがためその周りをかなりの手練で囲っております。常に側に控える側近たちも優秀ですし、傅役の篤紫苑は文官でありながら、武宮官の試(武官採用試験)も合格した強者。そう簡単に手を下すことは……」
その指摘に扇子の主は、ふむと頷き扇子を広げる。
「さよう。まるで胡桃のようじゃ。殻が硬うて中身が見えぬ。ならば……」
そうして、口元に扇子を当て、ふふと笑う。
「中から爆ぜてもらうのみ。……のう?」
そう言って、扇子の主は隣に黙って立つ男の肩に手を置く。
肩を叩かれた男は静かに頷いた。
そうして闇い礼拝堂に、不気味な笑い声が響いたのだった。




