表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
月の皇子、徒桜とならん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/179

呼びかけの詞なくとも(一)

 東宮・東の院の真珠庭園を吹き抜ける秋風もずいぶん涼しくなった。

 その日小聿(しょういつ)は午後に予定していた経済学の講義が夜になってしまったため、お気に入りの書庫でいつものように本を読むことにした。


 ――――そういえば、先週紹介された本を読んでおけば、今日の夜の講義はそれについて議論ができるかも知れない。


 ふと、思いつきその本は書庫にあったろうか、と首を傾げる。


「あるとしたら……」


 項目別に綺麗に並べられた書架の間を縫うように歩き、経済学の本が収められた書架の前までやってくる。

 彼の手が届く範囲の本をざっと見るが、教えられた本は見当たらなかった。


「もっと上かな……」

 

 小首を傾げ、彼は手で印を結び、額にイメージを集中する。何者かに囁くように、語りかけるように、言葉を紡ぐ。


 ――――浮かび上がりたいのは、1.5m程度。私の体重は14kgだから……


 頭の中で瞬時に計算をする。


 ――――これぐらいの範囲で足元に、反重力の力を……


「重力反転」

 

 タンっと足元の床に左手をつくと、小さな魔法陣が浮かび上がり彼の体はふわりと浮く。

 希望通りの高さまで浮かび上がると、小聿はその形の良い唇に笑みを浮かべる。


 「えーと…教えられた本は…」


 上から順に本の題目を眺めていく。


 ――――と。


「あーー!小聿皇子さま、また飛んでるー!」


 ふいにすぐ近くで子どもの声がして、彼はぎょっとした。

 体を浮かせるのに割いていた精神力が霧散し、足元に浮かび上がった魔法陣がふっと消える。


 「わっ!あ……わわわわっ!」


 急に反重力の力が失われ、浮いていた体が落下する。


「危ないっ!」


 鋭い声と共に、落ちてきた小聿を誰かが抱き止める。

 思わず閉じてしまった瞳を恐る恐る開けると、彼は側仕えの蕗隼(ろじゅん)に抱き止められていた。小聿はほぅ、と小さく息を吐く。


 「皇子!お怪我はありませんか!?」


 慌てた様子で彼を案じる側近に、小聿は大事ないよ、ありがとうと礼を言う。

 そして、突然彼に声をかけ、反重力魔術を霧散させる原因を作った犯人の方に視線を向ける。

 目が合うと、犯人は気まずそうにその薄茶色の瞳をそらした。


 「ご……ごめんなさい……」

 

 薄茶の瞳に鮮やかな赤い髪をした歳の頃なら4、5歳の少女は小さな声で謝った。

 小聿は小さくため息をつく。


 「つゆちゃん……ダメだよ。あれほど、魔術を使っているときに急に声をかけないでと言っているのに……」


 露ちゃんと呼ばれた少女は、でも……だって……いいなぁと思ったから……とぶつぶつと言い訳を言う。

 そこに足音と衣擦れの音。

 現れたのは、小聿皇子の乳母であり傅役の篤紫苑(とくしえん)の妻、(みお)であった。


「まぁ、露華つゆか!また、皇子さまの邪魔をしたのね?ダメだと言ってるでしょう!」

「母さま……」

「皇子さまに何かあったらどうするのです?大変なことなのですよ!」


 母親に怒られた少女、篤紫苑と澪の二の姫・露華(つゆか)はしゅん、と小さくなってごめんなさい、と謝罪の言葉を口にした。


「露華ったら……本当に困った子。皇子さま、娘が大変なご迷惑を……」

 

 澪は揖礼(ゆうれい)をし、深々と頭を下げた。

 小聿は蕗隼の腕の中から抜け出して、大丈夫だよ、私はなんともなかったから、どうか気にしないでほしいと微笑んだ。それから、彼は母の隣でしょんぼりしている露華に目をむける。

 

「露ちゃんも、そんなに気にしないで。でも、これからは気をつけてほしいな。私の魔術はまだまだ未熟で、驚かされると失敗してしまうんだ」


 小聿が優しく声をかけると、露華は「はぁい」と返事をする。


「こら、露華。皇子さまになんて口を聞くのです。はぁい、ではなくて承知いたしました、でしょう?」


 再び母親に怒られて、露華は唇を尖らせる。


「えー、だって普通にお話ししてねって小聿皇子さまが言ったのよ?」

「ダメです」


 目を三角にして澪は娘を叱る。


「いや、澪。いいのだよ。私も同い年の露華どのとは普通にお話ししたいのだ。私の願いだと思って、どうか許してくれまいか」


 そんな澪に小聿が言うと、澪は少し困った顔をしたが、ややあって、わかりました、と頷いた。


「でも、露華。乱暴な言葉はいけませんよ。いいですね?」

「はい、母さま!」


 元気に返事をする乳母子の様子を目を細めて眺めていた小聿は、ふと、彼女の言葉を思い出す。


 「そういえば、飛ぶのがいいな、と言っていたね。露ちゃんは飛んでみたいの?」


 小聿の問いに、露華は大きく頷く。


「うん!だって、魔術で飛ぶなんてとってもすごいわ。そんなことできる人見たことないもの。露華も飛んでみたい!」

「飛ぶ、というと自由に空中を飛び回るイメージだけど……それは私にはできないな。でも、さっきみたいに浮き上がることはできるよ」


 浮いてみる?と尋ねると、露華はその瞳をキラキラと輝かせた。


「本当に!?露華、浮いてみたい!ふんわり浮かび上がるなんて、どんな気分かしら?」


 そんな彼女の様子にふふふ、と小聿は笑う。

 彼は愛らしい乳母子に手を差し出す。露華は満面の笑みで彼の手を取った。


「そしたら、反重力の計算をしたいから……露ちゃん、体重何キロかな?私が14kgだからそれと合計して、そこから……浮き上がり……たいだけの高さ、と一緒に、計算を……」

 

 みるみる表情が険しくなる幼馴染みを見て、小聿の質問は尻すぼみになる。


「露ちゃん?あの、どうし……」


 露華は急に頬を膨らませ、繋いでいた手を乱暴に振り解いた。小聿はその紫の瞳をぱちくりと瞬かせる。


「女の子に体重を尋ねるなんて、さいってい!」

「え、だって、体重がわからないと計算できないから……」

「そういうのでりかしーがない、って言うのよ!小聿皇子さまのばーか!」

「これ!露華!言っているそばから、皇子さまに向かってなんて口を!!」


 再び澪が目を三角にして露華を叱りつけるが、露華は意に介していないようだった。

 ふんっ!と鼻息荒く、書庫を飛び出していく。それを澪が待ちなさい!と追いかけていく。


 そんな彼女らを追いかけられずに、小聿は呆然とする。ややあって、彼は隣にいる蕗隼に目を向ける。蕗隼は顔を下に向け、肩を震わせている。どうやら笑いを堪えているようだ。


「私は、そんなにまずいことを言っただろうか?」

「ふふ……そうですね。レディに体重と年齢を聞くのは御法度です。小聿さまも、そうしたレディの機微にはまだまだ疎うございますね」


 その言葉に、小聿は困ったような顔をする。


「……む、難しいな。さようなことは本には書いておらぬゆえ」


 その返答に、蕗隼は笑みを深めた。


「ええ。そうしたことは人との関わりの中で学んでいくことです。これから小聿さまが多くの人と関わる中で学べば良いのです。今日はいい学びになりましたね。ほとぼりが覚めた頃に、露華さまに謝ってはいかがでしょう」


 十以上離れた頼りになる側近の言葉に、小聿は素直に頷いた。


「そうするとしよう。そうだ、一昨日母上から頂いた飴玉があっただろう。あれを持って謝りに行こうと思うが、どうであろう?」

 

 良き考えかと、すぐにお持ちしますねと蕗隼は微笑む。それに微笑み返して、小聿は露華たちの去っていった方へと駆けて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ