愛ゆえの叱責(一)
その後、船に残った海賊を拘束し、先に戦線離脱した中型船と母船と合流した一行は、潮洋の港に戻った。
港に船が着くや否や、拘束されていた海賊たちの身柄は、待ち構えていた海蘭州軍へと厳重に引き渡された。彼らの取り調べと、法に照らした今後の処断については、代理太守である佳歐に一切が委ねられることとなる。
「なぁ……」
海蘭の源家の屋敷に帰る車の中で、あの絶叫以来借りてきた猫のように大人しくなっていた伯玞がおずおずと口を開いた。
「なんだろうか」
一連の戦闘で魔術を多用し疲れてしまった小聿は、閉じていた目を開けて小首を傾げた。
「お前……いつから気づいてたんだ?そのぅ、あいつが、女だって……」
その問いに小聿は紫色の瞳を瞬かせた。
「いつから?……わりとすぐに気がついたが……。むしろ、私より彼女に会っていた伯玞が気づいていなかったことに驚きだ」
「まじかー……だって、あいつ、自分のこと『俺』って言ってたし、話し方も男っぽいし、格好も男の物だし、戦えるし、いつかは船をまかせてもらえるようになるんだっ!って言ってたし……男、だと、思う……じゃんか……」
「そんなのはっくんだけだよ。みんな、女の子だって気づいてたよ!ねぇ、イヴ!」
くすくす笑いながら哉彦が言う。イヴが右手をぴょこんとあげてみせた。
「えー!?なんでわかったんだよ?」
「私は声でわかったかな」
「声?」
「声が女性だったからね。無論、わざと低くして話してはいるが、それにしても高いからね」
「えぇ……なんで教えてくれなかったんだよ……」
非難の声に、小聿は困ったような顔をする。
「気づいていないとは思わなかったのだよ」
「くぅぅうう」
伯玞はガックリ項垂れる。
「さすが、苞家の無鉄砲跡取りどの。女性を男性だと間違えるなんて、失礼極まりないですね」
運転席の汝秀が皮肉たっぷりに言う。
「なんだと、じょー!お前、気づいてたのかよ?」
「じょーって呼ばないでください!……もちろん、気づいておりましたよ」
汝秀が当たり前だと言わんばかりの顔で答える。それを伯玞は悔しそうに眺める。
そうこうしているうちに、車は源家の屋敷に到着した。
小聿と共に車を降りた蕗隼は、一歩引いた位置で影のように付き従い、本殿の奥へと歩を進める。伯玞と哉彦は、汝秀に促されるように「客殿で汗を流してくる」と言って退がっていった。
「若」
「なんだろうか」
道中、一言も発さなかった蕗隼に呼び止められ、小聿はわずかに肩を揺らして振り返った。尋ね返す声には、先ほどの鋭さはなく、どこか「まずいことになった」という響きが混じる。
「後ほど、凪巴練どのがお礼とお詫びにこちらへおいでになるそうです。……若を自らの船に招きながら、あのような死地へ巻き込んだこと、いたく恐縮されておりました。加えて、皆さまの並外れたお力添えがなければ、今頃あの船がどうなっていたか……。商人の筋として、一刻も早くお詫びと感謝を伝えたいとのことです」
側近の報告に小聿はほっと息を吐き、淡く微笑んだ。
「……そうか。だが、元はと言えば無理を言って乗せてもらったのは私だ。凪巴練どのが気に病むことはないのだが」
「若がそう思われようと、あちらの立場ではそうはいきません。隠し立てしていた件も含め、きっちりとけじめをつけに来るのでしょう。湯浴みをなさってお迎えの支度をしてください。すでに、屋敷の者たちには共にとっていただく夕餉の支度を申し付けております」
「承知した。すぐに支度をするとしよう」
頷いて踵を返そうとする小聿を再び蕗隼が呼び止める。
「まだ何か?」
「湯浴みが済んだら、お話があります。凪巴練どのたちが、おいでにまでに時間がありますゆえ」
「…………」
「私がなんのお話をしたいかわかりますね?」
蕗隼の瞳には、冷徹なまでの静かさと、隠しきれない深い憂慮が宿っている。
「しかしっ、あれはあの場では最善の――」
「とにかく、湯浴みを。お話は、その後です」
ピシャリと言い捨てられ、小聿は借りてきた猫のように小さくなる。
湯殿へと続く廊下を歩きながら、小聿は無意識に自分の左手のひらを見つめた。 海を割り、風を繋ぎ、氷を敷き詰めた感覚が、まだ指先に痺れるように残っている。
「若、歩みが止まっております」
背後から低く、逃げ場を許さない蕗隼の声が響く。
彼は主の三歩後ろを正確に保ちながら、その一挙手一投足を見逃さない。
「分かっているよ。……少し、今日の術式の反省をしていただけだ」
「それは湯船の中で、ゆっくりとなさってください。……そして、ご自身の無茶についても、しっかりと湯に浸かって振り返っていただくことを切に願います」
小聿は背中にちくりと刺さる視線を感じ、小さく肩をすくめた。
普段は温厚で、影のように寄り添う蕗隼が、こうして言葉の端々に棘を混ぜる時は、相当に腹に据えかねている証拠だ。以降、蕗隼は黙々と小聿の湯浴みの支度する。
蕗隼に手伝われながら着物を脱ぎ湯着に着替える。それに礼を言っても、彼は短く「はい」と返事を返すだけで、にこりともしなかった。
――――……これは、湯浴み後を覚悟せねばなるまい。
小聿は覚悟を決め、湯殿の戸に手をかけた。
立ち上る湯気の向こう側で、まずは身体を清め、魔力の酷使で熱を持った思考を冷やさねばならない。
黙々と身を清め、湯船にその身を沈める。そうして、チラリとそばに控える彼を振り返える。
パチリ、と目が合う。
だが、こちらを見守る蕗隼の橙の瞳は、決して「お疲れ様でした」とは言っていなかった。




