新人官吏は水晶庭園で炎をあげる(三)
水晶庭園の北西のあたりにのみ生えている白い花をつけた背の高い植物の前に、若草の冠に群青色の官服に身を包んだ少年が立っている。彼の周りには、彼の友人や今回の集団アレルギーの患者数名やその関係者が集まってきていた。
若草の冠の新人官吏の少年――――彩棐は、くるりと振り返り集まった人々を見た。
そして、静かな口調で説明を始めた。
「今回の集団アレルギーの原因は、この植物です。この植物の樹液を含んだ雨水に濡れた人が陽の光にあたり、植物性光線皮膚炎を起こしたのです」
「植物性…こう…なんだって?」
紫苑が聞きなれない言葉に眉を顰める。
「植物性光線皮膚炎。この花の樹液がついた状態で、太陽の光を浴びるとアレルギーを起こすんだ。可憐に見えて、この花の毒性は相当だ」
「えぇ……こんなかわいい花なのに……こえーな……それにしても、なんでわかったんだ?」
伯玞の問いに、彩棐はふっと笑う。
「前に似た話を聞いたことがある。それは、ライムだったのだが……。とあるビーチでビールにライムの果汁を入れて楽しもうとした人が、酔っ払って手元が狂って、自分の足にライム果汁をこぼしてしまった。そしてそれを拭かずに、ビーチで日光浴を楽しんでいたら、ライム果汁がかかってかつ日光にあたった部分のみ、発疹が出た、という症例があるんだ」
「え?ライム果汁で?」
彩棐は頷き、言葉を続ける。
「今回、この草木は百官宴の前日に剪定がされ、切り口が剥き出しの部分がかなりあった。そこに雨が降り、この植物についた雨水に樹液が溶け出した。そして、翌日、強風に煽られてこの植物が激しく揺れた際、雨粒が落ちて濡れた人たちがいた。そうして、樹液がついたまま日の光に当たった人が、雨水が掛かってかつ日が当たった箇所に発疹が出てしまったんだ」
彩棐は、手に持った白い花の入った袋を皆に見せる。
「この植物の樹液には、フラノクマリンという有機化合物が含有されていてな。それは、皮膚細胞に浸透し、細胞核の遺伝子にまで届いてしまう。そして、日光のような紫外線に晒されると、日光のエネルギーを吸収することにより、遺伝子内の2種の塩基、チミンとシトシンを刺激し――――」
「待った!」
聞きなれない言葉の羅列に目を白黒させていた伯玞が我に返って彩棐の言葉を止める。
止められた彩賁は怪訝な顔で伯玞を見る。
「まだ説明は終わってないぞ?」
「それはわかる。だが、さっぱりわからない!」
「はぁ?」
伯玞はため息をついて、自分以外の人を見る。
彩棐の説明についていっているのは、見たところ、杏莆と哉彦と太医令の尚按ぐらいだ。
伯玞はポカンを口を開けている西方将軍を指差した。
「見てみろ、将軍のこの顔を。お前の説明にこれっぽっちもついていっていないぞ。俺もさっぱりわからん。もっと、簡単に説明してくれ。そのよくわからん単語を使っての説明はいらん」
彩棐は眞威の顔を見て、心底残念そうな顔をした。
「面白い話なのに」
「お前にとって面白くとも、わからん俺らにはさっぱり面白くない」
むぅ……と彩棐は小さく唸る。
その後、小首を傾げどう説明したものかと思案する。
「ええっと。要は、この木に毒が含まれていて、その毒は太陽の光と反応して体に悪さをするのです。この木の毒を含んだ雨水に濡れたのち、太陽の光を浴びたことで、その部分に発疹が出たり、視力が落ちたりした、と言うのが此度の集団アレルギー騒ぎの真相です」
「雨水で、ぶくぶくになっちゃうわけ?」
怖いねぇと哉彦が言う。腕に抱えたウサギのぬいぐるみが、その耳をぴこぴこと動かした。
「本当に。濡れてしまっても無事だった人…例えば、宣山どのは濡れてすぐにシャワーを浴びに建物内に移動しました。そのため、日光を吸収して反応することがなく、無事だったのでしょう」
彩棐の指摘に、宣山は首肯した。
「小聿さまのおっしゃる通りです。すぐに着替えたくて、真っ直ぐ将軍院へ戻ったのです」
「一方、腕に出てしまった御三方は、武術の鍛錬を太陽の下、行った。鍛錬の際は、襷紐で袖を上げ、腕を日光にさらしたのでは?」
彩棐の問いに、伯朗が頷く。
「その通りだ。袖が邪魔だったからな」
「そしておそらく、視力が落ちてきてしまった助祭は、帰宅中に目をかいてしまったのでしょう。それで目に入って、視力が落ちたと考えられます。他の方で顔と手の甲にでたのは、濡れてからもしばらく水晶庭園に残ったからでしょう」
なるほど、と一同頷く。
「そうすると、この植物は百害あって一利なし、ですね」
杏莆は植物を見上げながらいう。
「おっしゃる通りです。幸い、庭師に確認したところ、今の所この植物が生えているのはここのみ。繁殖する前に、処分するのがいいでしょうね」
「どうやって処分するんです?庭師に抜くように指示するのですか」
太医令の問いに、ふふふ、と彩棐は悪戯っぽく笑う。
「そんなまどろこしいことをさせずとも、私が消し去ってくれよう」
そう言うと、彼はくだんの植物の前に立つ。
そうして、一度瞳を閉じて息を整える。
ふ、と静かに目を開けると、紫の瞳がきらりと煌めく。
彩棐は左手で印を結ぶ。形の良い唇が呼びかけの詞を紡ぎ出す。
たんっと彼が勢いよく地面に手をつく。
「地の躍動!」
その呼びかけに応じて、地面が隆起し件の植物が根本から抜き去られる。
「火炎の泉!」
続く呼びかけに、植物は一瞬にして灰になる。
「風嵐の泉!」
そうして、彼の呼びかけに反応した風の精霊の力が灰を上空に舞い上げる。
やがて、真っ白になった灰は聖都上空を吹き抜ける風に乗って消えていった。
彩棐は、ほぅと息を吐くと集まった一同に目を向ける。
「空いたこの場には、新たに安全な草花を植えると良いでしょう。これで一件落着です。さて、将軍、官房に戻りますよ。来週の軍事演習の準備を進めなければ」
「えー!せっかく主簿っちが鮮やかに解決したんだから、祝杯でもあげようよ!」
「そんな余裕はありません。第一、私はまだ酒が飲めぬのです」
その言葉に、伯玞がニヤリと笑う。
「オレンジジュースでもいいぞ?」
「お前もあの花のようになりたいか?」
「すんません……」
小さくなる伯玞を見て、一同が声をあげて笑う。
やがて、それぞれの持ち場に向かって歩き出す。
彩棐は、目を細めて空を振りあおぐ。
見上げた空は、青い青い抜けるような五月晴れであった。




