ムゥムゥ(一)
いつものように稽古を終えて8時過ぎに屋敷に帰ると、すでに父は皇宮より帰ってきていた。
「おお、子斉。おかえり。稽古はどうだった?」
屋敷の広間で食事をしながら、酒を飲んでいた父は上機嫌で子斉を迎えた。
「はい。今日は兄弟子の喜蔵どのから一本取りました」
「おお、すごいじゃないか。喜蔵にはやられっぱなしだったというのに……やったな!」
父の言葉に、子斉は笑顔を浮かべる。こうして父に褒められるのは大変嬉しい。
「あ、あと例の弱ちいお人形みたいな子ども。あいつ、また来なくなりました。なんか、熱が続いてるとかてって」
「ああ、少し前に入ってきた子ね。熱が続いているなんて……それは心配ね」
母は心配そうに眉を寄せる。
「そもそも、武官候補って感じじゃないんですよ。どこの子かは知らないけど、あのまま文官学校かどっかの名門校に入るんじゃないかな。靭刃の道場じゃなくて、お茶とかお箏とかそう言うのをやっていればいいと思う」
「文官でも、武芸を嗜む者は少なくないぞ。知人に右相どのの官房にいる文官がいるが、その者も靭刃流出身で、武宮官の試にも合格している。その子の親も文武両道の教育方針なのではないか」
むすっとしながら隣に座る子斉に父は言う。
「へぇ、文官だけど武宮官にも受かってるってすごい人もいるんですね」
「ああ。若いが大変に優秀だ。主上のおぼえもめでたい。子斉、お前も彼のように文の道も疎かにせず精進しろ。学校の方はどうなんだ?」
父の隣に座した子斉の前に、夕餉の膳が運ばれてくる。
「ちゃんとやれてるよ」
「本当かー?また赤点取るんじゃねーぞ?」
「と、とらねーよっ!」
ムッとしたような顔をして、子斉は食事を始める。
現在、子斉は武官候補生として武官学校の中等部に通っている。
武官学校は将来武官として宮に仕える予定の貴族の子弟が通う学校で、高等部まで存在する。この高等部を卒業した後、宮で武官として仕えるために武宮官の試を受験するか、勉学をさらに修める場合は大学に進学する。同様に、文官志望の貴族の子弟には文官学校が存在し、こちらも高等部まで進学したのち文宮官の試を受けるか大学に進学する。
高等学校を出てすぐ仕官する場合は、宮官の試に合格すると准六位か正六位のどちらかの官位を得て官吏として宮仕えがはじまる。大学に進学した場合は、准四位か正四位の位を得て、官吏として宮仕えをすることになる。
それ以上の官位は職務上の実績を上げ、昇級試験に合格せねば上がることができない。
ちなみに、平民が通う高等学校を出て受験し合格した場合は、正七位ないしは准七位からその官位は始まる。大学卒業後の場合は、准六位から始まる。宮官の試は平民も受けることが可能だが、受ける者もそれに合格する者も貴族に比べて圧倒的に少ないのが現状だ。
仕官時官位が身分によって違うため、どれだけ優秀であっても平民出身の者が正一位(上聖治殿官僚)まで上り詰め、主上の御前で国の政の最終決定に関わることは不可能だと言われている。
聖国の政治は、皇帝を頂に全ての臣民の中から厳しい試験を経て選ばれた百官で行うものとされているが、その実、百官を占める多くはやはり貴族であり、それがこの国の政治が貴族優遇の政治であるゆ所以である。
子斉は武家の子なので、武官学校を高等部まで通ったのち武宮官の試を受け将軍院の武官として宮仕えをするつもりだ。いずれは父の跡を継ぐのである。
「いくら武術に長けていても、ある程度学がないと宮仕えはできないからな?きちんと高等部までは進学して卒業してくれよ?」
「わかってるよっ」
頬膨らませて、子斉は言い返す。そんな父子のやり取りを、母が微笑みながら見ている。
「若、食事が終わられたら、きちんと宿題をなさってくださいね?」
側仕えの博央がすかさず言ってくるので、子斉はますます不機嫌になる。そんな息子の様子を両親は声を立てて笑った。




