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いろどりの追憶〜星森の大陸の生きとし生けるものの安寧を強く願った人々〜  作者: 裕邑月紫
星律の瞬き

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武術を学ぶ意味(三)


 道場に着いたのは稽古開始15分前だった。

 母屋に一度上がらせてもらい、大急ぎで稽古着に着替え、髪を一つに結い上げる。


 道場についてこようとする蕗隼と汝秀に、母屋で待つよう言い、小聿は足早に道場に向かう。

 道場に入ると、彼に気づいた師範――(りゅう)靭史(じんし)が満面の笑み浮かべた。

 小聿は、頭を垂れ遅くなった旨を謝す。


「いやいや、講義が終わってすぐにきたのだろう?疲れてはいないか」

「いえ、車内で休みましたので、問題ありません」

「そうか。この数日、課題に追われていたそうだな。俺は武官学校出だから、どれほどお前の通う秀英院大が大変だか知らないのだが……天下の秀英院ともなれば相当大変だろうな」

 

 小聿は小さくかぶりをふる。


「まぁ、無理せずに。焦らずに、だ」

「はい」

 

 靭史の言葉に、小聿は静かに返事をする。


「げっ」


 不意に後ろから明らかに嫌そうな声がして振り返ると、子斉(しせい)が立っていた。


「子斉どの、こんにちは」


 丁寧な所作で揖礼すると、子斉はあからさまに嫌そうな顔をした。


「こら、子斉。なんだ、その態度は。可愛い弟弟子が10日ぶりに稽古に来たと言うのに」


 靭史の言葉に、子斉はだって……と唇を尖らす。

 

「初日来て以来こなかったから、てっきり、尻尾巻いて逃げたのかと思ったんですよ」


 ってか、俺としてはそうして欲しかったのになぁ……と言いながら彼は道場の中に入ってきた。


「所用が立て込んでおり、伺うことができなかったのです」

「ふーん」


 気のない返事を返しながら、子斉は自分の木刀を取りに武具置き場へと足を向ける。小聿もそれに続く。

 子斉は自分の木刀をとると、もう一本木刀を取り小聿に渡した。一瞬びくりと肩を震わせた小聿だが、ややあって恐る恐る差し出された木刀を受け取る。

 

「ありがとうございます」


 礼を言うと、ふん、と鼻息荒く子斉は戻っていく。

 小聿はため息をついた。


 ――――なんだろう……あの感情を全面に正直に出す感じ。誰かに似ているような……


 木刀を手にしばらく考えていたが、結局わからぬまま稽古の始まりを告げる師範代の声に、小聿は我にかえり道場へと戻ったのだった。



 10日ぶりの小聿は、前回よりは少しだけ素振り稽古に長く参加できたようだった。

 途中でばてていたが、進歩が見られて子斉は意外に感じた。


 ――――道場には来ていなかったのに、なんでだろう?体力作りでもしてきたのか?


 今日は見取り稽古、型稽古、試合稽古をする予定だった。

 型稽古は小聿が他の兄弟子とすることになったので、子斉もまた他の兄弟子と型稽古を行った。


 そして、最後の試合稽古は子斉と小聿で行うことになった。


 スッと木刀を構え、目の前に立つ幼子はやはり隙はない。

 けれど、子斉は簡単に一本取る自信があった。

 さらさらと小聿の絹のような黒髪が揺れているのが見えた。


「お前から来いよ」

「はい」


 子斉が言うと息を整えた小聿が木刀を手に、向かってくる。

 二人の打ち合いが始まる。


 先日と同じように、小聿の繰り出す剣はとにかく速い。しかし、力がないゆえにその一振りは頼りない。守りに関してもよくできており、子斉が付け入る隙はほとんどない。


 型も2回目の稽古だと言うのに、かなり小聿の中に入っていることがわかり、子斉は少し驚く。

 

 だが――とにかく、弱い。その一振りが、あまりにも。


 しばらく、付き合ってやるかと打ち合いをしていた子斉だが、やがてそれにも飽きてしまい彼は小聿の一振りを少し強めに受けてやる。

 思いの外、手に衝撃が伝わったのか小聿の眉がわずかにひそめられたのが見えた。


 そして、次の瞬間には小聿の右手から木刀は弾き飛ばされていた。


 「そこまで」


 ありがとうございましたと礼儀正しく一礼して小聿は飛んで行ってしまった木刀を取りに身を翻す。それをしばし子斉は見つめる。


 ――――なんだろう?強くはないんだけど……


 強くはないが確実に進歩している。

 

 体力も少しだが前回よりもついている気がするし、なにより驚いたのはたった2回で型がかなり入っているということだろうか。

 あのたった2回の見取り稽古と型稽古で頭に入ったということだろうか。しかもそれを実際に動いてみせたのだろうか。


 兄弟子たちの試合がはじまり、子斉は待機場所に座る。木刀を拾ってきた小聿が彼の隣にお人形のようにちんまり座る。

 そして、涼やかなあの紫色の瞳でじっと兄弟子たちの試合を見ていた。


 ――――まさか、な。


 子斉が型を覚えて実際に動けるようになるまで、相当な鍛錬と年月を要したのだ。それをこんな短期間で幼子ができるとは思えない。


 やがて、その日の稽古は終了し道場の掃除を終えた。子斉は兄弟子たちとしばし話をしながら道場を出ようとする。


 「小聿」


 ふいに靭史が、小聿を呼ぶ。はいと返事をし小聿は師範の元へと歩いていく。


「少し話がある。お前は残りなさい」

「はい」


 一体何の話をするのだろう、と子斉は少し気になったが、自分には関係ないことだとそのまま道場を後にしたのだった。



 その日以来、小聿は稽古がある日すべては来られていないがそれでも週に何度か姿を現すようになった。

 そして、姿を現すたびに彼が成長しているは誰の目から見ても明らかだった。

 

 しかし、11月の半ばから彼は姿を現さなくなった。

 少しだけ彼に対する評価を変えつつあった子斉だが、ぱったりこなくなった小聿に苛立ちを覚えていた。


「師範」

「お、どうした?子斉」

「あいつ、どうしたんですか。急に来なくなったじゃないですか」

「ああ、小聿のことか?なんでも、体調を崩したらしくてな……。生まれつき体が弱い子で、しょっちゅう熱を出すらしい。11月半ばからは連日熱が続いていると家から連絡がきたんだ」

「熱?あいつそんな体弱いんですか」

「なんだ?あんなに嫌がっていたのに心配なのか?」


 靭史はにやりと笑って、子斉の顔を覗き込んだ。


「そんなんじゃっ……むしろ、やっぱりヘタレだなと思ってます。体が弱いなら、やっぱり文官目指して机にかじりついていればいいんだっ」

「そうはいうなよ。お前だって内心、小聿を見直しているのだろう?確かに非力だが、確実に進歩しているし、なにより飲み込みが恐ろしく早い。あれは戦いようによっては化けるぞ」

「飲み込みが早くても、鍛錬を休んでばかりじゃ体力はつかないし、非力なままです」

「そういうな。兄弟子として優しくしてやれ。小聿とて、好きで体が弱いわけではない。また調子が戻ったら顔を出すそうだ。来たら、面倒見てやってくれ」

 

 ポンと肩をたたかれて、子斉はしぶしぶうなずいたのだった。


 そうして、剣の兄弟子は今度あの弟弟子が道場に顔を出したら、容赦せず鍛えてやろうと思ったのに違いなかった。――――いろどりの追憶・第三巻・六十二頁


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