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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

パッキンアイス

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふっふっふ~、アイスアゾートを冷凍庫に入れているときほど、人生の幸せを感じるときは、そうそうないね。

 何をするにしても、楽しみがなきゃ生きていけない。人によって中身は様々だろうけど、三大欲求直結のものは、さすがに強いと思うんだよね~ボク。

 外から帰ってきたとき。お風呂からあがったとき。なんとなく気が向いたとき。

 ひょいと手を出すものがある、というのが心のやすらぐ瞬間だよ。そうは思わないかい?


 ――え? 以前はスティックアイスをよく買っていたのに、最近はカップのアイスばかり食べてる?


 ほう、さすがはこーちゃん。目ざといなあ。気が付いたか。

 単なる好み、偶然といろいろ片づけられそうだけど、これに関してはちょっと前に聞いた話が関係しているかな。

 棒のアイスをキープしておくのは、ちょっとばかり気が重くなってしまってね。興味があればその話、耳へ入れてみないかい?


 ちょっと前、久々に会ったおじさんがしてくれた話だ。

 おじさんは小さいころから「パッキンアイス」が好きだったらしくて、よく買っていたらしいんだよ。

 パッキンアイスって、ほらあれだよ。横長で棒が二本くっついていてさ、ほどよく凍っていると、真ん中あたりでパッキンと折れて二人分になるってアイスのこと。

 兄弟がいるから、この手のパッキンアイスはおじさんにもなじみあるもの。ひとつ買って分け合うことがしやすい、というのはケンカの種を消すのによい手段さ。


 しかし人間、慣れが生まれると満足からは遠ざかっていく。

 数を重ねると、最初は感動したり期待したりしていたものが当然になり、当然が増えれば今度は不満が生まれてくる。そして、一度あがってしまったハードルをまた下げるのは、とっても困難なもの。

 おじさんは、分割された1本で満足できない身体になっていったんだ。

 もらう小遣いは多いとはいえなくとも、パッキンアイスを買うには十分すぎる額。いつもならお金を出し合って買うパッキンアイスを、おじさんははじめて自腹100パーセントで購入する。


 家の冷凍庫には、冷凍食品その他がいくつも入っている。作ろうと思えば、隠し場所は簡単に用意できた。

 おじさんはそこへ未開封のパッキンアイスを隠し、分け合って食べるパッキンアイスも引き続きいただいて、ぜいたくしようと考えたわけ。

 意識して隠すことに、はじめこそ後ろめたさは覚えた。けれども、最初のおそるおそるを乗り切ってしまうと、二回目以降のハードルはぐっと低くなるもので。おじさんは以降もちょくちょくパッキンアイスを買い続けたそうだ。


 ひと月に一回が、半月に一回、一週間に一回、3日に一回と頻度を増すのに、さして時間はかからなかった。ほかのことで、めったに小遣いも使わないから資金も足りている。

 隠し場所はそれなりにあったものの、アイスを食べるときはいつも家族の誰の目もないときに限らせていたから、間が悪いとおあずけせざるを得ないときも。

 ストックは溜まっていく時期があっても、おじさんは一日に二個以上消費するのは避けていたらしい。

 一気に食べるのは、最初こそ天国だけど終わり際のもの悲しさも、またひとしお。

 連休最後の夜のように空しさを味わうよりも、まだ残りにゆとりがある、という日曜休み前の土曜日のごとき気持ちを維持したい。

 その気持ちがおじさんに、アイスをため込ませ続けていた。


 やがて家族の目が届きづらい時期になって、ようやくおじさんも心置きなくパッキンアイスを消費できるようになったころ。

 この日、取り出したものは袋からして、猛烈に冷たかった。

 氷の張る庫内において、そのパッキンアイスの袋はしばらく離れようともしてくれなかったらしい。それでも腕力的交渉を繰り返して、無理やり承諾をもらい、引っぺがすことに成功した。

 仲睦まじい暮らしにふさわしく、白い霜や氷をこびりつけ、元の見慣れたパッケージはもはや2割ほどしか見えていない。賞味期限にこそゆとりはあるものの、これまで開けてきたものの中じゃ、古参の部類だった。

 こんなに放り込んでおいたなら、痛いほどに冷え切るのもおかしくないかと、おじさんは袋に手が張り付かないよう、軽くお手玉をしてからテーブルへ寝かせる。


 しかし、いざ袋を開けるとアイスも内側から袋へべったりだった。

 溶けてはいないけど、もう裏の銀紙と手と手を取り合って、おじさんをのけ者にせんばかりの熱愛ぶり。

 これをまたも暴力的交渉で引きはがし、いったんはアイス表面に銀紙が残っていないか確かめるおじさん。

 問題はなし。あとは棒と棒をもって、景気よく中央でパッキン……できなかった。

 頑丈も頑丈。指先の力はおろか、アイスの側面同士を握りこんで力をかけてもびくともせず、なんと膝蹴りにも耐える始末。

 正面からの衝撃で困難となれば、次は斬撃をくわえる、とおじさんはアイス相手に包丁を持ち出したんだって。

 まな板に寝かせたパッキンアイス。その真ん中に包丁の刃をあてがって、押したり引いたりしてみますが、数回の刃の往復でもアイスはほとんど受け付けなかったというから、とんでもない硬さだったろう。

 それでもめげずに、おじさんは切断作業を続けたんだ。


 その何度目だっただろうか。

 これまでガンコに刃を退け続けていたアイスが、突然ざっくりと切られた。

 思いのほか力を入れていたがためか、断たれたアイスの片割れが軽く跳ね上がったのだけど、次の瞬間の光景をおじさんはいまだ忘れられずにいる。

 落ちてきたアイスが包丁に触れたとたん、包丁の峰から刃までが真っ二つに叩きおられたんだ。ちょうど、パッキンアイスがやられたみたいにさ。

 アイスそのものは激突とともに粉々に砕け散っちゃって、大半は流しへ落ち込み、残った棒にはわずかばかりの氷が残るだけ。

 おじさんとしてはにわかに信じられないことだったし、あとで母の祖母から叱られたと話していたっけ。


 アイス同士の縁か、それとも刺さった棒が育んだつながりか。それらが産んだ報復か。

 いずれにせよ、その場で食べない限りは棒のアイスは遠慮するようにしたんだよ。


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― 新着の感想 ―
最初、ポッキンアイスと勘違いしてました(笑) 何か、こう、いつもと違ったりすると、無生物を擬人化して考えちゃう時ってありますね。 こぼしたりすると元気がいいなとか、不具合があったら機嫌が良くないのかな…
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