08.皇族の秘密3
「君は見かけによらずせっかちなんだな」
「これから息子になる子は気になるでしょう?」
(たしか、新聞でアロンソ公爵家のスキャンダルで一面を飾っていたのは三年前よね。だから三歳か)
三歳ってどのくらいだろうか。会話できる程度? 人見知りはどのくらい? 聞きたいことは山ほどあるが、会ったほうが早い。他人の感想よりも、自分の目で見て耳で聞いたことのほうが信頼できる。
しかも、身内ともなると贔屓目で見てしまうところがあるだろうから。
今にも立ち上がりたい気持ちを抑え切れない。
その気持ちを察してか、カタルが立ち上がった。
「仕方ない。あとは歩きながら話そう」
カタルの言葉にオリバーも頷く。
こうして三人は広い応接室を出たのだ。
人払いをしているのか、廊下には誰もいなかった。
三人は広くて長い廊下並んで歩く。
「アッシュは本邸の奥にある別邸で暮らしている。こちらには来ない」
「なるほど。では、私も別邸で生活すればいいですか?」
「君の部屋は本邸と別邸に両方用意してある。好きなように過ごせばいい。ただ、使用人は別邸に入ることができないから、世話が必要なら本邸のほうがいいだろう」
「では、別邸にはアッシュ君が一人で暮らしているのですか!?」
(三歳だよね!?)
シャルロッテが目を丸めると、オリバーが気まずそうな顔で言った。
「お会いしていただければ、状況が理解できると思いますので」
「わかりました。まずは会ってみないことにはわかりませんものね」
オリバーの雰囲気や言葉から、すべては会えばわかるようだ。
カタルは顔色一つ変えず、まっすぐ前を向いていた。
それ以上、何を聞いても仕方ない気がして、シャルロッテはただ黙って歩くことに専念した。カタルもオリバーも歩くのが速い。歩幅の違いだろうか。シャルロッテはドレスの下で足の回転速度を上げるしかなかった。
本邸の長い廊下の先に、厳かな作りの扉が見える。
大きくて重そうな扉だ。その前でカタルとオリバーは立ち止まる。シャルロッテは、息を吐き出した。
「別邸の入り口は魔法で出入りを制限している。今後はこのブレスレットを使って入ってもらう」
彼は内ポケットからブレスレットを取り出すとシャルロッテの腕に嵌める。金のブレスレットは装飾がなく細身だ。ドレスの着こなしに邪魔をしないように作られているのだろうか。
「これには魔法が掛けられております。ただこの扉を開けるだけの魔法ですが。ブレスレットをしたほうの手でドアを押してください」
オリバーの説明にシャルロッテは頷き、右手を扉に当てた。
(こんな重そうな扉どうや――えっ!? 開いた!?)
「あ、あの。すごく……軽いんですね」
「ええ、ブレスレットしていると軽く感じるようになっています。ブレスレットがないと、重くて開きません」
「なるほど……。魔法って凄いのですね」
「シャルロッテ嬢は魔法を体験したことがありませんか?」
「はい。残念ながら。今回の契約が初めてです」
「では、これからは慣れてください。皇族は魔法の利用が多いですから」
シャルロッテはオリバーの言葉に曖昧に頷いた。一生掛かっても慣れられそうにない。大きな扉を潜りながら、シャルロッテは何度も右腕に嵌まったブレスレットを眺めた。なんの変哲もない。宝石も嵌まっていなければ、細工もほどこされてはいなかった。
(これが魔法……)
「息子の部屋は二階の奥だ」
階段を登りながら、カタルが説明を始める。
なぜだろうか。別邸に入ってから、カタルの表情が今までよりも硬い気がする。これから息子に会うとは思えないほど、厳しい顔つきだった。
「花嫁修業という名目ではあるが、君は息子の相手以外はしなくていい」
「そんな楽しちゃっていいんですか?」
「ああ、他のことは使用人に任せている。君は報告を聞いて『そのように』と頷けばいい」
「公爵夫人ってそんなに楽な仕事なんですね」
「あの扉を開けたら、そうも言っていられなくなるさ」
カタルはつまらなさそうに言った。
シャルロッテは意味がわからず、首を傾げる。含みを持たせた言い方だ。
「どういう意味ですか?」
カタルは難しい顔をしたまま答えない。代わりにオリバーが愛想笑いを浮かべ、カタルとシャルロッテのあいだに割り込んだ。
「百聞は一見にしかず。アッシュを紹介しましょう」
部屋の扉を開く。
陽当たりのいい広い部屋だ。大きなベッドと、子ども用の玩具が並ぶ。しかし、子どもの姿は見当たらなかった。
シャルロッテは首を傾げ、辺りを見回す。
何も見つからない。
その代わりに、「ううう……」というような、小さな唸り声が聞こえた。
(唸り……声?)
それは犬のような鳴き声だ。シャルロッテは声のするほうに目をやる。部屋の端、カーテンの隙間に隠れた子犬がこちらを睨んで唸り声を上げる姿が見えた。
「子犬……!?」
シャルロッテは目を輝かせて、思わず大きな声を出した。