60.贈り物
シャルロッテはアッシュの手を引いて、ノエルのもとへと向かった。
近くまで来ると、ノエルもシャルロッテとアッシュに気づいたようだ。
彼はシャルロッテを見てパッと顔を誇ろばせた。そして、アッシュを見つけてわずかに身体をこわばらせる。
警戒しているのだろう。
「ノエル、アッシュがノエルに挨拶がしたいんだって」
「僕に?」
「ずっと、『おととに会いたい』って」
「おとと?」
ノエルは不思議そうに首を傾げた。
「あ、弟のこと。ほら、アッシュおととだよ〜」
シャルロッテはアッシュの頭を撫でながら言った。
サラサラの髪は触り心地がよくて、すぐに触ってしまう。
(さっきからぜんぜん話さないと思ってたけど……大丈夫そう)
シャルロッテは小さく笑う。
アッシュは目を輝かせてノエルを見上げていた。
シャルロッテはアッシュの目線に合わせてしゃがむ。
「ノエル、アッシュとご挨拶してくれる?」
「ご挨拶ね」
ノエルが呆れたように笑う。
つい、アッシュに接するように言ってしまった。
ノエルはシャルロッテに合わせ、地に膝をつきアッシュを見る。
「殿下、初めてお目にかかります。ベルテ家長男のノエルです。どうぞお見知りおきを」
ノエルの真面目な挨拶にアッシュは狼狽えた。
ほとんどなんと言っているのかわからなかったのだろう。
「ノエル、そういう堅苦しいのはいいから、叔父さんとして接してよ」
「お、お、叔父さん!? 僕が!?」
ノエルは目を丸くする。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あと一年もしないうちに本当に叔父さんになるんだから」
「だからって! まだ姉さんは未婚だろ!?」
「未婚かもしれないけど、もうアッシュのママだもん。ねー、アッシュ」
シャルロッテはアッシュの肩を抱く。
アッシュは目を細めて笑うと頷いた。
「ママはママ」
「そうだね。ママはママだよね〜。ほら、ノエルも叔父さんらしくして」
「そんなこと急に言われても……」
ノエルは不服そうに頬を膨らませる。
すると、アッシュがシャルロッテの服をくいくいと引っ張った。
「ママ、おじさん、オリバ」
「そうだね。オリバー様も伯父さんだね。でも伯父さんはたくさんいるんだよ〜」
アッシュには少し難しいかもしれない。
これから出会う人が自分にとって何なのか理解するのはもう少し先だろう。
シャルロッテも幼いころは誰が誰だかもわからず挨拶をしていた。
特にアッシュは三歳になって突然いろんな人に会っているから大変だ。
「おととも、おじさん?」
「そう。ママのおととで、アッシュのおじさんだよ。おととに挨拶できるかな?」
アッシュは大きく頷くと、まっすぐアッシュを見つめた。
「ぼく、アッシュ。おとと、会いたかった」
頬を緩ませて笑う姿はまさに天使。
シャルロッテは抱きしめそうになる衝動を抑え、身体を震わせる。
誰もいなければ。いや、ここにいるのがカタルとアッシュだけだったら、確実に抱きしめ思う存分撫で回していただろう。
しかし、実家でそんな姿を見せるわけにはいかない。
娘が、姉が婚約者の家で羽目を外していると知ったら、両親もノエルも頭を抱えるだろうから。
しかし、ノエルは不服そうに言う。
「僕は君の弟じゃないんだけど……」
その冷たい態度にシャルロッテは目を見開く。
この天使のような愛らしさがノエルにはわからないのだろうか。
「おとと、だめ?」
「だめ。僕はノエル。ノエルお兄さんって呼んでみて」
「ノエおにさん」
「んー、ちょっと違うけどいいか」
ノエルはアッシュの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
アッシュのサラサラの髪が寝ぐせのように跳ねる。しかし、アッシュは嬉しそうだ。
アッシュは思い出したように「あ!」と声を上げると、ポケットをまさぐった。
そして、ポケットから小さなしおりを取り出す。
「ノエおにさん、あげる」
アッシュはキラキラとした目でノエルを見ながら、しおりを差し出した。
「何これ?」
「しおり」
「それはわかるけど……」
「アッシュがノエルのために頑張って作ったんだよ」
シャルロッテはアッシュの気持ちがどうにかノエルに伝わるようにと、助け船を出した。
ノエルに会いたい気持ちがはやり、アッシュはノエルにあげる花を探しに出かけるようになった。
満足いく花を見つけたのはいいが、会う前に枯れてしまいそうだったので、押し花にしたのだ。
それをプレゼントするためにしおりにした物がこれだ。
(これがどれほど貴重なものかわかっていないんだから……!)
アッシュが初めて作ったしおり。
そこに価値を見出すのはシャルロッテとカタルだけかもしれない。
カタルなど、「本当におととにあげるのか?」と何度も尋ねていた。
そうとう羨ましかったのだろう。
正直、シャルロッテも羨ましいと思った。一生残るアッシュからのプレゼントだ。
しかし、アッシュがノエルに上げたいというのだから、しかたない。
シャルロッテの気迫がノエルに伝わったのか、ノエルは小さくため息をつくと、アッシュからしおりを受け取った。
「ありがとう。綺麗な花だね」
「うん。ピンク、かわいい」
アッシュは嬉しそうに頷いた。
そして、ノエルに手を伸ばす。
「ノエおにさんも」
「ん? ああ……。僕もピンクだって?」
アッシュは何度も頭を縦に振った。
「ママといっしょ!」