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59.ベルテ家のお出迎え

 シャルロッテはアッシュが指を差した方向を見る。

 煉瓦造りの家が並んでいた。


「あれはお家だよ」

「おうち。ちっちゃい」


 アッシュは人さし指と親指で家の大きさを測った。


「遠くから見るから小さいけど、近づいたら大きいよ」


 アッシュは目を丸くする。まだ遠くの家がどれくらい大きいのか想像できないのだろう。


「おそとのおそと、すごい」

「そうだね。あっちにも面白いものがあるかも」


 シャルロッテは反対側の窓を差した。

 こちら側は当分のあいだ形式が代わり映えしない。反対側の窓のほうが楽しめるだろう。

 アッシュの興味が反対の窓に移ったところで、カタルがひょいっとアッシュを抱き上げた。

 アッシュはそのまま窓にへばりつく。


「ひと! たくさん」

「そうだな」

「ちっちゃい」

「あれも、近づいたらアッシュよりも大きくなる」


 アッシュは再び人さし指と親指で大きさを測る。

 シャルロッテとカタルは顔を見合わせて笑った。

 アッシュは二人のことなど気にせず、まっすぐ外を見つめる。そして、細長い建物を指差した。


「あれは?」

「あれは塔だ」

「とう。おうち、ちがう?」

「違う。人は住んでいない」


 それからも、馬車が走るあいだずっと、アッシュはシャルロッテとカタルに質問を続けた。

「あれは?」「これは?」そう尋ねるアッシュの顔は真剣で、すべてのものを吸収しようとしている。

 シャルロッテは、こんな日が来たことを嬉しく感じた。


 ◇◆◇


 馬車はベルテ伯爵家の屋敷の前で停まった。

 すでに屋敷の前には人がずらりと並び、シャルロッテたちの訪問を待ちわびている。

 中心には両親とノエル。そして、そのうしろには使用人たちが並んでいた。


(一、二、三……。わぁ……、全員でお出迎えだ)


 ベルテ家の使用人が全員並ぶことなんてあっただろうか。


(私が屋敷を出て行くときでもここまでしてもらってないんだけど)


 カタルとの結婚が決まり、屋敷を出たときのことを思い出す。

 シャルロッテを見送ったのは、家族の他には数名の親しい使用人だけだった。

 アッシュは窓にへばりついて、並ぶ人を見つめたまま何も言わない。


(人がいっぱいいて、緊張しているかな?)


「アッシュ、大丈夫?」


 シャルロッテはアッシュの頭を撫でながら尋ねた。

 難しそうであれば、使用人には下がってもらおうと思ったのだ。

 アッシュはコクンと小さく頷く。


「心配しなくても、大丈夫だろう」


 カタルはあっさりとした様子で言った。

 馬車の扉が開いた。

 カタルのエスコートでシャルロッテとアッシュが馬車を降りると、シャルロッテの父が大きな声で出迎える。


「殿下、ようこそお越しくださいました」


 ベルテ伯爵家一同が深々と頭を下げた。

 あまりにも仰々しい挨拶にシャルロッテとカタルは顔を見合わせた。

 皇族を迎えるのだから、これが普通なのだろう。しかし、シャルロッテには居心地が悪い。

 カタルは冷静な声で言った。


「お気遣いなく。私たちは家族のようなものではありませんか」

「そういうわけには……」

「ここは公式な場ではないですから。どうか、顔を上げていただきたい」


 父は汗を拭いながら、頭を上げる。

 まだ皇族と親戚になるという実感が持てないのだろう。

 シャルロッテもそうだ。

 カタルの妻になるというのは理解している。アッシュの母親になるつもりもある。しかし、皇族の一員になるという自覚があるかと聞かれると難しい。

 なにせ、今のところやっていることはアッシュと楽しく遊んでいるだけだからだ。


(もしかして、私も妃教育的なものを受けるべき?)


 カタルは何も言わない。アッシュを優先しているからだろう。


(でも、一番はアッシュだよね)


 アッシュが寂しい思いをするのは本望ではない。

 シャルロッテが妃教育を受けるのは当分先になるだろう。

 カタルが父と二、三挨拶を交わす。

 そのあいだアッシュは珍しく何も言わず、シャルロッテの手を握りしめていた。

 今まででは見たこともない反応だ。


(どうしたんだろう? やっぱり緊張している?)


 シャルロッテの隣に立つアッシュの表情は、見下ろす角度からではよく見えない。

 シャルロッテはしゃがんでアッシュに目線を合わせた。

 アッシュの視線を辿る。

 瞬きもせず、アッシュは一点を見つめていた。

 その表情には不安や恐怖は見えない。どちらかというと、感動に近いだろうか。

 まるで、憧れていた存在に出会ったような。

 そう、シャルロッテが初めてアッシュを見たときの感動に近い顔だ。――そう、アッシュの視線の先にいたのは、ノエルだった。

 残念なことに、ノエルはカタルを睨むことに一所懸命で、アッシュの熱い視線には気づいていない。

 一方通行の想いに、シャルロッテは肩を揺らして笑った。


「アッシュ、おとととお話する?」


 シャルロッテが声を声をかけると。

 アッシュは大きな目をこれでもかというほど見開き、シャルロッテを見上げた。


「おとと」


 小さな声でそれだけ言うと、恥ずかしそうに頷く。

 ノエルの何がアッシュにそうさせているのかわからない。しかし、アッシュはノエルにそうとう会いたかったようだ。


「じゃあ、一緒に『こんにちは』って言いに行こう」


 シャルロッテは立ち上がり、アッシュの手を引いた。

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