表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/60

57.ぼく、アッシュ

 アッシュは右手に持つピンクの花をゆらゆらと揺らした。

 上機嫌なのがわかる。

 尻尾が生えていたら、ぶんぶんと左右に揺れていたことだろう。


(はあ……。可愛すぎる……)


 アッシュの左手はシャルロッテの手をしっかりと握っている。

 その小さな手だけでも破壊力は抜群だ。

 すれ違う使用人たちも、アッシュを見ると顔を綻ばせた。


「みて!」


 アッシュは使用にに向けて嬉しそうに声をかける。

 最近は気兼ねなく使用人にも声をかけるようになった。

 もともと社交的な性格なのかもしれない。そこはカタルとはぜんぜん違っていた。

 ちょうどメイドが荷物を持って廊下を歩いている時だ。

 メイドはアッシュの目線に合わせてしゃがむと笑みを浮かべる。


「綺麗なお花ですね」

「ね。ピンク」

「旦那様にプレゼントですか?」

「だん?」


 アッシュは首を傾げる。

 そして、助けを求めるようにシャルロッテを見上げた。


「パパのことだよ。みんなはお仕事だから『旦那様』って呼ぶんだよ」

「パパ! そう! パパ、ピンクすき!」


 アッシュは元気よく答えた。


(ピンクが好きなのはカタル様ではなくてアッシュだと思うけど)


 シャルロッテは苦笑を浮かべた。

 その間違いを訂正するべきかと思ったが、アッシュが混乱してしまうだろう。


(間違えられて嫌だったら、本人が訂正するよね)


 シャルロッテはアッシュの頭を撫でる。

 右手のピンクの花がひょこひょこと揺れた。


 ◇◆◇


 ちょうどカタルの執務室から男が出てきたばかりだった。

 王宮からの遣いだろう。

 見知らぬ人を見て、アッシュはサッとシャルロッテのうしろに隠れる。

 使用人には慣れたけれど、見知らぬ訪問者には警戒心を隠さなかった。


「シャルロッテ様、ごきげんよう」

「お仕事お疲れ様です」

「もしかして、そちらはアッシュ殿下ですか?」

「はい。アッシュ、パパのお仕事の人だよ。挨拶できる?」


 シャルロッテが声をかけると、アッシュはシャルロッテのスカートからひょこりと顔を出した。

 まだスカートを握りしめている。


(まだ早いかな?)


 突然のことだ。

 だから、難しそうなら理由をつけて断ろうと思った。

 しかし、シャルロッテが断りを入れるよりも早くアッシュがシャルロッテの横に立つ。


「こんにちは。ぼく、アッシュ。おじさんは?」


 アッシュはしっかりとシャルロッテの手を握りしめた。

 強い力だ。緊張しているのだろう。

 男は床に膝をつくと、優しい笑みを浮かべる。


「私は事務官の――」


 彼は名乗ると深々と頭を下げた。


「殿下にご挨拶できて、大変光栄でございます」


 アッシュは困ったようにシャルロッテを見上げる。

 少し、アッシュには難しかったのだろう。


「おじさん、アッシュに会えて嬉しいんだって」


 シャルロッテがこの人を「おじさん」と呼んでしまっていいのかはわからない。

 しかし、アッシュにわかりやすく伝えるにはそれが一番だ。


(カタル様の婚約者だし、最悪カタル様がどうにかしてくれるよね)


 この人の地位がどれほどのものかはわからないが、カタルよりも上ということはない。

 なぜならカタルはこのニカーナ帝国の皇帝の弟なのだ。


「ありがと」


 アッシュはあまりよくわかっていない様子で、ペコリと頭を下げた。

 右手の花も一緒に頭を下げる。


(こうやって少しずつ大きくなっていくんだなぁ)


 ほんの少し前までは別邸の端で震えていた子が、見知らぬ人に挨拶ができている。

 男はまだ話したそうにアッシュを見ていたけれど、あまり長く話をさせるのはアッシュにとってもストレスだろう。

 証拠にシャルロッテを握る手の力がいつもよりも強い。

 平気な顔をしながらも、アッシュは多くのことを考えている証拠だ。

 シャルロッテはアッシュを抱き上げる。


「私たちはカタル様に用事があるので、これで失礼しますね」

「私のほうこそ失礼いたしました」


 男は再び頭を下げた。

 去る様子がないので、シャルロッテはカタルの執務室の扉を叩き、すぐ中に入ったのだ。

 執務室に入ってすぐ、シャルロッテは大きなため息をついた。

 アッシュもシャルロッテの真似をしてため息をつく。


「知らない人に挨拶、できたね」


 シャルロッテが目を細めて言うと、アッシュは嬉しそうに笑った。


「できた」

「とっても立派だったよ~!」

「りっぱ?」

「かっこよかったってこと」


 アッシュの頬が真っ赤に染まる。

 嬉しさと恥ずかしさが混ざったような表情に、シャルロッテは思わずアッシュを抱きしめた。


(こんなの可愛すぎるよ……!)


 一人で幸せに浸っていると、ゴホンッ。と強めの咳が聞こえる。

 シャルロッテの肩がびくりと跳ねた。


「カタル様、突然押しかけてすみません」


 シャルロッテは慌ててアッシュを床に下ろす。そして、シャルロッテは取り繕うように笑った。

 カタルは応接用のソファに座っているところだった。

 先ほどまで執務室から出てきた男と打ち合わせをしていたのだろう。

 彼の表情はいつもと変わらない。シャルロッテの奇行にも慣れたのだろうか。


「こんな時間に、どうした?」


 カタルは落ち着いた様子で尋ねる。

 途端、アッシュの手に持っていたピンクの花が嬉しそうに揺れた。


「パパ、これ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ