55.次は
猫耳をつけたメイドは笑みを浮かべて、デザートをアッシュの目の前に置いた。
デザートはうさ耳のついたプディングだ。
アッシュは目を輝かせる。
「プルプルのうさぎさん!」
アッシュは猫耳のついたメイドを見上げる。
「ねこさん、ありがと」
「い、いえ……」
メイドは頬を染め、声を震わせながら返事をした。
最初に騒いで罰を受けたから、声を上げないように気をつけているのだろう。
(うんうん、可愛すぎるよね~)
アッシュは皿の上のプティングをジッと見つめた。
「どうしたの? 食べないの?」
「もったない」
「もったいない? 大丈夫だよ。また作ってくれるって」
「ほんと?」
「うん、本当」
アッシュが気に入ったと言えば、料理長も張り切って作るだろう。
そして、少しはシャルロッテを見直すはずだ。
アッシュはスプーンを手に持つと、おそるおそるプティングを掬った。
パクリ、と口に入れる。すると目を輝かせる。
「うさぎさん! おいし!」
「おいしい?」
「うん!」
アッシュはもう一度スプーンで掬うと、シャルロッテに差し出した。
「ママも」
「いいの? ママが食べたら減っちゃうよ?」
「おいし、おそろ」
アッシュは歯を見せて笑う。
おいしいものを共有したいということなのだろう。
シャルロッテはアッシュの差し出されたプティングを口に入れる。
優しい甘味が口の中いっぱいに広がった。
「おいし?」
「うん、アッシュがくれたからもっとおいしい」
「えへへ」
アッシュは照れたように頬を緩ませると、再スプーンで掬って次はカタルに差し出した。
「パパも! うさぎさん」
「私は……」
カタルが躊躇う。しかし、アッシュの期待の眼差しに抗えるわけがない。
「おそろ……しない?」
寂しそうに言うアッシュにカタルはグッと堪えた。
そして、頬を引きつらせながらも笑みを浮かべる。
「いや、いただこう」
「いただく!」
アッシュはパッと表情を明るくし、グイッとプティングの乗ったスプーンをカタルに向ける。
食堂内にいる誰もが固唾をのんで見守る中、カタルは難しい表情のまま、アッシュのスプーンに口をつけた。
(なんて幸せな光景なんだろう)
思わず頬が緩む。ぎこちないカタルの様子もまた微笑ましい。
彼は彼なりに父親として進もうとしているのがわかる。
(よかった。この話を受けて)
もし、求婚を断っていたら、アッシュには会えなかっただろう。
(勢いで受けてここまできたけど、よかったな~)
シャルロッテがアッシュを見つめていると、アッシュが振り返った。
「ママ、もっと?」
「大丈夫だよ。ママはお腹いっぱい! あとはアッシュが全部食べて」
アッシュは頷くと、再びカタルを見上げた。
アッシュの表情で察したのだろう。
「私もじゅうぶん食べた。ありがとうアッシュ。おいしかった」
カタルは腕を伸ばし、アッシュの頭を撫でる。
アッシュは嬉しそうに笑うと、残りのプティングを平らげた。
◇◆◇
翌朝になってもアッシュはご機嫌だ。
椅子に座ったアッシュは嬉しそうに足をプラプラとさせた。
こんなに楽しそうにしている姿を見るのは久しぶりで、シャルロッテまで嬉しくなる。
シャルロッテはアッシュの寝ぐせを直しながら尋ねた。
「朝食はどうする? ここで食べる? それともお外に行く?」
「んー……」
アッシュが思案しているあいだ、シャルロッテの心臓は早歩きになる。
これでもまだ「いや」と言われてしまうと、次の手がないからだ。
アッシュはシャルロッテを見上げる。彼の目からは少しだけ遠慮のようなものを感じる。
「……おそと、いい?」
アッシュは小さな声で尋ねた。
シャルロッテは満面の笑みで頷く。
「もちろん。お外で食べよう」
アッシュは小さく頷いた。
その顔は嬉しそうで、シャルロッテも嬉しくなってしまう。
「もしもお耳がでちゃったら、みんなに『ママの』って言うんだよ」
「にせもの?」
「そう。そしたら、みんな『そっかぁ』って言ってくれるから」
昨日、お耳パーティを開催したことはアロンソ邸で働く使用人なら誰もが知っている。
罰として耳をつけたメイドたちが今ごろみんなに広めてくれているだろう。
もう、アッシュが耳を出してしまっても大丈夫だ。
シャルロッテの変わった趣味に付き合わされていると思うことだろう。
アッシュはシャルロッテの言葉に頷いた。
納得しているのかはわからない。
しかし、少しは肩の荷が下りただろうか。
アッシュは本邸の廊下を堂々と歩く。
その後ろ姿を見ながらシャルロッテとカタルは顔を見合わせて笑った。
「よかった〜。アッシュが元気になってくれて」
「そうだな。それもこれも、君のおかげだ」
「その点については否定しません」
アッシュのために身体を張った計画だ。卑下するつもりはない。
「だが、いいのか?」
「何をですか?」
「『変人令嬢』に逆戻りだが」
「その呼び名は不本意ではありますが……」
シャルロッテは笑う。
やはり、変人令嬢と言われるのは好きではない。
ただ、シャルロッテはもふもふした動物たちが好きなだけだ。
「あまり好きではない呼び名ですが、アッシュを守れる盾になりした。今はそうやって呼ばれててよかったと思います」
シャルロッテは歯を見せて笑う。
カタルは目を丸くした。
「ママ〜! パパ〜!」
アッシュが叫びながら駆け寄ってくる。
一人で先に行ってしまっていたことに、気づいたのだろう。
アッシュは勢いろくシャルロッテのスカートに抱きついた。
そして、嬉しそうに笑いながらシャルロッテを見上げた。
「つぎは、おそとの、おそと」
アッシュの頬が嬉しそうに染まる。
「そうね。次はお外のお外に行こう! ね! いいですよね? カタル様」
「……ああ。そうだな」
カタルは飽きれたように笑うと、頷く。
(やっぱり最初は庭園からよね。人が多いところはびっくりしちゃうし)
シャルロッテが計画を練っていると、アッシュがスカートを引っ張った。
「どうしたの?」
「ママのパパとママ。あう」
アッシュはキラキラとした顔で言う。
シャルロッテは大きく頷いた。
「そうだね。ママのパパとママに会いに行こう!」
アッシュは嬉しそうに笑うと、何度も頷いた。
次回はお外のお外へ……!
次回の更新は9/24の予定です。
ちょっとゆっくりになってしまうのですが、週2くらいのペースで更新できればと思っています。
今後もお付き合いいただけたら嬉しいです^^
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