54.おおかみ
「おみみ、ひみつでしょ?」
(皇族の秘密がバレるんじゃないかと心配してるのね)
シャルロッテはアッシュの健気さに眉尻を下げる。
シャルロッテが三歳だったころ、そこまで思慮深かっただろうか。
「本物のお耳は秘密。でも、もし本物のお耳が出ちゃったら、ママの作り物だって言うんだよ」
「つくりもの」
アッシュはコクンと頷いた。
作り物の耳が揺れる。
それでも心配なのだろう。アッシュはカタルの服を必死につかんだ。
シャルロッテはカタルと顔を見合わせる。
「パーティ会場には他にもお耳をつけた人がいるんだよ〜。楽しみだねぇ」
シャルロッテは弾んだ声で言う。
アッシュを驚かせた三人の使用人たち。彼女たちにも耳を渡し、パーティの準備をさせている。
彼女たちは困惑しながらも、耳をつけていた。
あのときのシャルロッテを見る目は、まさに怪物を見つけたときのような目だった。
シャルロッテは思い出して苦笑をもらす。
たかが耳をつけろと言っただけで、あそこまで露骨な反応をされるとは。
『変人令嬢というのは本当だったのね』
彼女たちの顔にはそれぞれ、そう書いてあった。
パーティ会場は食堂だ。
カタルは食堂の前でアッシュを下ろした。
アッシュはキョロキョロと周りを見回す。
「準備はいいかな?」
シャルロッテが尋ねると、アッシュは自身のつけ耳を確認した。
そして、神妙な顔つきで頷く。
シャルロッテはゆっくりと扉を開いた。
パーティと言っても、簡単な飾りつけをして料理を並べただけ。
熊耳をつけたメイドがアッシュに頭を下げる。
茶色い髪に茶色い耳。いい感じに馴染んでいる。
(われながらいい仕事したなぁ)
シャルロッテは満足気に頷いた。
「ようこそパーティ会場にお越しくださいました」
メイドが頭を下げると、丸い耳が揺れる。
アッシュは耳に釘づけだ。
シャルロッテを見上げる。
「熊さんだよ〜。本物は怖いけど、このメイドさんは大丈夫だよ」
「くまさん、こんばんは」
アッシュはぺこりと頭を下げる。
「アッシュ殿下のお席にご案内します」
アッシュは真面目な顔で、メイドのうしろをついていった。
そんな彼の背中を見ながら、シャルロッテとカタルは目を合わせる。
『うまくいってよかったな』
カタルの表情は優しく、そう言っているようだった。
(それにしても……)
シャルロッテの視線はカタルの目よりも上、頭の上の三角耳に向く。
(カタル様の三角耳の破壊力……!)
カタルは整った顔立ちをしている。体格もがっしりとしているため、『カッコイイ』に分類されると思う。
しかし、三角耳つつけることで、少しだけ『可愛い』が追加されるのだ。
(あ〜……。本物の耳、触らせてくれないかなぁ〜)
狼の姿をもふもふしているのも幸福なのだが、頭の上についている三角耳を撫でるのも最高なのだ。
想像するだけで手が動いてしまう。
カタルは呆れたようにシャルロッテを見ると、口を開いた。
「馬鹿なことを考えていないで、行くぞ」
(え!? もしかして、私の心の声も聞こえてる!?)
狼獣人にそんな能力があるとは聞いていない。
いや、ないはずだ。
そうでなければ困る。
ふだんから、あんなことやこんなことを考えていると知られたら。
シャルロッテは顔を青くさせた。
「君がわかりやすいだけだ」
「そんなにわかりやすいですか!?」
「ああ」
カタルはわずかに口角を上げると、さっさと歩き出してしまった。
シャルロッテは両手で頬を押さえる。
(そんなにわかりやすいかな?)
嘘を隠せるタイプではないことは自覚している。しかし、普通くらいだと思っていた。
カタルとアッシュ、二人の視線を受け、シャルロッテはアッシュの隣の席にあわててつく。
いつでもフォローができるように、アッシュの隣だ。アッシュの可愛い姿が見られる特等席でもある。
「ママ、見て!」
アッシュは皿を差し出した。
皿にはパンが載っている。ただのパンではない。狼の形をしたパンだ。
「おおかみ!」
「そうだよ。狼だよ。かわいいね」
特別、今日のために焼いてもらった。
料理長は少しためらっていたが、『変人令嬢』であることを全面に押し出して、作ってもらったのだ。
『本当にアッシュ殿下は喜ぶのでしょうか……?』
そう、不安そうにしていた料理長の顔を思い出す。
それが普通の反応だ。しかし、シャルロッテは胸を張って見せた。
『ええ! 絶対喜びます! だって、私の息子ですから!』
料理長はどう反応したらいいのかわからないといった表情で、シャルロッテを見た。
しかし、シャルロッテは強引に話を進めて行ったのだ。
パンの他にも動物の要素を足してもらっている。
「かわいい」
アッシュは目を細めて笑う。
どれもおいしそうに頬張っている。
(そんなアッシュが一番可愛いよ~)
アッシュが笑うと、シャルロッテも幸せな気持ちでいっぱいになる。
カタルも同じ気持ちなのだろう。
わずかに口角が上がっている。今までだったら見逃しそうだが、今回は彼の喜びをしっかりととらえた。
すると、猫耳をつけたメイドが最後の一品を運んでくる。
「ほら、猫さんがデザートを持ってきてくれたよ」
シャルロッテが言うと、アッシュは猫耳に釘づけだ。




