53.おみみ
カタルは頬を引きつらせる。
「これは……つまり……。私も参加しろと?」
「もちろんです。協力してくれるって言ったじゃないですか。まさか、嘘じゃありませんよね?」
カタルは眉を寄せる。
偽物とはいえ、狼の耳がついている姿を人に見せるのはどうも恐怖心が勝る。
今まで、ひた隠しにしてきたからだろう。
しかし、ここで「嫌だ」とは言えなかった。「嫌だ」と言えば、シャルロッテは引き下がるだろう。
カタルを咎めることもしないはずだ。
しかし、カタルはアッシュの父親になると決めた。
ならば、自分の恐怖を優先すべきではない。
「わかった」
カタルは短く言い、頷いた。
◇◆◇
アッシュは丸々とした目でシャルロッテを見上げた。
「おみみ……」
「似合う〜? ママは何でしょう?」
「……ウサギさん?」
「正解っ!」
シャルロッテは満面の笑みでアッシュの頭を撫でる。
アッシュは嬉しそうに目を細めた。
「ママ、ウサギさんになった?」
「うん、そうだよ〜」
シャルロッテはしゃがんでアッシュと目線を合わせる。アッシュは揺れる耳に釘づけだ。
手を伸ばしてシャルロッテの耳を触る。
「それに、もう一人! カタル様っ! 出番ですよ」
隣の部屋にいたカタルを呼ぶと、彼は重い足取りでアッシュの部屋に入ってくる。
「パパ!?」
カタルを見たとたん、アッシュはさらに目を丸くした。
それもそのはずだ。
彼の頭の上には三角耳が生えているのだから。
カタルも床に膝をついてアッシュに目線を近づける。
アッシュの視線はずっとカタルの耳にある。
「どうした?」
「パパ、おみみ!」
「ああ、これか?」
カタルは片耳を外してみせた。
アッシュは驚きに口を大きく開く。もう目は大きくならないほど見開いているからだろうか。
「と、とれた! パパ、おみみ取れる!?」
「つけ耳だ」
「つけ、みみ?」
「そうだよ。ただの玩具だよ。こうやって頭につけるの」
シャルロッテはアッシュの頭にもカタルとお揃いの黒い耳をつけた。
毎日触っているから、再現度はバッチリだと思う。
アッシュは自分の頭についた耳に触れる。
「可愛い〜。みんなお揃いだぁ〜」
「おそろ。パパもママもかわいい」
アッシュは嬉しそうに頬を緩めて言った。
(可愛過ぎる……! さて、これからが本番よ!)
シャルロッテは小さく息を吐く。そして、ゆっくりと言った。
「実はね、お外でお耳パーティをすることになったの」
「おみみ、ぱーてぃ?」
「そう! みんなでおみみをつけて遊ぶんだよ」
「おみみ、いいの?」
「うん。でも、アッシュとパパが本物だってことは秘密だよ」
「ひみつ」
アッシュは真剣な顔で繰り返した。
秘密。
この言葉にアッシュは敏感だ。
「アッシュが言わなかったら、誰もわからないよ。だって、みんなにお耳ついてるんだもん」
「そっか……」
「うん。ママとパパとお耳パーティに参加してくれる?」
アッシュはしばらくのあいだ思案した。
何度かシャルロッテとカタルの耳を見て、眉根を寄せる。
額に刻まれた可愛い皺は、カタルが悩んでいるときに似ている。
「もし、おみみ出ちゃったら?」
アッシュは心配しているのだろう。
もしも、本物の耳が出たら。
もしも、皇族の秘密がアッシュのせいでバレてしまったら。
すべてはアッシュが真面目でいい子だからだ。
シャルロッテはアッシュの頬を撫でる。
ぷにぷにの可愛い頬も撫で心地は抜群だ。
「ママが作ったお耳だって言えばいいんだよ。だって、お耳パーティだよ? お耳がないと参加できないよ」
「パパも一人では不安だ。一緒に来てくれないか?」
カタルが助け舟を出す。
「パパ、ふあん?」
「ああ。アッシュも一緒だと嬉しい」
「そっかぁ……。なら、いいよ」
アッシュは少し恥ずかしそうに言った。
「本当? 嬉しいな。じゃあ、さっそく三人でパーティに行こう!」
「ぱーてぃ、楽しみ」
カタルがアッシュを抱き上げる。
同じ色の耳がついた二人はまさしく親子だった。
(んんん……! これはなかなか見れない光景では!?)
カタルはときどき狼の姿に変化してくれる。シャルロッテがもふもふをこよなく愛しているからだ。
しかし、耳と尻尾が生えた人間に近い姿を見たのは一度きりだった。
偽物とはいえ、お揃いの耳をつける姿は刺激が強い。
アッシュもカタルの珍しい姿に興味津々だ。
(ずっと見ていたいけど……)
そういうわけにはいかない。
「さあ! 行きましょう!」
シャルロッテは二人を先導して本邸と別邸を隔てる扉へと向かった。
扉を潜るとき、アッシュの顔つきは緊張へと変わる。初めてここを潜ったときはもっと、期待に満ちていた顔をしていた。
(こうやって成長していくんだなぁ……)
まだアッシュと過ごして数ヶ月だというのに、アッシュはどんどん成長していく。
もっとゆっくりのんびりしていても、いいのではないかと思うときがある。
しかし、のんびりするのであれば、限られた場所ではなく好きな時に行きたい場所に行けるほうがいいだろう。
アッシュはしきりにつけ耳を触った。
「大丈夫、かっこよくついてるよ」
「ほんと?」
「うんうん、本当」
「ほんとにいいの?」
「ん?」
アッシュの言葉にシャルロッテは首を傾げた。