表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/60

50.第六感

カタルはわずかの時間、思案したあと口を開いた。


「時間が解決するだろう」

「時間……ですか。でも、本当に完璧になるまで出ないかもしれないですよ!?」


早くて十歳となると、あと七年はかかるということだ。

七年、アッシュは別邸にこもっていることになる。


「その前に飽きるだろう」

「そうかもしれないですけど、飽きずに頑張るかもしれないじゃないですか」


アッシュの性格を考えると、コツコツと頑張りそうな気がするのだ。

彼は我慢強い。そして、少し臆病なところがある。

それは、生まれて三年間の育った環境がそうさせたのかもしれない。

使用人たちに耳や尻尾を見られそうになって、臆病な部分が顔を覗かせているのだろう。

アッシュの「もっと」がそれを物語っているような気がした。

まだアッシュは三歳だ。心の内をうまく言葉では表現できないはず。


「アッシュはすごくいい子で、真面目で、ちょっと頑固なんです。どこの誰に似たのか……」


シャルロッテは小さくため息をついて、ちらりとカタルに視線をやった。


「誰だろうな」


目の前の男はしれっと返す。

シャルロッテは呆れ顔でカタルを見つめた。


(真面目で融通の利かない頑固なところ、そっくりじゃない)


本物の親子のようだと思う。


(とはいえ……。私にできることって何だろう?)


このまま待ち続けるのが正解か。

それとも、無理やりにでも引っ張っていくのが正解か。

もしも、アッシュが別邸から出たくないのであれば、何でも付き合うつもりだ。

けれど、出たくないわけではないことを知っている。

出るためには完璧ではないといけない。アッシュからはそんな気概さえ感じた。


「また悩んでいるのか?」

「少しだけ」


シャルロッテは苦笑を浮かべる。


「心配はご無用です! 思い詰めているというよりは、私にできる最大限のサポートは何か? を考えていると言いますか」

「アイディアを探していると?」

「そうです。待つだけは私らしくないので、私ができることをしてあげたいなって」


自分で言っていて恥ずかしくなる。

しかし、カタルはシャルロッテを笑うことはなかった。


「好きにするといい。私ができることは助けよう」

「はい。よろしくお願いいたします」


シャルロッテはカタルに頭を下げ、執務室を出た。

あまり仕事の邪魔をしてはいけないだろう。

カタルには来客が多い。急遽相談を持ち掛けたせいで、人を待たせていた。

シャルロッテは、外で待たせていた二人の男に頭を下げる。

いかにも文官といういで立ちの男たちは、慌ててシャルロッテに深々と頭を下げ返す。


「お二人とも、お待たせしてしまい、申し訳ございません」

「いえ、私たちのほうこそ急かしてしまったのではないかと心配です」


男は心底心配そうな顔で言った。もう一人も同意だと言わんばかりに頷く。

そこまで畏まられると困ってしまう。


「あまり畏まらないでください。私はただのしがない伯爵家の娘ですから……」

「何をおっしゃいますか。カタル殿下の婚約者」

「ゆくゆくは皇弟妃となるお方ではありませんか」

「そうではあるのですが、まだ実感がなくて……」


シャルロッテは苦笑する。

そんなことを皇弟妃。そんな仰々しいい役職を言われると、困ってしまう。


(私は『アッシュのママ』くらいの気持ちだったけど、そうだよね。アッシュのママということは、カタル様の妻であり、皇弟妃になるってことなんだよね)


そう考えると、すごい選択をしてしまったような気がする。


「お二人がご婚約をされていたことは耳にしておりましたが、もうご一緒に住まわれているとは知りませんでした」

「皇族の一員になるには準備が必要ですから」


シャルロッテは適当なことを言って笑みを浮かべた。

やっていることはアッシュと毎日遊んでいるだけ。準備も何も他人任せだし、屋敷の管理すら学んではいない。

しかし、噓も方便だろう。


「では、失礼しますね」


シャルロッテは再び頭を下げると、二人の男に背を向けた。

背後から話し声が聞こえてくる。


「あれが例の?」

「ああ、『変人令嬢』だ」

「意外と普通じゃないか? 普通というか、可愛いと思うんだが……」

「だからこそもったいないんだよ」


(聞こえてるんだけど……)


ささやき声とはいえ、静かな廊下ではよく響く。

文句の一つでも言おうかと思ったけれど、シャルロッテがこの帝国において『変人』の部類に入るのは事実。


(怒っても何も変わらないし、今はアッシュのほうが大切だわ!)


シャルロッテは一人廊下を歩く。


(カタル様は待ちの姿勢だけど……)


カタルは自身の経験からくるものなのだろう。

シャルロッテはその考えを否定するつもりはない。皇族の――ひいては狼獣人のことについてはカタルのほうが詳しい。

だから、カタルのようにどっしりと構えているのが正解なのかもしれないと思うこともある。


(私としては、アッシュと二人で毎日楽しく過ごすのは悪くないわ)


別邸にいれば狼の姿を見せてもらうことができる。

アッシュは走り回りたいとき、狼の姿を見せた。

アッシュの勉強の合間に一緒に遊んで、楽しく生活するのは悪くない。

この生活は、シャルロッテが以前思い描いていた生活に近い。だから、「いつか外に出られるようになるといいな」と思いながら、アッシュを見守るほうが楽だ。


(でもでも、第六感が言ってるのよ! このままじゃだめだって!)


狼獣人について詳しいのはカタルかもしれない。

しかし、今一番アッシュのことを知っているのはシャルロッテだ。狼獣人か、皇族かよりもアッシュ個人のことを考えたほうがいいだろう。


(変人令嬢にだって、何かできるはずよ! ……変人令嬢……?)


「これだ……!」


シャルロッテは廊下の真ん中で思わず呟いた。



本日から電子書籍が配信されました^^

たくさん加筆しておりますので、よろしければお手に取ってみてください^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ