05.契約成立
「頼みたいことは一つだ」
カタルはシャルロッテから視線を外し、遠くを見つめた。しかし、その視線の先には何もない。
どこか憂いを感じるその横顔に、シャルロッテはただ黙って言葉を待つことしかできなかった。
「息子の相手を」
「息子さん……。えっと……、前妻の……」
「ああ。息子には母親が必要だ」
「はあ……」
出産後一ヶ月もせずに追い出されたという新聞記事を思いだしながら、曖昧に頷く。母親が必要ならば、前妻ではだめなのか。そんな質問を投げかけられる雰囲気ではない。
(人それぞれ事情はあるよね)
新聞記事がすべてではない。
おしどり夫婦と呼ばれた夫妻の関係が実は冷えていた――なんて話もあるものだ。
きっと、シャルロッテの知らない大人の事情があるのだろう。
「あの……。つかぬことをお伺いしますが、なぜ私なのでしょうか?」
「君を選ぶのはおかしいだろうか?」
「まあ、選択肢としては最後かなと。未婚の女性はたくさんいるでしょう? 難ありの私よりも、相応しい人はたくさんいるはずです」
大切な息子の世話を任せるのであれば、もっと他にもいそうなものだ。『冷酷悪魔』と呼ばれていても皇族の一人。彼と結婚すれば、皇族の一員になる。
それを魅力に感じる女性もいるだろう。
カタルはわずかに考えたのち、小さく言った。
「君が犬好きだからだ」
(意味がわからないわ)
息子の世話と犬好き。まったく繋がらない。
(もしかして、息子さんの手のつけられない子なのかしら?)
お手上げ状態で、結婚できなさそうなシャルロッテなら、と声を掛けたのかもしれない。
「人見知りで最初は少し、手が掛かるかもしれない」
カタルの言葉にシャルロッテは「やっぱり」と言いかけて口を噤んだ。
うまい話には裏がある。そういうことだ。
「動物を飼うのは、息子との生活に慣れてからにしてほしい」
「なるほど。成功報酬ということですね」
継母としての役割をこなせば、犬や猫を飼っていいということだろう。
「ああ、我が家には本邸の他に別邸がある。今はアッシュ……息子が暮らしているが、のちのちそこを君が自由に使えるようにしよう。どうだろうか?」
「もちろん、お受けします!」
シャルロッテは二つ返事で引き受けた。
こんなにいい条件で結婚する機会は今後訪れない。
皇族との繋がりができれば、ベルテ家は豊かになる。継母としての役割をこなすことで、犬や猫との生活も約束されている。
カタルの話から察するに、必要なのは『息子の母親』であって、『自分の妻』ではないようだ。
「そんなに簡単に決めていいのか? 両親に相談する必要もあるだろう?」
「構いません。殿下以上の相手はおりませんし」
皇帝の唯一の弟であるカタル以上の相手など探すことはできない。
「お互いに条件を守るために魔法契約を結ぶことになるが……」
「もちろん構いません。皇族にもなると魔法契約を使うんですね」
ニカーナ帝国で魔法は貴重だ。魔法使いは千人に一人生まれる程度の確立でしか生まれない。魔法使いのほとんどは帝国が管理し、帝国のために働いている。
だから、魔法の恩恵に預かれることは貴族であっても少ないのだ。魔法契約は書面での契約よりも効力が強いと聞いたことがある。しかし、それを実際に見たことはなかった。
「君が問題ないのであれば、シャルロッテ嬢。私の妻になっていただけるだろうか?」
カタルが手を差し出す。
胸がときめくような言葉だ。しかし、シャルロッテは別の意味で胸を高鳴らせていた。
(これで念願の……! もふもふパラダイスが作れるわ……!)
皇族ともなれば、一匹といわず何匹でも飼えそうだ。
右手にもふもふ。左手にももふもふ。
もふもふに囲まれて眠る姿を想像しただけで、気持ちが高揚した。
シャルロッテは潤んだ瞳で、カタルの手を取る。
「よろしくお願いします」
こうして、シャルロッテの二十回に渡る婚活は幕を閉じたのだ。
今日の更新はこれで終わりです。
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