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49.完璧なお手本

 シャルロッテは首を傾げる。


「め?」

「だめ」

「だめなの? でも、お耳も尻尾も綺麗に隠れているよ」


 アッシュは頭を横に振る。

 目を覚まして、アッシュはすぐに耳と尻尾を隠した。

 それからずっと隠したままだ。

 耳と尻尾を隠していることを苦にしている様子はない。

 問題ないのではないか。


「もっと」

「もっと?」


 シャルロッテはしゃがんんでアッシュの目線に合わせる。

 耳も尻尾も隠してしまえば、これ以上隠すものはない。

 何をもっと隠すのかわからなかった。


「ちゃんとできるまで」

「ちゃんと? アッシュはもうちゃんと隠せてるよ」


 シャルロッテは頭を撫でる。シャルロッテが撫でても耳が生えてくる様子はない。

 彼の言う「ちゃんと」はできているのではないか。

 しかし、アッシュはキュッと口を真一文字に結ぶと頭を横に振った。


「朝ね、出ちゃうの」

「朝か〜」


 シャルロッテは眉尻を下げた。

 アッシュは目が覚めると、耳や尻尾を出している。

 ときどき狼の姿になっている時さえあった。

 アッシュにはそれが許せないのだろう。

 朝は別邸で起きているから、隠す必要もないのだが。


「眠っているときまで気をつけたら、お耳もアッシュも疲れちゃうよ?」

「オリバ、言ってた。おみみ、大事なひみつ」

「そうだね」

「ぼく、がんばる!」


 アッシュはシャルロッテを見上げて拳を握りしめる。

 その目は気合いに満ちていた。



「――と、いうことがありまして」


 シャルロッテはカタルの執務室で肩を落としながら言った。

 シャルロッテの相談相手と言えば、オリバーかカタルのどちらかしかいない。

 そして、アッシュにも秘密の話ができるのは、防音効果の高いこの執務室だ。

 アッシュの父親ということもあって、必然的にカタルが一番の相談相手になる。

 シャルロッテとカタルは執務室のソファに向かい合って座った。

 この光景は一日ぶりである。

 カタルは迷惑そうにするわけでもなく、シャルロッテの話を聞き、静かに頷いた。


「朝か……」

「アッシュは朝も耳がない状態で起きれるようになるまで、別邸を出ないそうです」


 シャルロッテはため息をつく。


「寝ているあいだも人間の姿を保てるようになるにはどれくらいかかりますか?」

「そうだな……。早ければ十歳くらいだろうか」

「十歳!? まだまだ先じゃないですか!」

「眠っている時は無防備になるものだ。コントロールできるわけではない。大人になってもどうしても変化してしまう者もいる」

「そうなんですか!?」


 シャルロッテは目を丸くした。


「ああ、だからみんな寝室には内鍵をつけている」

「そうなんですね~」


 新たな情報だ。

 本邸でカタルがどういう生活を送っていたか、実のところ知らなかった。

 別邸で一緒に暮らす前、顔を合わせるのはほとんどが食堂だったからだ。

 興味がなかったと言えばそれまでなのだが。

 別邸で生活で、カタルが寝室に鍵をかけることはない。

 おそらくアッシュがいるからだろう。

 アッシュはカタルとシャルロッテの寝室を行き来している。

 日替わりでカタルと寝るかシャルロッテと寝るかを決めているようだ。そして、一緒に眠らなかったほうに朝一番に「おはよう」を言いに行く。

 今日はカタルと一緒に眠り、朝起きるとすぐさまシャルロッテのもとに来ていた。

 カタルはアッシュが自由に行き来できるように、鍵をかけないでいるのだろう。


「カタル様は鍵をかけておりませんが、平気ですか?」


 習慣になっているのであれば、鍵をかけずに眠るのは居心地が悪いのではないかと思った。

 しばらくのあいだ、沈黙が続く。

 カタルは何を考えているのかわからない顔で、目を瞬かせた。


(も、もしかして、変なこと言っちゃったかな!?)


 平気だから鍵をかけていないか、アッシュのために我慢しているかのどちらかだろう。

 カタルの表情は、「そんなことを聞いて何がしたいんだ」という顔だろうか。

 シャルロッテが言い訳を考えていると、カタルが口を開いた。


「別邸で見られて困るものはないから、別に何も問題ないだろう?」

「そう、ですね。たしかに」


 別邸で生活しているのはシャルロッテとカタル、そしてアッシュの三人。他に入ることができるのはオリバーだけだ。

 わざわざ鍵をかける必要はない。

 シャルロッテは「そういうものか」と曖昧に頷いた。

 もっと繊細な問題だと思っていたのかもしれない。


(カタル様はあまり隙を見せる感じもしないから、鍵なんて大した問題じゃないのかも)


 シャルロッテ自身はカタルの寝起きを見たことはない。

 部屋が別だし、彼の寝室はなんとなく踏み入れてはいけない領域のような気がするからだ。

 婚約者とは言え、他人。

 清く正しい契約を結んだだけの関係だ。シャルロッテにもそれくらいの分別はある。

 アッシュが起きぬけの耳や尻尾を気にするということは、カタルが寝ていても完璧な姿なのだろうことは想像できた。


(隣に完璧なお手本みたいな人がいたら、気負う気持ちもわかるなぁ)


 シャルロッテはまじまじとカタルを見つめた。

 アッシュの見本はカタルかオリバーだ。アッシュから見たらどちらも大きな存在なのだろう。


「なんだ?」

「いえ、どうしたらアッシュが外に出る気になるかなーって」


 本題はアッシュのことだ。

 つい、話がそれてしまった。

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