48.もっとのうえ
シャルロッテは眉尻を下げた。
「もうこんなに頑張っているのに?」
「もっとのうえ!」
「もっとの上かぁ〜。大変じゃない」
「じゃない」
こういうときのアッシュは頑固だ。
こうと決めたらこう。納得がいくまで進めるのだろう。
「ぼく、ママとパパと、お外のお外行く」
お外のお外――本邸の外という意味だろう。
アッシュは本邸から出たことがない。窓から外を見て、何度も外に思いを馳せていた。
「うん。行こうね」
「ママのパパとママにあう」
「そうだね。会いに行こう。きっと喜ぶと思う」
「だから、おみみ、がんばる」
アッシュは両手で頭を押さえた。
耳は出ていない。
シャルロッテは眉尻を下げる。
(そんなに頑張らなくてもいいのに)
皇族で表に出ていない人はいない。
つまり、どんな皇族もいつかは人間の姿に慣れ、人前に出ることができるということだ。
きっと、アッシュも耳隠すことに慣れてくる。
時間がかかってもいいではないか。
アッシュはアッシュのスピードであるけばいいのだ。
しかし、それを今言ってもわからないだろう。
シャルロッテは優しく頭を撫でた。
「いっぱい一緒のお外のお外に行こうね。お外のお外にはいろいろあるんだよ」
「いろいろ? おはなは?」
「ここよりもっとたくさんあるよ。庭園っていう、お花がいっぱい咲いてるところがあるんだよ」
「いっぱい……これくらい?」
アッシュは起き上がると、両手を広げた。
小さな手をうんと伸ばす姿はなんと愛らしいことか。
頬を緩めずにはいられない。
シャルロッテもアッシュに続いて起き上がると、にこりと笑った。
「ううん。もっとだよ。ここがお花で埋まっても足りないくらい」
アッシュは目を皿のように大きくした。そして、周りを見回す。
ここ――裏庭には、大きな木と小さな花壇。あとは芝が広がっているだけ。
アッシュはアロンソ邸の庭園を見たことがなかった。
「ここ、ぜんぶ?」
「うん、全部。一日じゃ見切れないかも。とっても綺麗なんだよ」
きっと、見たら驚くだろう。
狼になって駆け回らせてあげられないのだけが残念だ。
きっと、あの広い庭園を自由に駆け回れたら、気持ちいいだろうから。
「たのしみ」
アッシュは嬉しそうに頬を緩める。
少しは元気になってくれてよかった。
けれど、アッシュは次の日も別邸の外に出ようとはしなかった。
◇◆◇
シャルロッテは肩を落とす。
「今日は出てくれると思ったのに……」
朝食を手にしながら、シャルロッテは呟いた。
隣に並ぶカタルは相変わらず何を考えているのかわからない顔だ。
これはいつもそうなので、気にならない。
「アッシュにもいろいろ考えることがあるのだろう」
「そうですよね」
「早く出られたからいいと言うものでもない。それに、アッシュは別邸でも寂しくないんだ。余計、あの中が心地よく感じているのかもしれないな」
「心地よくですか……?」
カタルは頷く。
「私のときは父王は忙しく、母は別に暮らしていた。兄は外を楽しんでいる時期だったから」
「子どものカタル様にとって、外に出るほうがメリットが大きかったのですね」
カタルは再び神妙に頷いた。
そう考えると、カタルの幼少期はなんだかかわいそうだなと思った。
人間である母親にはなかなか会えず、だからと言って父親は皇帝だから忙しいのは想像できる。
「アッシュにとって別邸が一番安心できる場所になっているということだろう」
「そうだといいのですが……」
アッシュにとって一番落ち着く場所であってほしい。
本物の母親に甘えられない分、シャルロッテが何倍も愛情を与えているつもりだ。
今はカタルも一緒に住んでいるから、寂しくはないのかもしれない。
「でも、アッシュもお外に行きたいはずなんです」
アッシュにとって、別邸と本邸を隔てる壁が大きなものであることを知っている。
シャルロッテやカタルが別邸にいないとき、不安そうしているとオリバーから聞いたことともあった。
カタルの幼少期とは違うかもしれない。
けれど、アッシュにはアッシュなりに別邸から出たい理由があるはずだ。
「何か理由があると?」
「はい。少し探りを入れてみようと思います!」
「相変わらず君はお節介だな」
カタルが小さく笑った。
シャルロッテは頬を膨らませる。
「時間が解決してくれるなら、いいんです。でも、もしかしたら、アッシュ一人では解決できない話かもしれないじゃないですか」
アッシュ一人で立ち向かうべき問題なら、見守るつもりだ。
けれど、どうしようもないことだったら?
そういう時こそ大人の出番なのではないかと思うのだ。
シャルロッテは幼少期、たくさん父や母に助けられた。
皇族だからといって、全部自分で解決する必要はないだろう。
「君を頼もしく感じる」
「なんと言ってもママですから」
まだ正式なママになったわけではない。
けれど、シャルロッテにとってアッシュは可愛い息子で、彼を愛する権利を奪われるつもりはなかった。
「頼んだ」
「任せてください」
「もし、手を貸す必要があったら、いつでも言ってくれ」
「もちろんです。私で解決できない問題だったら、相談しますね」
シャルロッテとカタルは顔を見合わせて頷き合った。
二人の関係も良好だ。
◇◆◇
朝食を終え、アッシュとともにカタルを見送ったあと、シャルロッテはアッシュに尋ねた。
「ママ、これから本邸のお部屋に用事があるんだけど、アッシュに付き合ってもらいたいなぁ」
「……め」
アッシュが小さな声で返す。
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