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45.はじめての失敗

 アッシュは足を止めて身を固くした。

 三人のメイドたちがアッシュに駆け寄ってくる。

 彼女たちはアッシュを見ると、「キャー」と再び悲鳴をあげた。


「あなたたち、少し落ち着いて!」


 シャルロッテはメイドたちとアッシュのあいだに入る。


「シャルロッテ様、アッシュ様は本当に可愛らしいですね」


 メイドの一人は目をキラキラとさせて言った。


「ええ。だけど、落ち着いて。アッシュがびっくりするから」

「はい!」


 元気のいい返事が返ってきた。

 おそらく何も理解していないのだろう。

 彼女たちは興奮していて、注意事項も忘れている様子だった。


「ぼっちゃま、はじめまして」

「これからよろしくお願いします」


 アッシュが下唇を噛み締める。彼は拳を握り締め、プルプルと振るわせた。


(これ以上はダメだ)


 シャルロッテはストールをアッシュの頭から掛けると、そのままアッシュを抱き上げた。


「マ、ママぁ〜」


 アッシュはストールの中でシャルロッテを見上げる。すると、アッシュの頭からひょっこりと耳が生えた。

 シャルロッテはストール越しにアッシュの頭を何度も撫でる。


「びっくりしちゃったね。でも、大丈夫だよ」

「うう……」


 アッシュはシャルロッテの胸に顔を埋めた。

 シャルロッテはメイドたちを睨みつける。


「落ち着いてって言ったでしょう?」

「申し訳ございません。ぼっちゃまがとても可愛らしくて……」

「仕事に戻って」


 シャルロッテが厳しく言うと、メイドたちは頭を下げおずおずと下がっていった。

 ため息をつく。

 腕の中でアッシュはふるふると震えていた。


「何をしている?」

「カタル様」


 シャルロッテはカタルを見上げる。

 アッシュ同様、カタルも耳がいい。食堂からシャルロッテたちの声を聞いて駆けつけたのだろう。

 カタルはストールを持ち上げ、中に隠れるアッシュの様子を確認した。

 そして、アッシュの頭を撫でる。


「今日は別邸で食事を摂ろう。準備させる」

「はい。アッシュ、今日は疲れちゃったからお部屋で食べようね」


 シャルロッテの声にアッシュは小さく頷く。

 アッシュは両手で頭に生えた耳を覆ったままだった。


 ◇◆◇


 次の日の朝。

 シャルロッテとアッシュ、そしてカタルの三人は別邸で朝食をとった。

 アッシュが本邸に行くことを嫌がったからだ。


「アッシュ、ママと一緒にお外に遊びにいかない?」


 アッシュは大きく頭を横に振る。


「せっかくだから、一緒にオリバー伯父様を迎えに行こう?」

「いい。ぼく、ここいる」

「怖いお姉さんたちは近くに来ないよ?」


 シャルロッテの誘いにものらず、アッシュは頑なだった。

 昨日の使用人たちが相当こわかったのだろうか。


「じゃあ、ママが迎えに行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」


 無理に連れて行くのは逆効果だろう。

 シャルロッテはアッシュの頭を撫でる。

 アッシュは、別邸の扉の前で少しだけ寂しそうにシャルロッテを見送った。


 シャルロッテは本邸の廊下を歩きながらため息をつく。

 せっかく前進したのに、二歩も三歩も下がってしまった。

 アッシュにはまだ外の世界は早かったのだろうか。


(三人だけのときは順調だったんだけどなぁ)


 楽しそうに屋敷の中を探索する姿を思い出す。

 好奇心を満たすように、アッシュはいろいろな場所に足を運んでいた。

 やはり、人に会わせるのは早すぎたのだろうか。

『声をかけるな』という命令を出すべきだっただろうか。

 考えれば考えるほど正解がわからない。

 シャルロッテがウンウンと唸っているあいだに、オリバーが到着する。

 彼は眼鏡の奥でうっすらと、くまを作っていた。


「オリバー様。いらっしゃいませ。もしかして、お疲れですか?」

「シャルロッテ嬢、ごきげんよう。少し魔法の研究に夢中になってしまって。よくあることなので、気にしないでください」


 オリバーはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「シャルロッテ嬢こそ顔色が悪いようですが、何ありましたか?」

「そんなに変ですか?」

「変ではありませんが、元気がいつもの半分以下ですね」


 シャルロッテは肩を竦める。

 どうもシャルロッテは隠し事が苦手らしい。


「話なら聞きますよ。役に立てるかはわかりませんが」


(オリバー様に聞いてもらうのはありかもしれないわね)


 アッシュは耳がいい。だから、別邸内で話しては聞かれてしまう。本邸ならば聞こえないだろう。シャルロッテの弱音も、アッシュには聞こえないはずだ。


「ありがとうございます。実はいろいろうまくいってなくて」

「では、ゆっくり歩きながら話を聞きましょうか」


 シャルロッテはオリバーに昨日のことをかいつまんで話す。

 今日はアッシュを誘っても別邸から出たがらないこともすべて。


「なるほど。そんなことがあったのですね」

「私は急ぎすぎたのでしょうか?」


 シャルロッテは肩を落とした。


「気に病むことはありません。誰しも失敗はつきものですよ」

「そう言っていただけると、少しだけ元気になった気がします」

「私やカタルだって、人前に慣れるまでに何度も失敗をしています」

「そうなんですか?」

「そういうものです」


 人間のシャルロッテにはわからない感覚だ。

 ずっと使用人が周りにいて、それが普通だった。

 だから、アッシュの不安な気持ちにうまく寄り添えていないのではないのかと心配になる。


「アッシュは本当に幸せ者ですね」


 オリバーは心底感動したように言った。

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