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39.カタルの謝罪

 アッシュの身体が宙に浮く。

 シャルロッテが動くよりも早く、カタルが踏み込んでいた。彼は床に向かって腕を伸ばす。

 床にぶつかる寸前で、彼はアッシュを抱きとめた。


「怪我はないか?」

「キュゥン……」

「そうか」


 アッシュはカタルの腕の中で嬉しそうに鳴く。言葉は少ないけれど、アッシュを見るカタルの顔は今までで一番優しい顔をしていた。


「バ、バケモノっ……」


 カリンは腰を抜かしたまま後ずさった。声が震えている。

 彼女に一言申そうとシャルロッテは一歩足を踏み出したが、カタルに制された。

 カタルはシャルロッテにアッシュを預けると、一歩、二歩とカリンの元に近づいていく。

 腰を抜かしたカリンは、震えながらカタルを見上げた。


「あ、あんたら何なの!? そんな平気な顔でバケモノを触って……」

「……よく聞け、私の息子はバケモノではない」


 カタルが低い声で言った瞬間、カタルの身体が光に包まれた。そして、目の前には灰色の大きな狼が立っていたのだ。

 カリンは口をパクパクさせ、狼を仰ぎ見る。すでに声すら出す余裕はないようだ。

 狼が唸った。地響きのような低い声。カリンの身体がガタガタと震える。

 狼が吠え、鋭い爪を振り上げた瞬間、カリンは「ギャー!」という大きな叫び声をあげて、気を失った。

 ほんの一瞬のことだ。

 圧倒的な存在感。

 シャルロッテは呆然と狼を見た。白混じりの灰色の狼だ。黄金の眼がシャルロッテに向けられる。

 不思議と恐怖はなかった。


「初めて見ました」


 シャルロッテはにこりと笑った。

 腕の中にいたアッシュが、もぞもぞと動き始める。そして、シャルロッテの腕の中から飛び出すと、嬉しそうにカタルの周りをぐるぐると回った。

 カタルの腕に絡みつく。カタルは慎重に相手をしていた。


(よかった。大丈夫そう……)


 アッシュの相手をすることで、カタルを苦しめないか心配だった。しかし、今のカタルは父親らしい顔をしている。尻尾も優しく揺れていた。


「それにしても、この状況はどうしたらいいのでしょうか?」


 カタルとアッシュの秘密を知ってしまった人間をどうすべきか。カタルに話しかけたのだが、彼は狼の姿のまま、シャルロッテを見つめ返した。そして、シャルロッテの隣に寝そべってしまう。


「えっ!? どういう意味ですか? 放っておけってこと!?」


 もう、何が何だかわからない。アッシュはカタルの狼の姿がよほど嬉しいのか、尻尾にじゃれついて遊んでいる。カタルもいやではないのだろう。尻尾を揺らしながらアッシュの相手をしていた。


(もふもふが二匹……ここだけ楽園……)


 状況だけ考えると、楽園とは程遠い。しかし、目の前だけ見るとそこは天国のような場所だった。アッシュと一緒にじゃれつきたい。

 しかし、相手は大きな犬ではなく、カタルだ。シャルロッテは伸ばしそうになった手を押し戻し、ぐっと拳を握った。

 アッシュとカタルが不思議そうにシャルロッテを見つめる。目が合って、シャルロッテはつい口を滑らせた。


「カタル様、少しだけ触ってもいいですか?」


(私ったら、何言ってるの!? あのカタル様に!)


 シャルロッテは慌てて、一歩後ずさった。


「あの! もふもふしたいなんてそんな邪なことは……! 思ってはいるんですけど……!」


 素直な口がぺらぺらと本音をもらしていく。

 カタルはしばしシャルロッテを見つめたあと、背を向けた。


「も、もしかして……。触ってもいいってことですか?」

「キャンッ」


 カタルの代わりにアッシュが元気よく答える。シャルロッテは舞い上がりそうになった気持ちを抑えてカタルの背中に手を伸ばした。


(少しだけ。ほんの少しだけ……)


 しかし、指先がカタルの背中に触れる寸前で扉が勢いよく開かれたのだ。


「カタル、アッシュ、大丈夫ですかっ!?」

「オリバーさんっ!?」


 シャルロッテは慌てて手を引っ込め、立ち上がる。オリバーは目を瞬かせた。

 頬が熱い。もう少しで恥ずかしい場面を見られるところだったのだ。


(カタル様もオリバー様が来ているなら教えてくれればよかったのに!)


 カタルは耳がいい。きっと、オリバーが来ていることに気づいていただろう。


「ええと……。状況を説明していただけると助かるのですが……」

「見てのとおりではあるのですが……」


 何から説明をしたらいいだろうか。

 シャルロッテは部屋を見回した。


「この様子だと、この女性が何らかの理由で別邸に侵入し、アッシュに危害を加えたため、カタルが怒った。という感じですかね」

「おおむね正解です。この人はクロエ様の侍女だそうで、アッシュを連れて行こうとしたようです」

「なるほど……」

「すみません……。私の不注意でブレスレットを盗まれてしまってこんなことに……」


 シャルロッテは頭を深々と下げた。注意していれば、防げる事件だった。気をつけていたはずだったのに、結局アッシュを危険な目にあわせてしまったのだ。


「お気になさらず。シャルロッテ嬢が完璧だったとしても、彼女はどうにかしてアッシュを奪いに来ていたはずでしょう。今のうちに膿を出せたのはよかったと思います」


 オリバーがにこりと笑った。気を使われているのがわかる。

 追い出されてもおかしくないミスだったというのに。


「本当にすみません」

「これ以上気に病まないでください。そもそも私が作った鍵が単純だったのが問題でした」


 オリバーは今後の鍵について語り始める。


「一つだからこんなことになってしまいましたから。これからは二つ合わせて……ああ、失礼。魔法のことになるとつい我を忘れてしまいます」


 オリバーは恥ずかしそうに眼鏡をくいっとあげた。

 そして、狼の姿のままのカタルに視線を向ける。


「カタルは早く元に戻ってこい」


 カタルはオリバーを一瞥すると、自分自身の服を銜えて部屋を出て行った。楽しそうにアッシュがその後ろをついていく。

 尻尾の揺れ方が似ている。本当の父子のようではないか。

 しばらくして、カタルはアッシュを連れて戻って来た。アッシュもカタルに合わせて人間の姿に戻ったらしい。


「あの女の記憶は一部改ざんして、誘拐として処理をする」

「了解。まあ、それしかないね。当分、地下牢を借りるよ」


 カタルとオリバーはテキパキと事後処理を済ませていく。シャルロッテはアッシュを膝に乗せて、それを呆然と眺めることくらいしかできなかった。


(地下牢なんてあるんだ……)


 記憶の改ざん。カタルやアッシュのことを外部にもらさないための処置だろう。すべての話が終わったのか、オリバーは気絶したカリンの身体を抱えて部屋を出て行った。多分、地下牢に入れるのだろう。

 アッシュの部屋に三人が取り残される。

 沈黙が続いた。


(気まずい……。でも、カタル様のほうが居心地悪いよね? 私が何か話題を振るべきかな……)


 その心配は必要なさそうだ。

 カタルは小さく息を吐き出すと、アッシュの前に膝をつき目線を合わせた。


「アッシュ、今まで父親らしいことができなくて悪かった」


 カタルの低い声がわずかに震えている。


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― 新着の感想 ―
世話を任せた人物が前妻の関係者で犯人だと、雇っていたのが凄く間抜けな感じに、仮に人事を部下に任せていたとしても。
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