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38.本物の母親

 心臓が騒がしい。そんなことがあってはならないのに。


「ないっ! どうしよう……」

「どうされたのですか?」


 心配そうにメイドが聞く。冷静にならなければならないのに、震えが止まらない。どうしていいのかわからなくて、シャルロッテ右往左往した。


(なんで? なんでないの!? さっきまであったのに……)


「金のブレスレットを探して! 細くて……装飾がなくて……。お願い!」


 シャルロッテは部屋中を探した。紅茶で濡れたドレスを見てはたと気づく。


「もしかして……カリンが?」


 考えてみれば、彼女はよくアッシュのことをシャルロッテに尋ねていた。何かにつけて別邸に行きたがっていたではないか。

 背筋が凍った。慌てて、シャルロッテは部屋を出る。

 扉をくぐったところで、人とぶつかってしまった。


「ごめんなさいっ……カタル様!?」

「騒がしいが、どうした?」


 カタルを見た瞬間、目から涙があふれた。


「ブレスレットが……! 多分、カリンが……」


 カタルはシャルロッテの腕を見て、眉根を寄せた。


「落ち着け」

「で、でも……!」

「安心しろ。今は君一人じゃない。私がいる」


 カタルはそれだけ言うとシャルロッテの手を握った。震えた手が止まる。耳の奥で響いていた心音が収まっていった。


「ごめんなさい、気が動転していたみたいで……」

「ああ、もう大丈夫か?」

「はい! 別邸に行きましょう!」

「よかった。あのままだったら担ぐしかないと思っていたところだ」

「それだけはちょっと……」


 カタルならばやりかねない。シャルロッテは安堵した。

 カタルはメイドに医師とオリバーを呼ぶように指示を出すと。シャルロッテの腕を引いた。


「行くぞ」

「はい!」


 二人はまっすぐ別邸に駆けた。


 本邸と別邸の扉をくぐる。シャルロッテのブレスレットはなかったが、カタルは指輪を鍵にしていたらしい。別邸に入ったところで、アッシュの叫び声が聞こえた。 


「やーっ! 放してっ」


 シャルロッテとカタルは顔を見合わせる。


「二階の部屋だ」

「すぐに行きましょう!」


 シャルロッテはドレスのスカートを持ち上げて階段を駆け上がる。

 靴はとうに脱ぎ捨てた。


(どうしてこんなことをするの!?)


 好奇心だけだろうか。

 胸がざわめく。

 紅茶をかけるところまでが計画だったのだろう。こんな大胆なことを、ただの好奇心でするとは考えられない。

 アッシュの部屋にたどり着くと、ベッドの端にしがみつくアッシュをカリンが引きはがしているところだった。


「さあ、アッシュ坊ちゃま。本物のお母さまのところに戻りましょう」

「やだ! アッシュはママのところにいる!」

「坊ちゃまは騙されているのですよ!?」

「やだっ!」


 女性とは言え、子どもと大人。アッシュはベッドから引きはがされてしまう。

 シャルロッテは、そのままアッシュを連れて行こうとするカリンの前に立ちふさがった。


「カリン、アッシュを返して!」

「ママ~!」


 アッシュが泣き叫ぶ。しかし、カリンは顔色を変えずシャルロッテを見た。


「アッシュ坊ちゃまは本物の母親のところに返していただきます!」


 彼女の力強い言葉にシャルロッテは目を瞬かせた。


「あなた、まさか……クロエ様の?」

「はい。私はクロエ・ピエタ様の侍女。アロンソ家からお嬢様の最愛の息子を返してもらいに来ました」

「じゃあ、今まで新人のふりをして……?」

「はい。クロエ様は再三アッシュ坊ちゃまとの面会を希望しておりました。しかし、アロンソ公爵は一度も返事をいただけずこうするしかなかったのです」


 カリンはキッとシャルロッテとカタルを睨んだ。


「クロエには何度も返事を送っている。息子には会わせられないと」

「なぜですか? クロエ様は毎日泣いておられます。子どもから母親を奪うなんて、ひどいことがなぜできるのですか!?」

「私がなんと呼ばれているか知っているだろ?」


 カリンの必死の訴えなど胸には響かないとばかりに、カタルはため息を吐いた。この三年間、そうやって、悪者の演技をし続けてきたのだろうか。


「坊ちゃまは本物のお母様にお会いしたいですよね?」

「……本物?」

「はい。アッシュ坊ちゃまは生まれてすぐに本物のお母様から引き離されて過ごしてきたのですよ」


 アッシュは困ったようにシャルロッテを見た。


「アッシュ坊ちゃま。あの二人は悪者です。お二人をこんなところに一人で閉じ込めておくような人なんですよ」

「ママもパパもわるもの、ちがうよ」


 アッシュは青の瞳に涙を溜め、唇をかみしめた。

 すぐにぽろぽろと目から涙がこぼれる。


「坊ちゃまは騙されているんですよ。あの女は坊ちゃまを騙してここにずっと閉じ込めておくつもりです」

「ちがう。ママ、いっぱい好きくれるもん……」


 アッシュは我慢できなくなったのか、「ママ~」と泣き叫んだ。今まで抑えていたものが一気に外に出たのだろう。頭から耳がピコンと生え、お尻からは尻尾がにょきっと現れた。それだけならまだマシで、そのまま身体は一瞬にして狼へと変化する。


「ひっ! バ、バケモノッ!?」


 カリンが叫び声をあげる。そして、狼になったアッシュを放り投げた。


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