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32.カタルの過去2

「息子は、君のような女性が母親になって幸せだろう」


 カタルは静かに言った。本心だ。本来の姿を愛し、優しく包み込んでくれる母親。それはカタルが幼いころも求めていた母親像だ。


「他人事みたいに言わないでください」


 シャルロッテはわずかに眉間に皺を寄せて言った。怒りや葛藤がひしひしと伝わってくる。


「カタル様がもう少し歩み寄ってくれたら、アッシュはもっと幸せになれると思うんです!」


 彼女はカタルの手を強く握り絞める。エメラルドグリーンの瞳が苦しそうにカタルを見つめた。


「やっぱり、私だけではだめなんです。何か事情があるのかもしれませんが、もう少しだけ、アッシュと関わってくれませんか? そしたら――……」

「あれは私の子ではない」

「……え?」


 カタルは思わず言ってしまった。パッと彼女の手が離れていく。大きく見開かれた目は左右に揺れている。


「……どういうことですか? だって……」


 彼女の声が震える。そして、押し黙った。


(誰にも言わないと決めていたのに……)


 誰も巻き込まないと決めていた。それなのに、言ってしまったことを後悔する。しかし、言ってしまったことを覆すことはできない。

 カタルは小さく息を吐き出した。


「少し、長くなるが、いいか?」


 その言葉に、シャルロッテは小さく頷いた。


 ◇◆◇


 カタルとピエタ侯爵家のクロエとの婚約が決まったのは四年ほど前のことだ。当時、カタルは恋愛にさほど興味はなかった。どうせ、カタルの本当の姿を愛してくれる女性はいない。独身を貫くことも考えたが、皇族には子孫を残す義務があった。

 この広い帝国を守るためには人が必要だ。人間たちは知らないが、海の向こう側ではいつだって獣人たちがこの帝国を狙っていた。

 そんな獣人からこの帝国を守ることが皇族の役割であり、初代皇帝の悲願でもある。愛する人を守りたい。

 皇族に生まれた以上。狼の血を引く子孫をより多く残さなければならない。

 だから、カタルは身分も年齢も妥当な女性と結婚することにした。

 候補者は三人。カタルは一人ずつ、確認したことがあった。


「君はどうして私を結婚相手に選んだ?」


 この質問に二人は「以前からお慕いしておりました」と答えた。頬を染め、酒に酔ったような顔でカタルを見つめていたのだ。

 しかし、クロエだけは違った。


「結婚に愛など必要ないと思いましたので」


 まっすぐな答えに、安堵したのを覚えている。


「私は皇弟妃という地位に魅力を感じているのです。私なら、完璧な妃としての役割をこなしてみせます」


 彼女の企画案でも発表するかのような言葉。

 カタル自身、下手な愛は必要ないと思っていた。どうせ、本当の姿は隠したまま一生を共にするのだ。

 だから、彼女の手を取ることにした。


「では、よろしく頼む」


 こうしてカタルとクロエは婚約し、そして一年で順調に結婚まで行った。

 しかし、結婚式を終えた夜、初夜を待つクロエは泣いていた。


「なぜ泣いている?」


 彼女は何も答えなかった。初夜で涙をこぼす理由などいくつも思いつくものではない。彼女は涙を拭いカタルと相対したが、その目には後悔のような色が浮かんでいるように見えた。


「好きな男がいるのか?」


 カタルの質問に彼女は目を逸らした。この沈黙は肯定と取って問題ないだろう。


「他の男を思う女を抱く趣味はない」


 カタルはクロエを寝室に置いて、部屋を出たのだ。その日から、カタルとクロエは同じ部屋を使うことはなかった。

 皇族の義務が頭を過ったが、泣くほど愛する人がいる女性に皇族の責務を負わせるのは可哀想だ。

 おそらくクロエは両親に無理矢理結婚を決められたのだろう。ピエタ侯爵家は皇族との繋がりを強く望んでいた家だ。

 彼女の『結婚に愛など必要ない』という言葉は自分に言い聞かせているものだったのかもしれない。

 だから、カタルは頃合いを見て離婚をすることに決めていた。

 しかし、ある日事件が起きた。それは、二人が結婚してから四ヶ月ほど経った日のことだった。

 そのころ、カタルはまだ王宮で暮らしていた。仕事を終え、自身とクロエが暮らす宮殿に戻ってきたときのこと。


「殿下、おめでとうございます!」


 使用人たちがこぞって、カタルに祝いの言葉を投げかけた。

 意味がわからずにいると、王宮に出仕している医師が深々と頭を下げて言ったのだ。


「おめでとうございます、殿下。ご懐妊でございます」


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