28.ショッピング2
カタルはパラパラとカタログを捲る。次第に眉間の皺が増えていった。空気が重い。しかし、シャルロッテは諦めるわけにはいかなかった。
(アッシュに「パパが選んでくれたのよ」って言ったら、絶対喜んでくれるもの!)
あの愛らしい青の瞳をキラキラと輝かせるに違いない。想像しただけでかわいいのだ。実物はその五倍は可愛いだろう。
シャルロッテはカタログから似合いそうな服を五着ほど選んでいく。正直なところ、すべて似合うから「全部」と言いたかったのだが、それをやるとカタルも真似をしてきそうだからやめた。やはり、「選ぶ」という行為が重要なのだ。
カタルは難しい顔をしながら、一着の服を選んだ。ピンクのリボンタイが可愛い服だった。
「これにしよう」
「どうしてこれを選んだんですか?」
「……秘密だ」
「ええ~。意地悪!」
数ある中から一つだけ選んだのだから、理由があると思ったのだが、適当に選んだのかもしれない。しかし、三十分近くかけて決めた服だ。きっと、アッシュも喜ぶだろう。
シャルロッテは馬車に乗り込みホッと息を吐き出した。
「なんだかんだ、たくさん買ってしまいました! こんなに一日でお金を使ったのは初めてです!」
「君があれもこれもと追加したからだろう」
「だって、アッシュはどれも似合うんですよ」
脳内で試着させたらどれも似合ったのだ。だから、仕方ない。そう主張すると、カタルは小さく笑って許してくれた。
(さすがアロンソ家! お金持ちね!)
「次はアッシュも連れてきたいです。また付き合ってくれますか?」
「外に出られるようなったらな」
「ええ、きっとすぐに出られるようになります。今日はありがとうございました。帰りましょう」
「何を言っている? 君の買い物がまだだろう?」
「……へ?」
シャルロッテが首を傾げているあいだに、カタルは馭者に行き先を告げる。そして、馬車はアロンソ邸とは別の場所へと向かった。
次はシャルロッテが驚く番だ。馬車が止まった先は、帝国内でも有数のドレスサロン。皇族や有力な貴族の夫人や令嬢が愛用しているという噂のデザイナーの店だ。
一介の令嬢が入れるような場所ではなかった。
「カタル様、行き先を間違えたようですね」
「何を言っている? ドレスサロンだろう? 行くぞ」
「待って待って! こんな有名店、予約もなしに入れるわけないじゃないですかっ!?」
カタルはお構いなしにサロンの扉を開き、シャルロッテの叫び声だけが虚しく響いた。
「アロンソ公爵、ようこそお越しくださいました」
「彼女のドレスを何着か作りたい。予算は気にしなくていい」
「まあ! 噂の婚約者様ですね。ようこそいらっしゃいました。まずは採寸をしましょう」
予想に反して、ドレスサロンの店内は歓迎ムードだった。
店員がテキパキとシャルロッテのドレスを脱がし、さっさと採寸していく。
(さすがアロンソ家……! そうよね。皇族だもんね)
カタルを『冷酷悪魔』と蔑むことはしない。よく考えてみれば普通のことだ。
「綺麗なストロベリーブロンド。珍しい色ですわよね。素敵」
「あはは。よく言われます。でも北部の一部の地域では多い髪色だったそうですよ」
ストロベリーブロンドは人目を引く髪色だ。両親は金髪なのだが、弟のノエルも同じ色をしている。どうやら、父方の曾祖母がシャルロッテやノエルと同じようなストロベリーブロンドだったようだ。
「あの……カタル様はああ言ってましたけど、高いのはちょっと……」
シャルロッテは高いドレスは着慣れていない。元々は倹約家だったのだ。高いドレスを買うくらいなら、将来のために貯蓄を増やしていた。だから、繊細なレースが幾重にも重なるようなドレスは緊張する。
シャルロッテは店員にこっそり耳打ちした。店員は目を三日月のように細めて笑う。
「心配無用ですよ。ドレスの数着ではアロンソ家の財産は傾きませんから」
ホッとしたのも束の間、シャルロッテの想像とは違う返事が返ってきて目を丸める。
「さあさあ、採寸は終わりましたから一着目の試着を。こちらにあるのはすべてサンプルです。装飾や生地はお嬢様の好みに替えることも可能ですからご安心くださいね」
シャルロッテのそれ以上、何も言えなかった。彼女たちも仕事だ。そして、今日の客はカタルなのだろう。
(もう、こうなったら贅沢しちゃおう! 一年後には奥様だもの。アロンソ家の財産で豪遊するんだから!)
着替えるたびにみんながシャルロッテを褒め称えた。「美しい」「妖精のようです」「天使が舞い降りてきたよう」など、次第にお世辞も大袈裟になっていく。シャルロッテは商売上手だなと思い思いながらも、試着を楽しんだ。
「このドレス、どうですか?」
「いいんじゃないか?」
「さっきからそればっかり! そんなことだと全部買っちゃいますよ?」
「気に入ったのなら買えばいい」
「これだからお金持ちは……!」
シャルロッテは頬を膨らませる。どんな言葉も柳に風と受け流す。すごく悔しかった。
(そうだ! いいこと思いついた!)
シャルロッテはカタルの前に立つと、意地悪な笑みをカタルに向けた。
「アッシュの服だって一着選んだのですから、公平に私のも一着選んでください」
いつも振り回されている仕返しだ。彼の眉がピクリと跳ねる。周りの店員たちはその様子をハラハラとした様子で見守っていた。
彼は小さくため息を吐く。そして、立ち上がった。側に置いてあるカタログをパラパラと捲り、途中で手を止める。
「三度目に試着したドレスをこの色に変更しろ。こいつはいつも浮ついているから少し重い色を着させて落ち着かせたほうがいい。それから――……」
カタルは的確に指示をしていく。