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23.獣人のおはなし2

 シャルロッテは驚きに目を丸めた。この時間はいつも執務で忙しいはずなのに、どうしているのだろうか。


「どうしたんですか?」

「ちょうど書庫に入る姿が見えた」

「そうだったのですね。私は本を探しに来ました」


 書庫に来る理由など、それしかない。変なことを質問するもんだと、シャルロッテは思った。


「何の本だ?」

「え?」

「ここは私が集めた本しかない。どんな本か教えろ」

「もしかして、探してくれるんですか?」

「君が端から探すのは効率が悪いだろう」


 カタルは冷たく言い放った。もっと優しい言い方があるだろう。しかし、彼の言い分はごもっともだった。

 忙しいカタルの時間を奪うのは申し訳ないが、本棚を端から端まで全部確認するとなると日が暮れてしまう。カタルの申し出はありがたかった。


「獣人の本を探してるんです!」

「……獣人か。それはここにはない」

「そうなんですか!?」


 なんでも揃っていそうなのに、とシャルロッテは肩を落とした。もし三角耳があったら、シャルロッテの耳は垂れ下がっていただろう。

 カタルは難しい顔で思案したのち、書庫の内鍵を締める。そして、小さな声で「着いてこい」と言った。

 書庫は縦長で、窓がない。ランプの光だけが頼りだというのに、カタルは何も持たずズカズカと奥に進んで行く。シャルロッテは慌ててランプの灯りを頼りにカタルに着いて行った。

 途中でカタルは五冊の本を抜いていく。

 書庫の一番奥に辿り着くと、カタルは五冊の本を差し込んでいった。


「何をやっているんですか?」

「本の種類と場所を覚えておけ」


 五冊の本が隙間を埋めた瞬間、本棚が音も立てずゆっくりと動く。


「わぁっ! 何これ!」

「魔法だ。五冊の本が正確な場所に差し込まれたときのみ作動する」

「へぇ……! そうなんですね」

「間違えると大変なことになるから気をつけろ」


 感動も束の間。最後の言葉に背筋が凍った。


「な、何が起こるんですか……?」


 おそるおそる聞くと、カタルがわずかに口角を上げる。ランプに照らされるカタルの表情はどこかおそろしくも感じた。


「……秘密だ。間違えなければいい話だろう」

「そんなっ! 余計怖いじゃないですか!」


 間違えたら矢が飛んでくるだとか、落とし穴が現れるだとか、そういう危険があるかもしれない。

 そう考えると震えてしまいそうだ。


「ほら、騒いでないで行くぞ」


 結局カタルは何も教えてくれずに、現れた入り口を潜って行ってしまう。何が起こるかわからない恐怖を抱えながら、シャルロッテはカタルを追った。

 本棚の奥に現れた部屋は小さな書庫だった。

 しかし、この書庫に置かれる本の装丁は古い物が多い。


「これは?」

「ここには獣人のこと、皇族のことが記された書物が多くある。好きに読んでいい」


 カタルはあっさりと言った。シャルロッテは目を丸くする。


「でも、これってすごく重要機密なんじゃ……!?」

「そうだな。他者に話せば国がどうなるかわからない」


 真剣な表情に喉が鳴る。

 皇族の秘密。それが世に出れば、どうなってしまうのか。そう考えるだけで震えそうだ。獣人に恐怖するニカーナ帝国の民が獣人である皇族を受け入れられるとは思えない。

 シャルロッテは頭を横に振った。


「絶対に誰にも言いません!」


 皇族の秘密がバレること。それはアッシュを危険に晒すことも同意だ。シャルロッテにとって既にアッシュは可愛い我が子だった。


「でも……」


 シャルロッテは部屋の本を見回して、頬を引きつらせる。


「そうは言っても、ここの本は全部難しそうです……」


 一冊も開いていない。しかし、背表紙からして本が「難しいぞ」と言っている。シャルロッテは勉強が得意な方ではない。この本を一冊ずつ読むだけの気力や能力があるだろうか。

 シャルロッテは目の前の一冊を手に取って開く。

 比較的薄い本を選んだつもりだが、中にはびっしりと文字が書かれていて難しそうだ。

 何も考えずに閉じた。

 カタルの小さなため息が聞こえる。


「まずはこれを読むといい」


 カタルは静かに言うと、一冊の本をシャルロッテに手渡した。


「これは?」

「皇族が一番初めに読む本だ」

「へぇ……! わっ! 絵がいっぱい!」

「子ども用だからな」

「なんだか子ども扱いされているような気がします」

「変わらないだろう」


 シャルロッテは頬を膨らませる。こんなにも立派に母親を務めているというのに、なんたる仕打ちか。


(でも……。皇族が一番初めに読む本ってことは、アッシュもこれを読むのよね)


 半分は絵で埋まり、文字も大きく読みやすい。難しい単語も少ないようだ。

 シャルロッテはカタルを見上げて、満面の笑みを浮かべた。


「カタル様、ありがとうございます。皆さんのこれで勉強してみますね!」


 彼は思い詰めたような、それでいて嬉しいような不思議な表情でシャルロッテを見下ろし。小さな声で「本当に物好きだな」と呟いた。

 彼がこの書庫から出て行くと、シャルロッテは本を広げる。この小さな書庫には、本を読むためのソファまで用意されていて快適だ。今度は飲み物を持参しようと心に決める。


「さて、なになに?」


 シャルロッテは一行目を指でなぞった。


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