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22.獣人のおはなし1

 それから数日後、アッシュの授業が本格的に始まった。皇族は人間の姿になれるようになると、勉強を始めるらしい。

 この国の歴史や、礼儀作法、そして狼獣人であることの隠し方。それはすべて皇族に必要なことだ。

 当面の講師はオリバーが担当するらしい。まだシャルロッテ以外に慣れていない今、新しく別邸に出入りする人数を増やすのは得策ではないというのがカタルの考えのようだ。


(カタル様はああ見えて、アッシュのこと色々考えているのよね)


 シャルロッテは別邸に向かいながら、最近聞かされた話を思い出す。現在、カタルは非常に忙しい日々を送っているのだが、これでも落ち着いたほうなのだという。


(アッシュが生まれる前は、ほとんど王宮で寝泊まりするほど忙しいなんて、想像できないわ)


 アッシュの非常事態に対応できるよう、仕事をすべて屋敷で行うことにしたのだとか。アッシュが生まれてから三年で、彼が王宮に出仕したのは三回。その三回も短時間のあいだだけだったのだとか。


(そのくせ、アッシュのことは避けるのよね。意味わからない!)


 カタルがもっとアッシュに優しくなれば、アッシュはもっと幸せになれると思うのだ。しかし、無理強いするものでもない。いやいや行動すれば、必ずアッシュにそれが伝わってしまうだろう。

 シャルロッテは別邸の扉を潜り、二階に向かった。

 一番奥から二番目の部屋。それが、アッシュの勉強部屋となった。今ごろそこで、オリバーから色々と教わっているだろう。

 シャルロッテは、バスケットにお菓子のクッキーを入れてきたのだ。


(休憩は大切だもんね!)


 シャルロッテが扉を叩く前に、ゆっくりと扉が開いた。魔法だろうか。アッシュもオリバーも部屋の奥にいる。

 耳と尻尾をしまう練習中だったようだ。アッシュの頭の耳がない。まだ長時間は難しいらしいが、耳も尻尾も隠せるようになったとオリバーが言っていた。


(こう見ると、普通の男の子なんだよね)


「シャルロッテ嬢、いかがしました?」


 オリバーが落ち着いた声で問う。シャルロッテが返事をする前に、アッシュは椅子から飛び降りると、シャルロッテの元に駆け出した。


「ママッ!」


 そのままシャルロッテのスカートに飛びつく。最近は更に元気になったように思う。彼はキラキラとした目をシャルロッテに向けた。


「アッシュ、いいこしてる!」

「うん、勉強頑張っててすごいね」


 アッシュの頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた。すると、三角耳がひょっこりと顔を出す。お尻からは尻尾が生えた。アッシュは「あっ」と小さな声を上げて両手で耳を掴んだ。


「おみみ、出て来ちゃった」

「でも、ママはアッシュのお耳好きだな」


 本当は隠さないといけないのはわかっている。人間の世界で人間のふりをして生きなければならないのだから。けれど、嘘はつけない。こんな可愛い耳を嫌いになれるわけがないのだ。

 シャルロッテはアッシュの耳を撫でる。ふわふわの耳は極上の触り心地だ。


「そろそろ休憩の時間かと思って、お菓子を持ってきたの」

「お菓子っ!」


 アッシュの耳がピンッと立つ。シャルロッテを爛々とした目で見上げたあと、ギュッと眉根を寄せた。眉間に小さな皺が寄る。

 まるで小さなカタルみたいだ。


「だめ! アッシュ、いそがしい!」


 アッシュはくるっとシャルロッテに背を向ける。尻尾は寂しそうに下がっていた。


「え~。ちょっとだけ。ね?」


 三角耳がピクピクと動いたが、アッシュは頭を横に振った。

 オリバーに視線を向けると苦笑を浮かべる。どうやら、やる気に満ちあふれているようだ。シャルロッテがそれに水を差すわけはいかない。


「じゃあ、また来るね。お菓子だけ置いておくから、疲れたら食べてね」


 シャルロッテは背中を向けたままのアッシュの頭を撫でた。アッシュに「頑張ってね」と応援の言葉を贈って、部屋を出る。


(カタル様も頑固なところがあるし、親子って似るのね)


 カタルの眉間の皺を思いだしながら、シャルロッテは肩を揺らして笑った。


(時間空いちゃったな~)


 アッシュの勉強が始まると、こんなに暇だとは思いもしなかった。残念ながら、勉強を教えることができないためシャルロッテの出番はない。


(そうだ! 獣人について調べよう!)


 アッシュの継母になるのだ。知識は多いに越したことはない。これからどんなことが起きても対処できるように。アッシュやカタルのことを知ることは間違いではないだろう。


(獣人についてどうやって調べよう?)


 シャルロッテは本邸に向かいながら思案する。一つの方法はカタルやオリバーに聞くこと。しかし、カタルは執務で忙しく、オリバーもアッシュの教育で忙しい。その上、シャルロッテにまで勉強を教えろというのは酷だ。


(そうなったら、本に教えてもらうしかないか!)


 カタルとオリバーの他に、皇族の知り合いはいない。ならば、本を読むしかないだろう。シャルロッテは本邸にある書庫に向かった。

 アロンソ邸には立派な書庫がある。すべてカタルが買い集めたもので、シャルロッテも入ることを許されていた。時間があるときにちらっと覗いたことがあったのだが、難しそうな本がずらりと並んでいたのを覚えている。


(あれだけ難しい本ばっかりなら、獣人に関する本も置いてあるよね!)



 薄暗い書庫の入り口にはランプが置いてあった。これを灯し、本を探すのだ。


「獣人……獣人……」


 背表紙から獣人に関する本を端から探す。本棚を一つ分見終えた時に、扉が開く音が響いた。

 驚きランプで照らす。


「カタル様!?」

「……ここで何をしている?」


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