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21.アッシュの不安

 耳や尻尾が残るものの、アッシュは人間の姿を維持することを覚え始めてきた。彼曰く、「ママとおはなし、すき」というのが理由らしい。

 それを聞いたシャルロッテが悶絶し、数日間はにやにやが止まらずカタルに変な目で見られたのはいい思い出だ。

 アッシュは言葉をどんどん覚え、たくさんシャルロットに話しかけた。

 最近では絵も描くようになったのだ。

 小さな手で色鉛筆をしっかりと持ち、白い紙に絵を描いていく。それを見ているだけで時間が溶ける。


(これが役割だなんて、本当幸せ~)


 現在、シャルロッテはアロンソ邸で『花嫁修業』という名目で世話になっている。しかし、花嫁修業と言えるようなことはいっさいしていない。シャルロッテに与えられた任務はただ一つ。アッシュの世話だけだ。

 夫となる予定のカタルとの距離感はいまだにつかめていない。しかし、アッシュさえいればシャルロッテは幸せなのだから、問題ないだろう。


「ママ」


 アッシュは色鉛筆を転がし、シャルロッテの袖を引いた。


「なに?」

「パパ、アッシュのこときらい?」


 アッシュの青い瞳が悲しそうに揺れている。描きかけの絵には、ピンク色の髪の女性と小さな子どもが描かれていた。おそらく、シャルロッテとアッシュを描いたのだろう。その横に、人を描こうとした形跡があった。


「そんなことない! パパだってアッシュのことが好きよ」

「……。アッシュ、わるいこ?」

「違うよ。アッシュが悪い子だから来ないわけじゃないの。パパは、お仕事で忙しいだけなの」

「おしご?」


 アッシュは首を傾げた。彼の世界はこの部屋だけ。だから、仕事というものがどういうものか知らない。


(本邸に連れていけたらいいのに)


 直接、カタルが仕事をしているところを覗けたら、そんな不安も薄れるような気がする。


「パパはね、とーってもすごいの。だから、なかなかここには来られないのよ。アッシュのことが嫌いなわけじゃないわ」


 シャルロッテはギュッとアッシュを抱きしめる。彼は嬉しそうに目を細め、尻尾をぶんぶんと振った。


「耳も尻尾も隠せるようになったら、パパと毎日一緒にいられるから、安心してね」


 アッシュは自分の耳をグニグニと触る。「これ?」と首を傾げる姿はおそろしくかわいい。隠す必要なんてない。ずっとそのままの姿でいいと言いたい気持ちを抑えて、シャルロッテは頷いた。


「今、オリバー伯父様と練習しているでしょ?」

「うん」

「人間の姿が維持できるようになったら、パパともっと一緒にいられるわ」

「おみみ、だめ?」


 アッシュは耳も尻尾も垂れさせて、シャルロッテを見上げる。こんなにも愛おしい存在が許されない世界を憎みそうだ。シャルロッテはしっかりとアッシュを抱きしめた。


「ママは狼の姿がとっても大好きだけど、この姿はとっても特別な姿なの。だから、大切な人にしか見せちゃいけないの」

「パパのお耳、見たことある?」


 アッシュは目を輝かせて聞いた。


「パパのお耳? ううん、まだ見たことないわ」


(そういえば、カタル様も狼になれるのよね。……どんな感じなんだろう?)


 狼を間近で見たことはない。アッシュも狼ではあるのだが、子どもなせいか犬と変わらないように見える。動物図鑑には凛々しい犬のように描かれていたが、本当なのだろうか。


「そうだ! 今度二人でパパに見せてもらおう!」

「うんっ! でも、パパ、アッシュきらい……。だめかも……」

「そんなことないって!」


 シャルロッテは何度も慰めた。「そんなことはない」と言ってはみたものの、実のところシャルロッテも自信はもてない。カタルは仕事を理由にアッシュの部屋にほとんど来ない。来たとしても、ただアッシュのことを見つめ、やはり「忙しい」と言って出て行ってしまう。

 そのような態度では、シャルロッテの「そんなことない」は説得力に欠ける。


(この状況はよくないと思う!)


 アッシュは今、多くのことを吸収しはじめている。カタルの態度がアッシュの成長の妨げになってはいけない。なにより、シャルロッテはアッシュファーストで動いてきた。ここで引くわけにはいかない。

 アッシュは自分自身の耳を確かめるように何度も触った。そして、はっとしたように顔を上げる。


「ママのおみみ、見たい!」


 キラキラとした目でアッシュはシャルロットを見上げた。この目には弱い。なんでも「いいよ」と言ってしまいそうになる魔力がある目だ。

 しかし、シャルロッテはアッシュの願いを叶えてあげられる術がなかった。


「ごめんね。ママはお耳がないの」

「ないの……?」


 アッシュはしょんぼりと目も耳も垂れさせる。

 しかし、ないものはどうしようもない。


「狼になれるのは皇族だけ。特別なの」

「こーぞく?」

「そう、この帝国を治めるすごい一族のこと」


 アッシュは首を傾げる。今はわからなくても、少しずつ理解するのだろう。この帝国のことを。その時、アッシュが少しでも悲しまないようにシャルロッテができることはしたいと思った。


「おみみないないしたら、パパうれしい?」

「うん、嬉しいよ」

「ママは?」

「ママも嬉しい。お耳を隠せたら、アッシュといろんなところに行けるの」

「いっしょ?」

「そう、一緒。きっと楽しいよ」


 シャルロッテはアッシュをぎゅっと抱きしめる。アッシュは嬉しそうにきゃっきゃと笑い、尻尾をぶんぶんと揺らした。


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