表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/60

20.ピクニック2

 小さな狼は勢いよく駆けた。ひらひらと舞う蝶を追いかけ回している。アッシュは太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 初めて会った日のことなんて忘れてしまいそうなくらい、彼は楽しそうだ。

 裏庭はカタル曰く「少し狭い」そうだが、十分広かった。別邸と背の高い塀に囲まれているお陰でどこからも見られない。ここならアッシュが自由に走り回っても心配はいらないだろう。

 シャルロッテとオリバーは大きな木の下で座り、楽しく遊ぶアッシュをただ眺める。


「アッシュがここまで元気になれたのは、シャルロッテ嬢のおかげです」

「えへへ。愛情をたっぷりあげているので」

「否定はしないんですね」

「だって、本当のことですから」


 シャルロッテは頬を緩めて笑った。

 アッシュは蝶を追いかけ回して、花壇の中に入っていく。花のあいだからひょこっと出てくる小さなかわいい三角の耳。

 思わず頬が緩む。

 アッシュは花壇から抜け出すと、シャルロッテに向かってまっすぐに走ってきた。口には一輪の花を咥えている。彼はその花をシャルロッテの膝に乗せた。


「私にくれるの?」

「キャンッ」

「ありがとう」


 アッシュの高い声が空に響く。シャルロッテがアッシュの頭を撫でまわしていると、突然光に包まれる。――人間に変化するときの予兆のようなものだ。シャルロッテは肩にかけていたストールを慌ててかけた。

 人間の子どもの姿にかわいい三角耳。そして、ふさふさの尻尾が揺れる。アッシュは照れくさそうに「えへへ」と笑った。

 オリバーが呪文を唱えると、あっという間にシャルロッテのストールがアッシュの服に変化した。


「いつ見ても魔法ってすごいですね」


 シャルロッテはアッシュを抱き上げながら、感嘆の声を上げる。

 オリバーが眼鏡の奥で少し照れたように笑った。


「カタルから聞いてはいましたが、こんなに短時間で人間の姿になれるとは思ってもみませんでした」


 オリバーが手を伸ばすと、アッシュは耳を垂らしながらもオリバーの手を受け入れている。


「アッシュの頭を撫でられる日がこようとは……。シャルロッテ嬢には感謝してもしきれません」


 次はシャルロッテが照れる番だ。当たり前のことをしただけなのだが、感謝されると嬉しい。シャルロッテはアッシュの耳を撫でながら聞いた。


「この耳もそのうち隠せるようになるんですか?」

「ええ、そのはずです。そうなれば、自分の意思で姿を選べるようになります」

「そうなんですね。人間のほうがつらいとかないんですか?」


 生まれた時とは違う姿で生活するというのは、苦しくないのだろうか。人間は人間でしかないため、想像ができない。オリバーは難しそうな顔で唸りながら逡巡したのち、困ったように笑った。


「最初のうちは違和感も強く、どちらかというと狼の姿のほうが楽でしたよ」

「そうなんですね」

「ですが、皇族として我々は人間にならなければなりません。そう、教育を受けます。だから、今は狼の姿になることのほうがこわいですね」


 シャルロッテは静かに相槌を打つ。彼らの苦労は彼らにしかわからない。きっと、アッシュも今後同じような教育を受け、同じような苦悩を味わうのだろう。

 アッシュを見下ろすと、心配そうにシャルロッテを見上げている。


「そうだ! 今日は林檎を持ってきたの! 切ってあげるね!」

「りん、ご?」

「そう、林檎。おいしいんだよ」


 アッシュは嬉しそうに尻尾を振り、シャルロッテの隣に座って林檎を切る手をジッと見た。あまり器用なほうではないが、林檎くらいなら切れる。一欠片切り離し、皮を少し残してウサギの形を作る。それをアッシュの目の前に差し出した。


「はい、ウサギさん」

「……ウ、サギ?」


(そっか知らないか)


 実のところ、シャルロッテも本物は見たことがない。動物の図鑑で見たことがあるだけだ。目撃した画家の絵を見ると、毛がふわふわのように見える。

 その顔は温厚そうで、おそろしい動物には見えない。一度遭遇したい動物の一つだった。


「んー。かわいいお友達だよ」


 アッシュはシャクッと音を立ててかじりつく。頬にいっぱい溜めて食べる姿は愛らしい。ずっと見ていられそうだ。

 シャルロッテはアッシュが食べ終わる前に次の林檎を切り、彼に手渡した。おいしそうに食べる。彼は気に入ったのか、二個、三個と口に入れた。

 満足したのか、コロンと横になった瞬間人間の姿から狼の姿に戻る。


「ん~! やっぱりかわいい!」


 シャルロッテは思わずアッシュの腹を撫でまわした。ふわふわとしたやわらかい毛がシャルロッテを幸福にしてくれる。

 成長するにつれ、この姿が見られなくなるのは寂しいものだ。


(今のうちに堪能しなくちゃっ!)


 シャルロッテは嬉しそうに尻尾を振るアッシュを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ