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19.ピクニック1

 本邸に戻ったときには、とっくに朝食の時間は過ぎていた。

 久しぶりのお風呂を堪能する。寝込んでいたあいだ、オリバーが魔法で清潔を保っていてくれたらしいのだが、そういう問題ではない。

 やはり、身体を洗うという行為自体がシャルロッテにとっては重要なのだ。

 さっぱりとした気分で朝食を摂っていると、カタルが現れた。

 朝食の時間はとうに過ぎているし、忙しいカタルがわざわざシャルロッテに会いに来るのは珍しい。

 彼はシャルロッテがもりもりと肉を頬張る姿を見て、小さなため息を吐いた。


「体調は……いいようだな」

「はい! もうすっかり健康です。あ、そうだ! アッシュをお外に連れて行きたいのですが、どこかありませんか?」


 シャルロッテの質問にカタルは眉根を寄せる。


「アッシュもずっと、部屋の中じゃ気が滅入るでしょう?」


 前は部屋の隅で怯えるだけだったが、今は走り回るようになった。別邸の中を走り回ってもいいのだが、やはり、太陽の下のほうが気持ちがいいのではないかと思ったのだ。

 カタルは少しの沈黙のあと口を開く。


「そんなに外に連れて行きたいのであれば、別邸内に裏庭がある」

「裏庭?」

「ああ、少し狭いがそこならいい」

「ありがとうございます。カタル様もご一緒にいかがですか?」


 シャルロッテは何の気なしに誘った。アッシュもシャルロッテ以外の人と交流を持ったほうがいいだろう。それに、カタルは父親なのだ。父親が一緒ならアッシュも嬉しいはず。

 カタルは黙ったまま、眉根を寄せる。

 なかなか返事のない彼の顔を覗き込んだ。眉間に皺が三本。そんな顔をするような提案をしただろうか。

 シャルロッテはただ、息子と一緒にピクニックをしようと提案しただけだ。


「……私は執務がある」

「そうですよね。いつも忙しそうですもの」


 シャルロッテは頷く。

 彼の「忙しい」が偽りのものでないことはよく知っている。アロンソ邸には多くの人が毎日訪れていた。


「まだ病み上がりだ。あまり無理はするな」

「わかっています! 私、昔から身体は強いほうなので、ご安心を!」

「三日も四日も寝込んでいた人間の言葉ではないな」


 カタルは小さく笑うと、部屋を出て行った。


(忙しいのに何しに来たんだろう?)


 何か用事でもあるのかと思ったが、世間話しかしていない。

 シャルロッテは最後のパンの一欠片を口に頬張って、首を傾げた。

 食事を終え、ピクニック用にバスケットに果物と簡単な食事を用意してもらう。そして、アッシュが遊べるように毛糸で作った玉も新しく用意した。

 最初に作った物は遊びすぎたのか形が崩れてしまったのだ。

 本邸の廊下を歩いていると、オリバーに出くわした。


「オリバー様、おはようございます」

「シャルロッテ嬢、ごきげんよう。体調はよくなりましたか?」

「はい。その節はお世話になりました。色々していただいたようで……」

「構いません。アッシュがずっと寂しそうだったので、よくなってよかったです」


 オリバーは笑みを浮かべながら、少しズレた眼鏡をくいっとあげた。


「昨日も夕食、持って来てくださったのですよね? ありがとうございます」

「夕食?」

「あれ? オリバー様じゃなかったんですか? 起きたら置いてあったので」


 アッシュは食べていたようだから、オリバーが来て食事を手伝ってあげたのかと思ったのだが。


「いえ、おそらくカタルでしょう。ああ見えて、世話焼きですから」

「えっ!? そうなんですか?」


 シャルロッテは思わず声を上げた。オリバーは「意外でしょう?」と笑う。


「皇帝の直系ということもあって、周りをよく見ています。思慮深く傷つきやすい」

「……そうは見えませんけどね」


 思わず本音がもれた。いつも眉間に皺を寄せて、「忙しい」と言っているイメージだ。オリバーは肩を揺らして笑う。


「カタルは昔から誤解を受けやすいんですよ。シャルロッテ嬢だって彼の噂は知っているでしょう?」

「まあ、ある程度は」


 妻を捨て、子どもを奪った『冷酷悪魔』ということくらいだけど。


「カタルは真面目な上に口下手なので、嫌われ者になることを厭わない。そういうところがあります」

「なるほど……」


 やはりよくわからない。しかし、シャルロッテはわからないなりに頷いた。

 オリバーは穏やかな笑みを向ける。彼は色々シャルロッテに教えてくれるが、核心をついたことは絶対に言わない。

 すべての判断は自分でせよと言わんばかりだ。

 オリバーはシャルロッテの手にある荷物を見下ろして首を傾げた。


「そういえば、この荷物はどうしたのですか?」

「ああ、これですか? アッシュとピクニックしようと思って。オリバー様もご一緒にいかがですか?」

「ええ、ぜひ」


 彼はそう言っていつもの笑みを浮かべる。

 二人は並んでアッシュの元へと向かった。


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