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【書籍化】狼皇子の継母になった私の幸せもふもふ家族計画  作者: たちばな立花


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15.カタルの不器用な優しさ

 目からじんわりと涙が溢れる。包帯を巻き終えるまでのあいだ、思いっきり叫んだ。


「息子が迷惑をかけた」

「いえ。これくらいなんともありません」

「結婚前の令嬢に傷をつけたのに、怒らないんだな」

「相手はもう決まっていますし」


 シャルロッテはにんまりと笑う。

 傷のある令嬢など、婚活を難しくさせる最たる理由なのだが、シャルロッテにはもう関係ない。来年には目の前の男との結婚が決まっている。『冷酷悪魔』と呼ばれた彼ならば、「傷ができたから」という理由で捨てることも難しくなさそうだ。

 しかし、彼にはアッシュの継母が必要である。きっと。傷くらいでは捨てられない。だって、アッシュはシャルロッテによく懐いている。

 シャルロッテとしても母親の座を簡単に奪われるつもりはなかった。あんなに可愛いアッシュと別れるなど、考えられない。どんな方法を使っても、しがみつくつもりだ。

 ここが楽園に一番近い場所だと知ってしまったから。

 カタルは戸棚の中から革の手袋を取り出して、シャルロッテに手渡した。


「今後はこれを使え」

「これは?」

「私のだ」


 男性向けらしく、シャルロッテの手よりも一回りも二回りも大きい。シャルロッテは手に嵌めてみたが、ぶかぶかで子どもが大人の手袋を借りたみたいになってしまった。


「急ぎ、君の手に合う手袋を用意させよう。今後、息子に会うときはそれを使うといい」

「大丈夫です! アッシュはとてもいい子だから、手袋はいりません」


 シャルロッテは頭を横に振った。カタルは彼なりに考えてくれているのだろう。これ以上怪我しないように、と。


(そんなことしたら、あのもふもふを堪能できないじゃない!?)


 ずっと触っていたいと思っているのに、革の手袋越しでは意味がない。カタルはわざとらしくため息を吐いた。


「いい子は母親の手を傷つけたりしない」

「まだ子どもで力加減がわかっていないんです。私も子どものころ、力加減がわからなくて父親の腕に歯形をつけたことがあります」


 本当のことだ。いまだベルテ家の思い出話に上がる三大ネタの一つである。父の鉄板ネタだ。彼は色々なところでこの話をしているから、シャルロッテのやんちゃぶりは家族以外も知るところとなった。


「君は昔から変らなかったようだな」

「どういう意味ですか? 私がお転婆だと?」

「おとなしい子どもは父親の腕に歯形などつけない」

「それは……否定できません」


 シャルロッテは肩を竦める。幼いころのシャルロッテは好奇心の塊だった。なんにでもかじりつき、そのたびにメイドが叫び声を上げたのだとか。


「先が思いやられるな」

「安心してください! 昔よりはほんの少しだけお淑やかになりました! 更に分別もつきます」


 シャルロッテは自信満々に胸を張って言った。

 二十二年も生きたのだ。それなりにお淑やかにもなるし、分別もつく。必要ならば猫だって被ってきた。

 カタルは馬鹿にしたように鼻で笑う。何が面白いのかはわからない。


「傷が治るまでは私が手当を手伝うから、ここに来い」

「一人でできますよ!」

「利き手なのにか?」

「私は左手も器用なので大丈夫かと!」


 彼は訝しげにシャルロッテを見た。

 シャルロッテは愛想笑いを見せる。しかし、笑顔は通用しないようだ。

 救急箱を仕舞いながらカタルが言う。


「日に二度。ここに来い」

「……大丈夫なのに」

「君は大雑把そうだから、信用ならん」

「それを言われると、何も言えません。わかりました。もし、仕事が忙しいようなら断ってくださいね」


 シャルロッテはぺこりと頭を下げ「よろしくお願いします」と言った。この程度の傷で彼の仕事の邪魔をする必要はないと思ったからだ。


「それでは、手当していただいたのでアッシュのところに戻ります」

「本当に君は息子が気に入ったんだな」

「あんなに可愛い子をどうして嫌いになれましょうか?」


 シャルロッテは満面の笑みで言った。本当は「どうしてあなたはあんなに可愛い子を避けているの?」と聞きたかったけれど、それは聞けない。

 カタルとシャルロッテの関係はそこまで深くないからだ。


(昔は婚約者ってもっと深い関係だと思ってたけど、大人になってわかるわ)


 婚約とはただの契約。お互いに秘密はあるし、それを無理に覗いてはいけない。シャルロッテはそこを間違えて、最初の婚約に失敗した。


(まあ、最初のやつは失敗して正解だったけど!)


 そのおかげで今がある。もし、動物好きであることを隠し結婚していたら、今ごろ人生は灰色だっただろう。毎日「この結婚は失敗だった」と嘆いていたに違いない。

 カタルは長い沈黙のあと、口を開いた。


「……息子を頼む」

「言われなくても」


 シャルロッテは歯を見せて笑う。

 頼まれなくても構い倒すつもりだ。


(あなたがアッシュを避ける理由はわからないけど、私に任せてください。二人分、ううん、三人分は愛させていただきますから!)


 シャルロッテは駆け足でアッシュの元に向かった。

 カタルは『冷酷悪魔』などと言われているが、一緒に生活していると「そこまで冷酷ではない」という印象を持つ。

 基本的に冷たいし、自分の息子に興味は持たないし、冷たい人間だ。しかし、シャルロッテの怪我を気にしたりもする。


(それに……)


 シャルロッテは立ち止まった。そして天井を見上げる。

 細やかな装飾が施された天井は芸術作品だ。


(本当に冷酷な人間は『息子を頼む』なんて言わないものよ)


 脳裏にカタルの顔が浮かぶ。何か思い詰めたような、苦しそうな顔だった。

 シャルロッテは頭を横に振って、彼の残像を振り払う。

 そして、アッシュの元に走った。



 シャルロッテがアッシュの元に戻ると、アッシュは部屋の隅で震えながら唸っていた。


「アッシュ?」


 この光景はよく覚えている。最初に会った時と同じだ。部屋の隅、カーテンの後ろで震える彼の姿は見覚えがあった。


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