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14.カタルは優しい人?

 手の甲にできたひっかき傷。深く入ってしまったようでたくさん血が出ているようだ。


「ああっ! ひどい傷だ! 早く治療しないとっ!」


 シャルロッテ以上にオリバーが驚き慌てている。彼の慌てようを見ていると、なぜか冷静になれた。


「大丈夫です。そんなに痛くないので」


 シャルロッテは慌てふためき部屋を右往左往するオリバーに声を掛けた。

 アッシュは目を見開き、傷を凝視している。初めて見る傷に驚いたのかもしれない。シャルロッテはハンカチを取り出し、手の甲の鮮血を拭う。


「爪で引っ掻いたらこんな風に血が出るから、今度からはしてはだめよ」


 シャルロッテは優しい声色でアッシュに言った。

 頭を撫でようとすると、びくりと身体が震える。叩かれると思ったのだろうか。シャルロッテは頭を優しく撫でた。

 アッシュは不安な顔でシャルロッテを見上げる。


「これくらいの傷、なんともないわ。だから安心してね」


 それでも心配なのか、アッシュはペロリと傷を舐める。ヒリッとした痛みにシャルロッテは眉根を寄せた。


「アッシュのことは私に任せて、本邸で手当を受けてきてください。あいにく、私は治癒魔法が使えないものですから……」


 オリバーは申し訳なさそうに眉尻を下げる。そして、アッシュを抱き上げた。アッシュは落ち込んでいるのか、されるがままだ。

 シャルロッテはアッシュの頭を撫でる。


「手当をしたら戻ってくるから、オリバー伯父さんと待っていてね」

「キュゥン……」


 苦しそうな、寂しそうな声を上げる。


「オリバー様、あの毛玉がお気に入りなので、あれで遊んであげてください」


 シャルロッテは床に転がる青色の毛玉を指差すと、オリバーは頷いた。もう一度アッシュの頭を撫でて部屋を出る。

 最初はそこまで痛くないと思ったが、少しずつ痛みが増していた。

 傷口を見たら更に痛みが増しそうで汚れたハンカチを巻いた。


(包帯ってどこに置いてあるんだろう? メイドさんたちに聞いたらわかるよね)


 シャルロッテはいつもより急ぎ足で別邸の廊下を歩いた。

 早く治療して、アッシュに「もう治ったよ」といわなければ。彼はひどく落ち込んでいたように見えた。

 ブレスレットを使って大きな扉を潜る。シャルロッテの専属のメイドはメイシーとカリンの二人。彼女たちはおそらくシャルロッテの部屋にいる。

 本邸の長い廊下を走っていたら、曲がり角で人にぶつかってしまった。


「きゃっ!」


 勢いよくぶつかったせいで、シャルロッテはバランスを崩し尻餅をつく。「いたた……」とお尻をさすりながら、シャルロッテは立ち上がった。


「大丈夫か?」

「ええ、ごめんなさい。急いでいたものだから……って、カタル様? こんなところでどうしたのですか?」


 目の前に立っていたのは、カタルだった。彼はいつも忙しく、朝食と晩餐の時間にしか顔を合わせない。シャルロッテは驚き目を丸めた。


「ここは私の屋敷だ」

「そうでした。あまりにも会わないので、珍しく思えてしまって」


 一応夫になる相手だというのに、少し失礼だっただろうか。いや、夫になるのだから少しくらい遠慮なく会話してもいいだろう。


「急いでいるようだが、どうした?」

「実は怪我をしてしまいまして。治療をしてもらおうと部屋に向かっていたのです」


 シャルロッテは手を上げて、ハンカチで巻いた手の甲を見せる。血で汚れた白いハンカチはあまり綺麗とは言えなかった。カタルが眉根を寄せる。気持ち悪いものを見せられたらそんな顔にもなるなと思い、シャルロッテは慌てて手を背中に回した。

 しかし、彼はシャルロッテの手を取ると、ハンカチを乱暴にむしり取る。


「アッシュか?」

「はい。ちょっとはしゃいでいたらガリッとやってしまいました」


 シャルロッテはあははと笑って見せる。しかし、カタルは眉をピクリと跳ねさせただけだった。


「ついてこい」


 カタルは踵を返し、歩き出す。向かっている先はカタルの執務室だろうか。


「あのっ! 大丈夫です! メイシーにお願いするので!」


 シャルロッテの言葉に、カタルの足が止まる。そして、ゆっくりと振り返った。「そうか」という冷たい言葉を期待していたのに、カタルの口から出て来たのは、違う言葉だった。


「メイシーにその傷を見せてなんと説明するつもりだ?」

「あ……!」


 シャルロッテは手の甲の傷をまじまじと見つめる。

 鋭い爪によってつけられたひっかき傷。これを説明するのは難しい。使用人たちも皇族が獣人であることはもちろん知らないのだ。

 アッシュに会いに行ったシャルロッテがこんな傷をつけて戻ってきたら、怪しむ人も出てくるだろう。

 カタルは小さなため息を吐くと、静かに言った。


「わかったらついてこい」


 シャルロッテはカタルに無言で着いていった。

 冷たい声。一度も振り返らない背中。さすが『冷酷悪魔』と言われるだけはある冷酷さ。しかし、冷たいだけではないような気がした。


(私に気を遣ってゆっくり歩いてくれているよね)


 カタルが普通に歩けば、シャルロッテは走る羽目になるだろう。頭一つ分身長が違うから、足の長さも違うのだ。


(……いい人かも)


 執務室に到着すると、彼は無言でシャルロッテの傷の手当てをした。

 彼は真面目な顔で大量の消毒液を手の甲に浴びせる。


「痛い痛い痛いっ!」


 シャルロッテは叫んだ。

 傷口の消毒はとても痛く叫び声を上げるほどだったが、彼は容赦しなかった。


「騒ぐな。傷跡が残るよりましだろ?」


(前言撤回っ! 凄く悪い人……!)


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