13.もふもふが好きな理由
ごもっともな質問だと思う。
この帝国では等しく動物嫌いになるような教育がされている。その中でシャルロッテは異端だろう。
「子どものころのことなんですけど、犬に助けてもらったことがあるんです」
「犬に?」
「はい。大きな犬に! あまり覚えていないのですが、森の中で一人で迷ってしまっていたら大きな犬が現れたんです」
小さいころのことだからはっきりとは覚えていない。けれど、あの時の星のように黄金に輝く二つの目はいまだに忘れられないのだ。
「そんなことが?」
「はい。夜の森の中は寒くて。でも、犬が一緒に眠ってくれたんです。それがとても暖かくて心地よくて……」
大きな犬に抱き着くようにして眠った記憶がある。
あの時の感触がずっと忘れられずにいた。動物はこわいと教えられていたけれど、優しくて暖かかったのを覚えている。
それ以来、シャルロッテはもふもふの虜なのだ。
ずっと抱きしめていたい。
「幼いころに森の中で迷子ですか。それは辛い経験だったでしょうね」
「それがあまり覚えていないんです。両親は話題に出したがりませんが。だから、幸せな思い出なんですよ」
シャルロッテは一晩森の中で過ごし、朝になって見つかった。だから、両親にとっては思い出したくないような記憶なのだろう。
両親の気持ちがわからないでもないので、シャルロッテはその話はあまりしないようにしている。
「どうして動物が好きなのかなんとなく理解していただけましたか?」
「ええ、とても。その大きな犬に感謝しなければなりませんね。あなたがいなければ、私たちはお手上げでしたから」
「その代わり、私は社交界で変人扱いです」
シャルロッテは舌をぺろりと出して笑った。
「私の記憶では、シャルロッテ嬢の動物好きは昔から知られていたわけではありませんよね?」
「はい。私もある程度良識は持ち合わせていますので、動物好きと公言するようなことはしていませんでした」
シャルロッテも帝国の教育をしっかりと受けた淑女だ。自分の趣味があまり他人には好まれないことは理解していた。だから、仲のいい友人にも、当時いた婚約者にも言っていなかったのだ。
シャルロッテは、昔を思い出しながら苦笑する。
「私が馬鹿だったというだけの話なのですが、せっかくですから聞いてください」
「もちろん」
シャルロッテは天井を見上げた。
世間にシャルロッテの動物好きが露見したのは、四年前。ちょうどカタルとクロエ・ピエタ侯爵令嬢が婚約を発表した後のことだからよく覚えている。
新聞の一面に載っていたし、あのころのカタルは令嬢たちに人気だった。クロエとの婚約が発表され、何人もの令嬢が涙をのんだのだ。
そのころのシャルロッテには、婚約者がいたから関係のない話だったけれど。
当時の婚約者との関係は良好だったが、動物好きのことは言っていなかった。しかし、将来は犬や猫を屋敷で飼いたいという夢は諦められずにいたのだ。
当時の婚約者はシャルロッテにベタ惚れで、「なんでも願いを叶えてあげる」という言葉をよく言っていた。それがリップサービスだと気づけなかったシャルロッテはつい言ってしまったのだ。
『私ね、結婚したら屋敷で犬とか猫が飼いたいの!』
そう言った時の彼の顔は今でも覚えている。あの日、シャルロッテは自分がバケモノになったのだと思った。
婚約撤回を希望する手紙が届いたのは次の日のこと。
手紙の返事を出す前に、シャルロッテの噂は瞬く間に広がったのだ。
「と、いうわけなんです」
思い出すと腹立たしい。
シャルロッテはその婚約者を信頼して秘密を打ち明けたのだ。なぜ、世間に広めたのか。結果、見合いに二十敗してアッシュの継母という地位を手に入れられたのだが。
それとこれとは話が別だ。
オリバーは哀れむような目でシャルロッテを見る。
そんな目で見ないでほしい。まるで、シャルロッテが可哀想な人みたいではないか。
「おかげで、こーんなに可愛い子のママになれたので、後悔はありませんけどね!」
シャルロッテは目を開けたアッシュに頭をぐりぐりと撫でる。嬉しそうに鳴いたアッシュはシャルロッテの腕にじゃれついた。
しかし、引き裂くような強い痛みを感じ、シャルロッテは声を上げて手を引く。
「いたっ」
ポタリポタリと鮮血が滴り落ちる。