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12.皇族の苦悩

 開いた扉から顔を見せたのは、オリバーだ。彼は人のよさそうな笑みを浮かべ、部屋に入ってくる。

 アッシュはオリバーのことが苦手なようで、まだ唸り声を上げていた。


「オリバー様、おはようございます」

「シャルロッテ嬢、ごきげんよう。随分懐いているようですね」


 オリバーはシャルロッテの後ろに隠れるアッシュを見て言った。

 シャルロッテは頬を緩ませる。傍から見ても懐かれているように見えるのは嬉しい。シャルロッテはアッシュを抱き上げると、宥めるように撫でた。


「アッシュ、大丈夫だよ。オリバー伯父様よ」


 オリバーはカタルの従兄弟だから、正確には従兄弟伯父と呼ぶのだろうか。しかし、三歳にはそこまでの説明は不要だろう。

 シャルロッテはオリバーにソファに座るように促し、自分も向かいに座った。

 アッシュはシャルロッテの腕の中で丸くなる。まだ警戒しているようだったが、シャルロッテが平気な素振りを見せたからか、唸り声は上げなくなった。

 その代わり、遊び疲れていたのか寝息を立てる。今までには見られなかった行動だ。いつも誰かにおびえ、震えていた。シャルロッテは愛おしさに目を細める。


「本当にアッシュはシャルロッテ嬢が気に入ったようで、よかったです」

「ありがとうございます。本当に可愛くて、私も幸せです」

「それは顔を見ればわかります」


 オリバーは丸くなって背中を向けるアッシュを嬉しそうに見つめた。

 眼鏡の奥から慈愛の笑みがこぼれる。従兄弟伯父ですらこんなに優しい目をするのに、カタルからそういう優しさが感じられないのはなぜだろうか。


「そういえば、獣人って何歳くらいになると人間の姿に変わるんですか?」

「早いと、一歳になったくらいですね」

「そんなに早いんですね」

「カタルなんか、一歳になる前から人間の姿に変化して驚かれていました」

「へえ! アッシュもそのうち人間になるのかなぁ~? きっとかわいいでしょうね」


 シャルロッテはもふもふしている動物が大好きだ。けれど、人間が嫌いなわけではない。人間の子どもだってかわいいと思う。きっと、アッシュの人間の姿はかわいくてたまらないだろう。


「アッシュは色々な事情が重なって、成長が遅れています。気長に待ってやってください」


 色々な事情。彼の言葉には重みがあった。

 きっと、それはアッシュの母親が関係しているのだろう。


「どうして――……」


 シャルロッテは言いかけて、言葉を止めた。「どうして離婚したんですか?」なんて聞いたところで、何も変わらない。アッシュのつらい三年間はやり直しもできないのだ。なら、聞くだけ無駄だろう。

 シャルロッテは歯を見せて笑った。


「アッシュのことはこれから私がうーんと愛情を注ぐので、安心してください」


 眠るアッシュの背中を撫でる。丸くて小さくて愛らしい背中だ。


「頼もしい方がカタルの奥方になられるようでよかったです」

「私なんて、ただ動物が好きなだけですから」

「それが、頼もしいのですよ。私は生まれて三十年、あなたのような人間を見たことがありません」


 オリバーは静かに、皇族の歴史を語った。ニカーナ帝国の人間は獣人を嫌う。だから、皇族は獣人の血が流れていることを隠し続けてきたそうだ。


「妻になる人も知らないんですか?」

「ええ、知りません。それを伝えていた時代もあったようですが、夫が獣人であることを受け入れられず、心を病んでしまう人間が多かったのです」


 彼の説明に、シャルロッテは「ああ、なるほど」と相槌を打った。たしかに、帝国では教育として「獣人はおそろしい生き物」として教えられる。シャルロッテも、動物は好きだが獣人が怖くないかと聞かれたら怖い。しかし、カタルやオリバーはどこからどう見ても人間だ。獣人と言われてもしっくりはこなかった。なにより、アッシュのかわいさを前にしたら、獣人か人間かなど些細な問題に思えたのだ。

 アッシュはかわいい。それだけでじゅうぶんだった。


「歴史を紐解くと、皇族の子孫がうんと減った時期があります。おそらくそれを経て、皇族は獣人であることを隠すことを選んだ」

「なるほど」


 子孫繁栄を考えると、秘密にするべきなのだろう。


「でも、子どもって獣人の姿で生まれるんですよね? みんなそこでびっくりするのでは?」

「それは、魔法が解決してくれます。精神干渉の魔法で人間のように錯覚させるのですよ」

「へぇ……。魔法ってすごいんですね」

「ええ。皇族が一番研究に力を入れた分野です。妻の心を守りつつ、身体に負担のない方法。数百年の歴史があるのですよ」


 シャルロッテは感嘆の声をあげながら話を聞いた。

 魔法の存在は知っていても、実のところどういうものなのかはよく知らない。全員が練習したから使えるというものでもなく、特性のある人が血のにじむような努力の末に使えるようになるものだと聞いている。

 魔法契約も不思議だった。

 思い出し、右手の甲を見たけれど、あの時出ていた印はない。

 オリバーは目を細めて笑うと、小さなため息を吐く。


「私たち皇族は両親のどちらかが人間です。人間である親は子が獣人であることを知りません。私たちは生涯親に嘘を吐いて生きなければならないのです」

「嘘……か。つらいですね」

「ですが、アッシュは嘘を吐かなくてもいい。だから、きっと誰よりも幸せな皇族になるでしょう」

「そうですね。だって、私がたっぷり愛情を注ぎますから!」


 シャルロッテのできることはたかが知れているが、アッシュへの愛情は誰にも負けない自信があった。まだ継母未満ではあるが、一年後には正式に母親にもなる。愛に時間など関係ないだろう。


「本当に不思議だ。なぜシャルロッテ嬢は動物が平気……いや、好きになったのですか?」


 オリバーが心底不思議そうに尋ねる。


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