表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6

 張り込みから四日目、フェレットのシロちゃんが見つかった。

 だがそれは僕らの手柄ではなく、みいちゃんの話では、朝に伯母さんが窓を開けると庭にシロちゃんがいたそうだ。自力で戻って来たシロちゃんは、毛皮こそ汚れていたものの怪我もなく、もりもりと餌を食べたらしい。みいちゃんは、中学生のお友だちにも伝えておいてと言伝を頼まれたのだという。

 僕らはその日も、川原に向かった。

 ごろごろ転がる石の上に僕は腰掛け、椎名は拾った小石を思い切り川に投げ込んだ。石は水を切ることもなく、どぽんと音を立てて水中に沈んでいった。

 さぞがっかりしているだろうと思ったが、振り返って歩いてくる椎名の表情はさっぱりしていた。

「ま、見つかってよかったよ」

 それは強がりには見えなかった。

「僕らで手柄を立てたかったなあ。結局、カラスと野良猫に餌をやってただけだったし」

「しゃーないね。でも、一つでもシロちゃんが食べてるかもしれない。そんなら助けになったんじゃない?」

 うまい棒代とソーセージ代を足すと明らかに赤字なのに、椎名は全く気にしていない様子だ。

「悔しくなさそうだね」

 訝しげな僕の視線に気付くと、椎名はいたずらっぽく口角を上げて微笑んで、草地に腰を下ろした。

「確かに悔しいけど、見つかったんなら本望だよ。私もペット飼ってたことあるから」

「へえ、知らなかった。まさかフェレット?」

「違う違う。インコ。セキセイインコのハルちゃん」

 鞄から出したスマホを操作して僕に見せる。水色の毛色をしたインコが、差し出された人差し指に行儀よく止まっている。

「可愛いね」

「うん。間違いなく、世界一可愛いインコ」

 嬉しそうに、椎名は指先でその頭を撫でる。しかし実際には、画面の中の画像が上下に揺れるだけだ。それでも彼女にとっては可愛くて仕方のない子なんだろう。

 僕はインコの寿命を知らないけど、椎名の話し方から、もうハルちゃんがいないことはわかる。ペットを飼ったこともない僕には、掘り下げていい話題なのかもわからない。そんな葛藤を読んだのか、椎名は「もういないよ」と言った。

「寿命?」

 僕の疑問に、椎名は黙ってかぶりを振った。微笑んだまま、スマホの写真をじっと見つめている。

「殺されたの」

「こっ……」

 物騒な言葉に、僕の思考が一瞬フリーズする。人間でなく、ペットが殺される? インコ目当ての殺人鬼(もしくは殺鳥鬼)なんて、聞いたことがない。

 仮説として、僕は椎名がふざけているのだと思った。

 しかし、十秒が経っても二十秒が経っても、椎名は「なんちゃって」とは言わない。興味と沈黙に耐えきれず、僕は「どういうこと」と問いかけた。

 彼女はじっとスマホの画面に視線を落としている。その表情は、いつの間にか硬く強張っていた。ほんのわずかな変化だけど、いつも一緒にいる僕は、難なく察することができた。

 もし辛いなら言わなくていい。僕がそう言いかける直前に、椎名はようやく口を開いた。

「小六の時、当時の友だちが遊びに来たの。三人。それで一階で遊んでたんだけど、一人がトイレ貸してって言い出して、部屋を出た。でもなんか嫌な予感がして……二階で足音が聞こえた気がして……トイレは一階だったから。私も廊下に出たら、その子が階段から下りてきた。それではっとして二階の部屋に上がったら、ハルちゃんの鳥かごと、窓が開いてたんだ。ハルちゃんはいなかった」

「それって、その子が逃がしたってこと」

 椎名は大きく頷いた。

「でも、その子、何もしてないって言ったんだよ。迷って二階に上がっただけだって。私の部屋になんか入ってないって。嘘だ、絶対嘘なんだ。私は取り乱しちゃったけど、その子が笑いながら言ったのを覚えてる。青い鳥なのに、幸せ運ばないんだって。私、その子にハルちゃんの話なんてしたことないから、青い鳥だなんて知ってるはずがないのに」

 椎名は少し声が大きくなっていたのに気付き、自分を落ち着かせるように息を吐いた。いつの間にか暗転していた画面を操作する。スマホには再びハルちゃんの写真が浮かぶ。

「私、あちこちに貼り紙して、ずっと探したよ。ハルちゃんは部屋から出たことのない箱入り娘だったから、野生でなんて生きられないから。……でも、見つかったのは一枚の羽だけだった。ある日、私の部屋に、青い羽根が一枚だけ風に流れて入ってきて、私にはわかった。ハルちゃんは、死んじゃったんだって」

 声を震わせる椎名に、僕はポケットティッシュを取り出して差し出した。彼女はスカートの膝にスマホを置いて、受け取ったティッシュで目元を拭う。僕はその隣に腰を下ろした。

「いたずらにしては、あんまりだね」

「いたずらなんかじゃない!」

 濡れた目できっと僕を見て、椎名は言い切る。

「あいつが、ハルちゃんを殺したんだ。ハルちゃんはなんにもしてないのに、私をいじめたいからって、犠牲にしたんだ」

「椎名をいじめるため?」

「うん」こっくりと頷き、きっぱりと言った。「私、前の学校でいじめられてたの」

 僕は驚いた。彼女は確かに変わった女子だけど、それは決していじめに至るものではない。多少浮いていても、必要とあらば普通に周囲と会話をし、授業も生活もそつなくこなす。

 だが、転校前は小学生の頃からいじめられていたらしい。親友へのいじめに加担しなかったのがきっかけだという。それでもお人好しな椎名は、自分をいじめる嘗ての友人をまだ友だちだと認識していた。一度は、ずっと友だちだよと約束した友人たちだった。だから、珍しく彼女たちの遊びに誘われたのに喜び、家に上げてしまったのだ。そして、大事な家族を失ってしまった。

「一生友だちなんて台詞、信じた私が馬鹿だった。結局私は転校して逃げたから、負けなんだよね」

「別に、負けなんかじゃないよ」

 僕の台詞に、気休めなんて言うなと彼女は視線で訴える。けど、気休めを言っているつもりは、僕には全くない。

「それは、椎名が負けだと思ってるからだ。それに、これからそいつらを見返してやればいいじゃん。関わる必要もないけど、そいつらが悔しがるような立派な人間でいればいいと思う。僕にはそもそも椎名が負けてるようにも見えないし」

 椎名が僕に友だち契約を結ばせた理由がわかった。期間限定で、絶対に約束を破らない契約上の「友だち」。一生友だちという紙のように軽い口約束で結ばれることなど、彼女は懲り懲りなのだ。

 椎名は僕を見て、薄く微笑んだ。西日に頬が照らされている。悲しそうな、なのに嬉しそうで幸せそうな、不思議な表情だ。

「ありがと。津守と契約してよかったよ」

 照れ隠しなのか口元を擦り、おまけのようにわざと口を尖らせる。

「もし破ったら、罰金五十万だからね。覚えといてよ」

「破らないって。ていうか高いなあ。五十万あったら余裕でグッズ買えるし」

「津守が規約違反をしたら、私はグッズ買い放題ってわけだね」

「破ってほしいのかほしくないのか、どっちだよ」

 可笑しそうに白い歯を見せて笑い、「冗談冗談」と椎名は立ち上がった。「じゃ、帰ろっか」

 僕も立ち上がり、椎名に続いて土手の斜面を上った。並んで歩くことは、今はもう少しも恥ずかしくはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ