表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

腫の章・具現 其之参『焦燥は募り』

まえがき


 起承転結の承の部分の終わりです。


 

 

 

 

 

    焦燥は(つの)


     Side Ormu



「《チャクラメイト》のはじまりは二年前。当初は創設者の三田(みた)氏と、助手の神室(かむろ)氏の二人だけで運営される、小さな組織でした」


 向かいのソファに座った零子が、翔に向けて状況を説明していた。

 事務所の応接間。凰鵡には見慣れた光景だ。

 もっとも、最近は正面に朱璃がいることも増え、気恥ずかしくて目のやりどころに困ることもある。


「ですが昨今、規模が大きくなるにつれて、いくつかの怪しい点が見られるようになり、警視庁公安部の監視対象となっていました」


 凰鵡はそっと、隣に座った翔の顔を(うかが)う。


(……大丈夫?)


 心のなかで問う。

 翔は落ち着かない様子だ。呼吸が早い。視線はテーブルに落ちていながら、何も見ていないようだ。

 昨夜は、父親や妖種の話を聞かされても冷静だった。ついさっきも、自分や維と一緒に食堂で和やかに朝食を摂ったというのに。


「ひとつには、創設者の三田衣代氏の所在が、半年ほど前から確認できなくなっていることです。外部に姿を見せることはなく、メールへの応答や、会誌への寄稿は本人の名義で行われているものの、本人という確証は得られていません」


 零子の話にも、どこか上の空の様子だ。

 あらためて父親の状況を聞かされて、心配になったのだろうか。


「公安の粘り強い調査の結果、ある一定のグレード以上の会員に、意識操作を施された痕跡が認められました。また、その中心にいたのは三田会長ではなく、助手であり、会のセラピストチーフである神室詠利賀であることも判明しました」


「洗脳ってことですか?」


 翔が訊ねた。

 聴いていないわけではないらしい。

 が、かろうじてこの部屋に、心を繋ぎ止めているようにも見える。


「はい──それも、人智を超えた力で。信じられないかもしれませんが、超能力や魔力で人を操っていた犯罪者や組織には、いくつもの前例があります。今回、警視庁は〝神室が何らかの超常的能力によって、チャクラメイトという組織を三田から簒奪(さんだつ)した〟と仮定して、我々に調査を依頼して来られました」


 自分のように、目のやり場に困っている? それとも、トイレに行きたい?


(それはないか……)


 ふたつとも否定する。


「無論、我々にはそうした超常的な洗脳に対処するノウハウがあります。そのうえで、経験と実績を考慮して、私が拓馬さんに潜入捜査をお願いしました。ですが、このようなことになってしまい、本当に申し訳ありません」


 零子が深々と頭を下げた。


「支部長のせいではありません」


 紫藤が反論した。


「翔……零子さんは止めたんだが、拓馬が志願したんだ。いつだって無茶をやるやつで、一度や二度のことじゃない」


「それでも、最終的に判断を下したのは私です」


 いつの間にか、責任の奪い合いになっている。渦中の翔は(わずら)わしそうに瞼を閉じ、拳を額にあてている。


「あの、すみません」


 凰鵡は手を上げた。


「はい、凰鵡くん。どうなさいました?」

「ボクというより……翔、大丈夫? 落ち着かないみたいだけど?」


 翔がハッとして凰鵡を見て、溜め息を吐いた──それが安堵から出たものだと、表情で判った。

 どうやら助け船になったらしい。なにか、心に思うところがあったのだろう。


「いや……でも、オレのことじゃないし…………」


 なおも逡巡(しゅんじゅん)する。

 皆が首を捻るなか、凰鵡はあることを思い出した。


「昨日言ってた、彼女さん? まだ連絡無いの?」


 そういえば食事中にもたびたびスマートフォンを確認して、眉根を(ひそ)めていた。


「……ああ」


 応答の歯切れが悪い。


「翔くん、あなた──!」


 唐突に、朱璃が立ち上がって声を上げた。


「今は、大事な話の途中なんだよ⁈ お父さんより、彼女のほうが大事なの⁈」

「朱璃さん!」


 零子が静止しようとする。

 が、朱璃の勢いは止まらない。


「お父さんのこと心配じゃないの⁈ きみ自身だって狙われたんだよ! それなのに彼女彼女って──」

「──ッ‼」


 翔が立ち上がり、朱璃を睨みつける。

 だが、そのまま口も手も出さぬまま、数秒が経つ。

 凰鵡はただうろたえ、視線をさまよわせるしかない。

 翔も朱璃も、自分にとっては大切な友達だ。その友達同士が睨み合っている現実は、まるで目覚めたあとの、実感のない悪夢のようだった。


「……いや、オレはいいんだ」


 苦虫を噛み潰したような表情で、翔が目を逸らす。


「おじさん、オレのスマホは使えないんだよな? どうやったら使える? せめて、あいつが学校に来てるかどうかだけでも知りてぇ」


「翔どうした? まずは落ち着くんだ」


 父親を捨て置くかのように、恋人に固執する翔。その慌てようの裏に特別な理由があると、何人が察しただろう。

 少なくとも朱璃はそうでなかったらしい。


「バカらし。どうせスマホ壊れたとかでしょ。それか無神経なこと言って嫌われ──」


「金花の親は、そのチャクラメイトに入ってんだ!」


 凰鵡の背筋が一気に冷え、部屋の空気が変わる。誰もが目を見開いて固まっていた。

 そういえば……と、凰鵡は今さらながら思い至る。翔の顔色が変わったのはチャクラメイトの名を聞いてからだ。なぜ、もっと早く気付かなかったのだ。


「本人がそう言ってた。嫌な予感がずっとしてて……無事だったらいいんだ。嫌われてても、オレがバカでも、あいつが無事だったら、それで……」


 指を頭に押しつけ、今にも搔きむしらんばかりに、苦しげに、翔は言葉を吐き出す。

 また、頭痛がするのだろうか。


「スマホが使えたら、クラスメートに連絡して彼女さんの状況を確かめられますか?」


 零子がソファを発って事務デスクに向かう。


「今は授業の合間だし、オレらのことを知ってる奴に送れば、なんとか」

「分かりました。これをスマホに挿してください。翔くんからでも、送信ができるようになります」


 戻ってきた零子が、小型のモデムを差し出す。

 翔はそれを受け取って自分の端末に接続した。目付きを変えて文字を打つ。送信すると、端末の角を額に当て、祈るように目を瞑る。


(……ッ)


 胸から込み上げる何かを止めるように、凰鵡は唇を噛む。

 不安と、嫌な予感。

 それだけではない。翔を真剣にさせる、金花という人への(ねた)みもある。

 すぐに、翔のスマートフォンが返信を告げた。


「クッソォッ!」


 父親を彷彿とさせる悪態を吐いて、膝に拳を打ち付ける。

 それだけで、翔を見守っていた全員が、金花蛍の欠席を察した。


「朱璃さん、すぐに顕醒さんを呼んでください」

「は、はいッ!」


 すぐさま零子の指示に従って、朱璃がタブレットで当人を呼び出す。


「翔くん、彼女さんの住所は分かりますか?」

「支部長、翔のクラス名簿です。金花蛍さんの住所はここに」


 その情報をどこで手に入れたのか、紫藤が自分の端末を零子に示す。

 にわかに慌ただしくなった事務室のなかで、凰鵡はひとり、ことの成り行きを見守るしかなかった。




     Side Kei



 時間の感覚は、とうに失われていた。

 暗く閉ざされた部屋。

 その異変は、ふとした瞬間に訪れた。


 ──自分のなかに、何かがいる。


 心ではなく、体のなか……直截(ちょくせつ)に言うなら、腹のなかだ。


(うそ……?)


 初めてのこととはいえ、その感覚がなんであるかは、直感で理解できた。

 信じられない…………早すぎる。


(私、どうなってるの……?)


 ──ずっ。


 闇のなか、蛍の胎に入り込んだものが、それを掴んで、ひと息に引き抜いた。

 蛍の絶叫が部屋を満たした。

 痛みによる悲鳴ではなく、歓声だった。



     Side Shou



 ガラス張りの向こうは、支部の正面玄関と、曇天(どんてん)の街並み。

 事務室のそばのラウンジ。窓付けのカウンター席に座って、翔は灰色の景色を眺める。

 心はひたすら、蛍の無事を願っていた。


 先だって、零子の指令を受けた顕醒が、金花家へと向かった。今はその報告待ちだ。

 好きなところで休んでいいと言われて、とりあえず事務室は出たが、宿泊室に帰るのも億劫なため、ここに居すわっている。


 隣の席には凰鵡がいて、一緒に外を見ていた。背後のソファでは、紫藤がラックから取った科学雑誌を読んでいる。

 二人とも無言だ。こっちの陰鬱に寄り添ってくれていることを、翔は嬉しく思い、同時に申し訳なくも思う。


 昨夜の時点で、叔父がチャクラメイトの名を出してくれなかったことを、根に持っていないと言えば嘘になる。が、組織名を知った遺族が報復に向かう場合があると言われれば、伏せられた理由に、納得も出来てしまう。

 むしろ、憎らしいのは今朝の自分だ。起きた直後に、零子の話を聞いておけば…………


「翔くん」


 テーブルに紙コップが置かれた。ラウンジにある自販機のものだ。職員であれば無料だとか。さっき、翔も叔父にコーヒーをもらったが、飲み干して久しい。

 今度のはコーラ。差出人は朱璃だった。


「嫌いだったら、ごめんなさい」


 凰鵡の前にも、コーラを置く。


「ありがとう」


 翔と凰鵡の声が重なった。笑えるほどではないが、少し気分がよくなった。


「となり、いい?」


 翔がうなずくと、朱璃はスツールに腰を下ろす。


「さっきはひどいこと言って、ごめん」

「ああ……いいよ。オレは気にしてない。半分は当たってるし」


 朱璃の目が円くなる。


「今でも、まだ親父のことは危機感が薄いんだ。あの親父なら、どうにかなるだろうって、どっか突き放して見てる。あんまし家にいなかったり……こういう世界の人間でしたって知ったのも、あるかも」

「そうなの……」

「金花のことにしたって、知らなきゃ仕方ねぇよ」


 翔は深呼吸して、カップのなかのコーラを半分、一気に喉へと流した。

 蛍のことで責められたとき、本当は喉元まで出ていた言葉がある。


 ──お前に何が分かる──


 朱璃の讒言(ざんげん)は明らかに、自分と蛍の関係を侮辱するものだった。だから翔には、その言葉を口にする資格があったかもしれない。

 だが耐えた。


 翔は、あの言葉を呪いだと思っている。意思疎通の望みを断ち切って刃を向け、同意を強要する。使っていいのは〝分かり合う価値のないもの〟に対してだけだ。

 〝分かり合えるかもしれない相手〟や〝分かって欲しい相手〟には決して使いたくない。


「でも、ありがとうな」

「え?」


 朱璃の疑問を、翔は笑ってごまかす。

 現金な話だが、気にしてないとはいっても、謝ってくれたことは嬉しかった。本気で謝るのは勇気の要ることだ。その勇気を、朱璃は自分のために使ってくれた。だから、いい人だと感じる。

 彼女のことはまだよく分からないが、もっと知ってみたいと思った。


「朱璃さん、そういえば零子さんのお手伝いはもういいの?」


 翔越しに凰鵡が訊ねた。


「うん。私も休憩もらった」

「あれ? そういや朱璃さんの親御さんは?」


 何気なく、翔も訊ねた。

 凰鵡が捨て子で、顕醒に拾われて養育されているという話は、朝食のときに聞いた。

 朱璃の方は、零子と一緒に事務室に詰めていたため、ろくに話も出来ていない。


「死んじゃった」


 事もなげに朱璃は答えた。その明るさが、かえって翔を申し訳なくさせる。


「ごめん。ヤなこと訊いたな」

「気にしないで。親かどうかもよく分かんなかったし」


 かなり事情が深そうだ。だが、いま踏み込んで訊ねる気にはなれない。

 ふふ、と朱璃が微笑む。


「これで、おあいこ……えッ」


 とつぜん、朱璃が表情を険しくして、窓の外に顔を向けた。


「妖種──!」


 凰鵡も弾かれたように朱璃と同じ場所を睨む。


「まじ⁈」


 翔は二人の視線を追う。見下ろす先は、正面玄関。

 そこから、得体の知れない風体の人物がひとり、堂々と敷地内に入ってきた。


(なにアレ?)


 それが翔の素直な感想であり、若者三人組の総意だった。

 医者が着るような白衣。その下はフリル付きの派手なシャツと、黒のスラックス。かかとの高いブーツはよく磨かれた革か、エナメルか。

 極めつけには、頭からスッポリと覆面を被って顔を隠している。あの悪趣味なファッションで街中を歩いて来たというのか。


(え、妖種ってことは──!)


 自分を狙ってきたのか? だが当の侵入者は諸手を上げて、敵意がないことを示している。


「ボク行ってくる! 翔はここにいて!」

「いや、大丈夫だ」


 背後に来ていた紫藤が凰鵡を止めた。


藐都(ばくと)だな。やはり来たか」

「あれ……あの人が……!」


 朱璃が声を上げる。


「知ってるの、朱璃さん?」

「うん。維さんから聞いた。妖種のお医者さんだって」

「へぇ、妖種にも色々いるんだな」

「なかでも彼は、ちょっと変わり種だがね」


 そうこうしていると、支部の玄関から、ふたりの男女が来訪者を迎えに出て来た。ひとりは警備員、もうひとりは維だ。

 互いに足を止めたところで何かしらの話をはじめたのが、わずかな身振りで分かった。

 すると、妖種が自分の覆面を掴んだ。


「ッ! ──見るな!」


 いきなり紫藤が叫んだ。

 遅かった。


「え?」「あ……」「──ッ!」


 三人組の眼が仲良く、彼の素顔に釘付けとなった。

 藐都──〝すべてにおいて美しい〟という種名の意味を知る前に、翔達はその力を目の当たりにしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ