ただ生きる
「ごめんください!!」
ミコトは農家の家の戸を叩きながら挨拶をした。
ガタガタと中から音がして、ご飯でも食べていたのか若干、口を動かしながら家の主人が出てきた。
「家畜が獣などに襲われ困っていませんか? そんなあなたに朗報があるんです!!」
ミコトはそう言うと、一歩下がり手で後ろにいる荷車に乗った虎を紹介した。
「この虎がいれば大丈夫!! どんな獣でも震え上がって近づきませんよ!」
「比!!」
主人は悲鳴を上げて大慌てでピシャッと、戸を閉めてしまった。
「あ! ちょっと・・・」
虎は冷ややかな目でミコトを見た。
軽く舌打ちをするとミコトは、近隣のお宅までまた、荷車を引きながら虎を紹介して回った。
一人は家の中から、チラッと虎をみただけで、まったく戸を開けない者。
クワを持ってミコトに襲いかかろうとする物。
一人は地面に頭を付き、頭の上で拝んで許しを乞うてきたりした。
あまりの拒否っぷりにミコト困りはてた。
「う~ん 困った。 なかなか理解してもらえませんねー。 言葉の壁は思いなぁ。」
閉められた戸の前で腕組みをして立ち尽くし考えをあぐねているミコトの後姿を見て虎は言った。
『もういいって』
「え でも!」
ミコトが振り返ると虎は荷車からゆったりと降り、久しぶりの地面をかみ締めた。
そして、改めて外の空気をいっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。
空を見て雲の流れる様を眺めた。
『普通の人間が虎と住める度胸があるわけないだろう。それに、これ以上・・・人に媚を売って生きていたって何の意味がある?私にも少しは虎としての誇りがあるのだ』
ミコトは頭をかしげて唸った。
「うーん。その辺が実はよくわからんのです。 媚とか誇りとか・・・」
虎はギョロっとその大きい目をミコトに向けた。
「私は”おむすび”が大好きです。この先も沢山の”おむすび”を食べたい。それから花を見るのが好きです。花の周りにいる虫も好きだし、風の匂いをかぐのも大好きです。」
風の匂いをかいでミコトは微笑んだ。
「生きている。ただそれだけで、私は幸福なんですけどねー」
虎は何か珍しいものを見るようにミコトを見た。
こんな人間を初めてみたからだ。
今まで見てきた人間は金のために生きたり、家族のために生きたり、夢のために生きたり、目的のために生きていた。
だが、ただ”生きる”ために生きている人間は会ったことがなかった。
あまりに変で力が抜けてしまい、すこし笑って言った。
『ふ・・・・お気楽な奴だな。 どのみち生きる術がなければ同じ事だろう』
「うーん そうですよねー」
また悩み始めるミコトの視界に、ふと田園で田を耕す牛が入る。
ニヤリと笑うと虎の方を見た。




