大きい猫
連れていかれたのは市場の外れにある布張りの建物だった。何人かの従業員らしき人たちが、中老の男とミコトが来ると会釈した。 どうやら、この男はこの建物の偉い人のようだ。
ミコトは迷惑そうに口を尖がらせて引っ張られるがまま、その建物の中に入った。
「わぁ!」
ミコトはつい、驚きの声を発していた。
「でっかい猫!!」
そこには大きな檻に何尺もある大きな猫が、横たわっていた。
その大きな猫は目も開かずポツリと呟いた。
『けっ。田舎者め。 ”虎”も知らんのか』
その言葉を聞いて、ミコトが檻に近づいた。
「へー あなたがあの有名な”虎”ですか!! 初めて見ました ふーん 」
大きな猫、もとい虎は目を見開きミコトをその大きくて怖そうな目つきで睨んだ。
『!? お前、虎語わかるのか』
「はい。 初めまして ミコトと申します。 海を渡った国から来ました」
そう虎に挨拶をしていると中老の男がミコトの腕を再び掴み、虎を指差しまた言葉をまくしたてた。
「這個虎不感到痛苦殺」
「え? は、はい? えっとあの」
ミコトは、もう何が何だかわからずオドオドして困った顔をした。
その様子を虎はじぃっと見ている。
「何だお前、虎とは話せて人とは話せんのか」
「はぁ どうも大陸の言葉は難しくて、 それにこの人、一方的だし、強引なんです 」
虎はまた目を閉じて、ふーっと大きくため息をついた。
そして薄め開けて言った。
『”お前、毒屋だろ? 苦しまない毒で、この虎を殺してくれ”・・・・と言っておるのだ。』
ミコトは驚いて青ざめて振り返った。
「はぁ!? 無理。っていうか嫌です!! 無理って言ってください!!」
『言えるか。 俺は虎だぞ 』
虎はまるで他人事のように冷静に言った。
ミコトは困って男に全力でお断りをしはじめた。
「無理です! 拒否!! ああ もう話のわからん人だなぁ 」
腕をバッテンにするなど、色々試みているが、まったく伝わってる様子がない。
こうなればも、逃げるしかない。 ミコトは自分の荷物を崩れないように抱え込み出口に向かって走ろうと一歩踏み出した。
その時だった。
『いいんだよ』
檻の中の虎は眠そうに目を閉じアゴを地面につけたまま言った。
『俺はこの見せ物小屋の芸虎だ。昔は人気を博し芸で観客を魅了したもんだ。だが俺は老いた。 芸に集中出来なくなり、最高の技を客に見せることも出来なくなった。体も大きくなりすぎ。重くなり前ほど機敏に動けない。 こんな様子で芸を見せるのは私の誇りが傷つく。
だから、何日も前から演技を拒否したのだ。 演技をしない動物など見せ物小屋にとっては無用の長物・・・・解るだろう? 』
ミコトは虎の前でしゃがんだ。
「そんな、調子が悪いだけかもしれませんよ」
『いいのだ』
虎はその大きくて重そうな頭を上げミコトの目を見て話した。
『虎は誇り高い種族。 自分の死は自分で決める。』
ミコトはついに檻に手をかけ虎に顔を近づけて言い返した。
「そんな!! 芸の引き際が死に際なんて聞いたことありませんよ」
『どのみち、体が動かなくなれば殺されて食べられるのがオチよ。』
虎はその狭い檻の中で頭を下げた。
「・・・・頼む・・・・」
虎の強い決意にミコトにはもう何もかける言葉がなかった。
ミコトは風呂敷の中から、ごそごそと小さな小石のような形の物を取り出した。
「これを。 一番苦しまない毒です」
「すまない・・・・ミコト・・・・」
虎その大きな口から長い舌べろでその小石状の毒を飲み込んだ。
そして、ゆっくりと体制を変え、頭を横にした。
虎の意識がだんだんと遠くなる。
納得したような顔をして、虎は意識を失った。




