炎姫アルタ・ルブラ
ケンジャ様と一緒にチマちゃんも連れて再び庭に。
「来たぞ~、何を見せてくれるんだぁ?」
「チマも来たのか。殿下の看病は平気なのか?」
「ん、オルジフさんが見ていてくれるって。
ケトシちゃんも残ってるから大丈夫でしょ」
ってチマちゃんが言った時になんか違和感。
ズキきゅんとケンジャ様の目が泳いだのは気の所為じゃないよね?
「それじゃ始めるけど、
まず精霊神にもらったインペリウム・フラーマの使用感を言わせてくれ」
インペリウム・フラーマってなんだろな。
「あれ? ズキ、そのインペリウム・フラーマ付けてないわね。
そういえば最近見た記憶がないわ。どこやったの?」
「神樹の森に着いた辺りで何ていうか体に溶け込んだ感じになってる。
その時から小手の本当の力が頭の中に入ってきて使えるようになった。
まず火に対する恐怖感が消えて全然平気になった。
次に火の精霊の召喚維持に使う魔力が大幅に減った。
それと熱に対する耐性がかなり高くなったらしい。
少々なら火に包まれても平気みたいだ。
そして結構困ったことに精霊の囁き声の頻度が激増したよ。
火が近くになくても火の精霊の声が聞こえるんだ。
殆どは召喚を求める声だけど中には火魔法を教えてくれる精霊もいてさ、
レベル二までの火魔法を結構習得できたりもした。
で、俺の今の実力に見合った精霊が接触してきたんで、
今から召喚してみようかと思ってケンジャ様を呼んだんだ」
「えっ? ズキきゅんってば火魔法が使えるの?
エルフは熱属性魔法って使えないんじゃないの?」
「おいおい、ホウサだって毎日氷槍の練習してるじゃん。あれも熱属性魔法だぞ。
使えないってのはただの迷信だよ」
「へぇ、驚きの事実だびょん」
「ぐぎぎっ…、
アーダと契約できてズキに追いついたと思ったのにまた差が開いちゃうわ…」
なんて言うチマちゃんの声が聞こえたのか聞こえないのか、
「取り敢えず召喚してみるぞ」
と言ってズキきゅんは荒れ地の方を向いて深呼吸した。
ちょっと緊張してるみたいで、ぼっきゅんまで緊張してきたぴょん。
「召喚、炎姫アルタ・ルブラ」
ズキきゅんがあっさりと呟いた瞬間ゴウって音がして、
熱風に吹き付けられてズキきゅん以外が二歩三歩と後ずさっちゃった。
顔に吹き付ける風を防いでいた手を下げたらズキきゅんの前に女性の姿。
ロングの黒髪で姫カット、妙齢の美女が淑やかな佇まいでこっちを見つめてる。
はぁ…。
自分のため息で口を開いたまま間抜けな顔していたことに気づいたよ。
あ、チマちゃんもぼっきゅんと同じ様な間抜け顔してる。
女の人でも見惚れる程の美人なんだね~。
人とは思えない、って人じゃなかったや。
女性はズキきゅんの方に向き直ると静かに膝を折って頭を下げてるよ!
「此度は拙をお呼び頂きまして恐悦至極に御座います。
力至らぬ身為れど臣蹇蹇匪躬輔翼奉りまする」
などと意味不明な供述をしており、って冗談抜きに言葉の意味が分かんない!
「え~っ!? 呼んだだけで恐悦しちゃったの!?
なんで俺奉られちゃってるの?? 俺って何様?? 俺様!?
とにかく跪くのはやめてくれえっ!」
ズキきゅんもアタフタと思いっきりパニクってるぴょん…。
「失礼とは思えども暫く御身の御様子を伺うに、
何故火の精霊達が御身に語りかけてくるのか、
御身が何者なのかをご存知ない様子。
この機に説明させて頂きたく候」
「うんうん、分かったからさ、その下手に出る口調をやめてくれよ。
そういうの一番苦手なんだよな~…」
ズキきゅんが頭をぽりぽりと掻きながら照れくさそうに言ってるぴょん。
ぼっきゅんだったら偉くなったようで嬉しいのにな。
「分かりました、そう言う事でしたら拙も柔らかく対応しましょ。
事の発端はズキ様が生まれた時に炎の精霊王が、
『俺様を召喚できる器の者が生まれたぞ』とズキ様の事を評したのです。
その噂はあっという間に精霊界に知れ渡り、
自分もズキ様に召喚されようとする精霊達が我も我もとの思いで群がりました。
その者達の殆どはズキ様を慕うからではなく、
ズキ様を通して炎の精霊の王と面識が持てるかもしれないという、
下衆な下心で近づいてくる者です。
ズキ様が頭を悩ませている挨拶も他所にいきなり自分を召喚してくれという輩は、
まず間違いなくそういった輩で御座いますので無視して構いませんこと。
王に会えるだけの実力がないからこその行動なのですから。
本来であればズキ様が召喚なされたイフリートのヴァルナールを従えて頂ければ、
其奴が雑魚どもを追い払ってくれるのですが、
上級精霊を扱うにはズキ様はまだ力不足の様子。
ならば拙がと思い馳せ参じた次第。
役にも立たない下級精霊は拙が近づけないよう取り計らいましょ。
拙でしたら下級精霊程度の魔力負担でこちらの世界にいられますから、
ズキ様でも常時召喚が可能でありましょや。
ヴァルナールのように熱を振りまきませんですし」
そう言い終わったらズキきゅんの目を見つめたんだけどさ、
な~んか、話してる時にぼっきゅんの方をチラチラと見てくるんだよね。
言っとくけど自意識過剰じゃないよ!
「とりあえず君と召喚契約しておけば、あのうるさい囁きが減るって事?」
「『拙を召喚している間は』ですね。
あと、私との契約は必要ありません。
ズキ様は生まれついた時から火の精霊全てと契約状態になっておりますので、
精霊の名さえ分かればいくらでも呼び出すことができますよ」
「なんじゃそりゃ~! ズキどんだけ優遇されてんのよさっ!
ぐやじぃ~~~!」
うわぁ、チマちゃんがお手本のような地団駄を踏んでる…、大人げないぴょん。
「チマ~、コノが呆れた目で見ておるぞぉ、恥ずかしいのぉ…」
「ぼっきゅんを引き合いに出さないでちょ…」
「チマは放おっておくとして…、君のことはなんて呼べばいい?」
「ふむ、拙の名、アルタ・ルブラは精霊語で深紅という意味。
なので呼び捨てで深紅とお呼び下さいな」
「では深紅、戦闘面でどういった動きができるんだ?」
「正直な所、戦闘ではお役に立てないかもと存じます。
まず拙は普通の精霊とは違いこちらの世界にいる時は肉体を持ちます故、
攻撃されれば普通に倒されてしまいます。
死ぬことはないのですが精霊界に送還されてしまい、
再召喚に応じるには十日以上必要で御座います。
加えて虚弱体質ゆえ走ることもおぼつかず、
恥ずかしながら我が身すら守れず足手まといかと。
なので、でき得るならば戦闘には参加を遠慮願いますが、
戦う必要が生じた場合の対応としてできる事として、
ほぼ唯一の攻撃魔法を見せましょかね、火炎散弾っと」
うっひゃ~っ!
百メートルくらい離れた所に数え切れないほどの火の雨!
地面に落ちた後も燃え続けてるよ~。
これでお役に立てないとか冗談だよね…。
「ご覧の通り弾数は多く着弾後に燃え続けてと派手です。
弾に粘着性があるのでむき出しの肌に当たれば非常に効果的です。
ですが弾は小さく簡素な革防具を着られただけで全く歯が立ちませぬ。
主に魔物の群れ相手に使う魔法なのです。
では次に防御魔法をお見せしましょうか」
えと、深紅さんはそう言うと軽く息をついたぴょん。
ケンジャ様が食い入るように見つめているよ。
本当に魔法が好きなんだね~。
深紅さんは「炎昇壁」って言ってクルッと一周りして右手を凪いだのよ。
そうするとちょっと離れた所に弧を描くように火の壁がドンッ!
周りが火に囲まれちゃった。
でも上から強い風が降りてくるからそんなに暑くないや。
「この壁は普通の火よりもかなり高い温度を持ち上に立ち昇ります故、
人はもちろん矢も通すことは御座いませぬ。
魔法はこの壁を通り抜けますので、
魔法使いの多いゆじゅ殿下のパーティであらば、
壁越しに一方的に攻撃することもできますでしょう。
風の複合魔法で空気を循環させていますので、
ご覧の通り火の透過率は高く、
内側は熱を気にせず呼吸も確保できておりまする」
淑やかに姿勢を戻しながら魔法の説明をしてくれたの。
むむむ、やっぱりこっちをチラっと見たぴょん…、なんぞやなんぞや?
「う~ん、この火の壁はかなり便利だと思うけどさ、
盾持ちの部隊に包囲されたら逆に逃げ場が無くなりそうだな…」
またズキきゅんったら褒めるだけでいいのに一言多いぴょん。
「ズキ~、最初にこの女性はぁ力至らねど輔翼すると言っていただろぅ。
戦闘ではなくぅ、参謀役として知恵を出すのが本来の姿なのでは~?」
眠たそうな目でズキきゅんを見ながらケンジャ様が口を挟んだよ。
「輔翼ってそういった意味合いなのか…」
「士官学校で使う言葉なはずだがぁ、脳みそ筋肉だから覚えていないのだろ~」
「ケンジャ様の仰る通り、拙は計画立案などを父から教育させられてきたのです」
「さっきズキが召喚した時、炎姫って言ってたわよね?
そのお父さんってことは…?」
チマちゃんも会話に入ってきた~。
「ご想像の通り、炎の精霊王『蒼炎』が拙の父になります」
「ぎょっへ~! 生粋のお嬢様なのね! あれ?
でもちょっと変ね、精霊って全て女性じゃないの?」
ってチマちゃんが人差し指で自分のほっぺを突っつきながら首を傾げてる。
そういえばぼっきゅんも今まで聞いた物語の登場精霊って全部女性だったな~。
「この世界で生まれたり精霊界の表層で自然発生する精霊は全て女型ですが、
精霊界の深層部で生活する精霊達は男もいますし、結婚して子を成します。
深層部の精霊達はこちらの世界に興味を持たぬ者が殆ですので、
こちらの世界で男の精霊と出会うことはまず在りませぬ故、
精霊が全て女だと認識されるのはしょうがないでしょう。
さてズキ様、早速具申を申し上げ願いますが宜しいでしょうか?」
深紅さんの口元から微笑みが消えてちょっと真剣っぽい表情になった。
「ああ、少しでも役立つ情報ならいくらでも歓迎するよ」
「では。今ゆじゅ姫が熱を出していらっしゃいますが、
心労によるものではありませぬ。
あれは空間魔法の使用過多で脳が暴走状態にあるのです。
高レベル帯の空間魔法は強いリスクが従うもので、
出来得る限り使用を控えるべき魔法に御座います。
今のままの介護方法では体調が戻ることは叶いませぬ。
してその対処法ですがチャオロという御仁が精神魔法を得意としていましたね。
その御仁に思考停滞の魔法を取り急ぎ頼み、ゆじゅ姫に施すと宜しいかと。
思考停滞は名の通り物事を考える速度を落とすデバフ魔法なのですが、
心を落ち着かせる効果も御座いまする」
「なんてこったい、道理で熱が下がらない訳だわ。
思考停滞ね? 早速伝えてくるわね!」
そう喋りながらチマちゃん家の方に走って行っちゃった。
ケンジャ様はっていうと何か物欲しそうに深紅さんを眺めてる…。
「あと、先日襲ってきた少年が追いかけてきていたら、
そろそろ近くまで来ているかと思いますが、対策は宜しいので?」
だよね。なんかみんな気にしていない感じしてた。
「大丈夫~、ここにいる事が対策だぁ。今は詳しくは言えぬがぁ。
その話題は出さないようにしていてくれぇ」
「何か作戦が進んでいるという事ですね。了解いたしました」
「んまあ、あとは他のみんなに紹介してからでもいっか。
俺たちも中に戻ろう」
その言葉でこの場はお開きになった。
でも、あの視線が気になるう…。
最後尾を付いて行く深紅はつぶやく。
「Hehehe, feliciter intravi! Primum scelus, illa puella erit!」