ズキの休日
チャオロさんの家に着いてから一夜が経った。
ゆじゅ殿下が思いの外疲労して熱を出してしまったので、
ケンジャ様の「休むぞ」の一言で暫くチャオロさんの家に留まることになった。
これは良い機会だと思った。
この休みを利用してボーベニルーディ達に剣の手ほどきを受けてみたい。
家の裏にあるユルシュルの木は適度な重さと硬さがあったので、
朝食後にユルシュルの枝から木剣を二本作ってみる。
枝先からは樹液が出ないから加工できるそうだ。
槍の補助として発展した東の剣術とは違って、
大陸西方の剣術では片手剣に盾を使う戦い方が主流だそうで、
それの対策もできればしておきたかったけど、さすがに作るのが面倒だな…。
ボーベニルーディの村の騒動でも俺のつぶてを盾で防がれてしまった。
そういえばボーベニルーディで盾を使うのはオルジフさんだけだな。
うん、オルジフさんに稽古を申し込んでみよう。
っと、考えてる間に削り終えたな。
多少荒削りだけど柄の握り具合は中々なのでこれでいいか。
さてさて、木剣を作り終えてから家に戻ると、
庭でアガフォンとマトヴェイの兄弟が実剣で稽古をしていた。
旅の最中は稽古をしているのを見たことがなかったので観察してみる。
一昨日の二人の戦いは凄かったな。
敵が攻撃をする前に避け始めてたように見えた。
理屈では何となく分かる。
最初の攻撃を凌げば相手の体勢が少し崩れるから、
その体勢から次に取れる行動は限定される。
その時に相手の重心の移動を捉えて次に来る攻撃を予測してたんだろう。
だけどそれを実行するにはあらゆるパターンを体で覚えているのかな?
一つの大勢からでも人によっても取る行動は違うだろうし、
自分と似た力量の沢山の人達と稽古をしないと対応が身につかないだろうな。
でも俺は学校時代はコミと教官、
近衛になってからは近衛隊指南役、
稽古をして為になったのはその三人くらいか…。
チャオロさんの家に何日滞在することになるか分からないけど、
ボーベニルーディの剣組の四人と可能な限り相手をしてもらおう。
おっと、つい二人に見とれて時間が過ぎてしまった。
あの二人はまだ続けそうだから他の二人に頼んでみよう。
玄関を開けると足を投げ出してソファーに座ってるエメリヤンと目が合った。
エメリヤンの柄の長い剣も興味あるな。
せっかく作った木剣が無駄になるけど彼とやってみようかな。
「やあエメリヤン、今時間取れるかい?」
「おう、暇でしゃーねーぜ。なんかあるんかい?」
「休みの間に集中的に剣の稽古をしてみたいんだけど相手してくれるかな?」
「よっしゃよっしゃ、いくらでもやったるぜ。
その木剣でやるんかい?」
「ん~、その長巻っていうのともやってみたいけど、
普通の剣術の対応もやりたいんだよな…」
「んじゃ両方ってことだな。先に木剣同士でやってみよかね。
長巻んときゃ峰で相手するが痣ができるのは覚悟してくれよな」
エメリヤンはそう言うと立ち上がって部屋の脇に置いてあった長巻を取った。
それを見て俺は外へと取って返す。
アガフォン達と充分に距離を取ってから軽く柔軟体操。
長巻を玄関外に立てかけたエメリヤンがこっちに来たので木剣を渡した。
俺はエメリヤンが軽く長巻を振った姿しか見たことがない。
一体どのような攻め手を見せてくるのか。
先手を取るべきか受けるべきか。
なんて思ってたらエメリヤンが下段の構えをとった。
打ってこいということか。
相手の手の内が分からないのに攻めるのはやり辛いな…。
取り敢えず中段に構えてっと。
…いくぞ!
エメリヤンの木剣を小さく横に薙いで剣を弾いてから逆袈裟!
のつもりだったが「あだっ!」っと反射的に声がでて地面に転がった。
エメリヤンの木剣が強く首筋に直撃した。
弾くつもりだったのに絶妙なタイミングで逆に弾かれた…。
そのままエメリヤンが逆袈裟を放ったんだ。
やろうと思ってたことを逆にやられた…。
「ズキきゅんの負け~!」
後ろでそう声がしたので振り返ったら、
いつの間にかエブロ、コノ、ホウサのベアダ組の子達が見学してた。
嫌だなあ、圧倒的な力量差をみられちゃうぞ。
「今のは駄目だなあ、中途半端に小突いて様子見ようなんざ甘い甘い。
もっとこうドーンッ! と一撃で決めるつもりでやんなきゃ。
よっしゃ、次からはこっちが攻めるからな!
やるぞやるぞやるぞ~!」
そう言って変なステップを取りながら木剣をブンブンと振ってる。
やたらテンションが高いな…。
エメリヤンってこんな性格だったのか。
攻められたくない、先制するぞと構え直した瞬間、
「泰封塵旋風!」の大声と共に俺の木剣が空高く宙を舞った。
同時に上段から木剣を頭に叩きつけられる。
巻き上げなんて技生まれて初めて喰らったぞ…。
相手は得意武器じゃないのにこんなに力量に差があるのか。
「ほい、次行こう次!」
そう急かされたので宙に星が飛ぶ中木剣を拾う。
「ズキきゅん応援してるよ~、がんばっちに~♪」
コノがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振ってるのが見える。
「こら嬢ちゃん、スカートが捲れてるぞっと」
ん? あっ、エメリヤンはコノが男だって知らないのか。
「見たい? 見たい? ほ~らチラチラッ♪」
そんな調子に乗ってるコノを見てホウサがケラケラと笑ってる。
全く調子が狂うなあもう…。
一昨日マルゴーサが亡くなったというのに、
子供の切り替えは結構早いんだな。
エブロだけはまだ笑えないようだけど。
さて構えてっと。
エメリヤンが構えた瞬間に突きを出してきた。
俺の力を見切ったのか俺が対応できる程度の速度だ。
エメリヤンの突きを横に弾いたらエメリヤンがもう一歩踏み込んで…。
消えた!?
そう思ったら宙を舞う感覚の後に地面に叩きつけられた。
そして仰向けに倒れている俺の顔の横にトンっと木剣が立てられた。
何が起きたのか全く分からない。
「今、なにをしたんだい?」そう聞くと、
「左後ろ回しの足払いやったんだが、
今の反応を見ると体術を相手に戦ったことはなさそうだな。
今の技は三段構えでな、
本当は次、足払いを避けた相手に更に一歩踏み込んで、
低空の右横薙ぎで足を切るとこまであるぞ。
一段目で相手の剣を横に弾くから相手は二段目三段目を避けるしかない。
今回は剣ではじいてから潜り込んだが素手の相手が相手の場合、
いきなり足払いをしてくる可能性が高いから頭に入れておけな。
慣れた相手だと中段に構えた足元に届いてくるぞっと」
へぇ、足払い届くのか…。
素手の相手の対応なんて考えたこともなかったな。
この日の練習は実に有意義だった。
エメリヤンが導いてくれるように動いてくれて、
その動きが一回で頭にすんなりと入ってきて身についていった。
聞いてみたら短命のボーベニルーディが効率よく技を伝える技術の一つだとか。
一通り教えてもらった後に長巻で相手をしてもらったけど、
一撃が凄く重いのに切り返しが異常に早くて何もできなかった。
それだけじゃなくて時々間合いがグンと伸びてくる。
始終振り回されるだけだった。
その頃になると暇を持て余したみんなが家から出てきて囲んで見学を始めた。
いじるのに丁度良いと思ったのか入れ替わりで相手をし始めて、
弓手組までが代わる代わる挑戦してきた。
全員が銘々独特の立ち回りを見せてくれて楽しかったけど、
弓手組にすら一本も取ることができなかった。
あらためて彼らの凄さを思い知った。
これはいよいよ剣から魔法主体へと移行するべきなんだろうか。
魔法といえば、ケンジャ様が昔言ってた「精霊の囁きに耳を貸すな」という言葉。
エルディー国にいた時は火が近くにある時だけ火に話しかけられた。
でも旅に出てからは声の頻度が増えて、
今じゃ話しかけてくる火の精霊の種類も様々だ。
そのほとんど全部が『私を呼んで!』と言ってくる。
それはもう自分の持つ力を力説してきて強くアピールしてくる。
精霊を使うには三日前にチマ達が行ったみたいな約束を経ないといけない。
普通は精霊と契約を結ばないと気まぐれ過ぎて思うように動いてくれない。
もしくは召喚すらできないそうだ。
だけど俺が初めてイフリートを召喚した時、
イフリートは俺の命令を待っていたとケンジャ様が言っていた。
ケンジャ様もそれに疑問を持ち、調べるために知の都という所に赴いたそうだ。
そこで調べたらスピリトゥスドゥクスという名称に行き着いたという。
歴史の中で幾人か精霊を自在に従える人がいた記録があって、
その人達は精霊にそう呼ばれたという。
ケンジャ様曰く俺もその一人で火の精霊を従えさせることができるのではと。
明日少し試して見るとするか。