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チャオロ登場!

 マイロとウエイは翌朝になっても戻ってこなかった。

マルゴーサはその日のうちに荼毘に付され、

一部の遺骨を除いて共同墓地という名のゴミ捨て場に置かれる。

墓や葬式などは一部の権力者が行うもので、

一般人は時の中に消えゆくだけなのがこの世界の通例だ。

アガフォンが持ち帰った巾着に入った遺骨はエブロへと渡された。

巾着は一度だけ握りしめられ、上着の内ポケットへとしまわれた。

 追われる身として、ゆじゅは探すか置いて行くか決断を迫られる。

ゆじゅは宿の食堂に皆を集めこの先を決めることにした。

「んと、マイロを探したいところなのじゃが、

一方、一刻も早く次の目的地にも行きたいと思う。

昨日のあやつへの対応は色々と考えたので、

同じように襲ってくる様であれば大丈夫なのじゃが、

一晩経ったのならば周辺都市からの敵増援も視野に入れねばならぬ。

都市の人混みの中、手分けしてマイロを探すとしたら、

個別に襲われる可能性があるじゃろ。

それに妾が王族だと言うても都市国家連合とは国交なんぞないからのぉ。

昨日はアガフォン達が役人に執り成してくれたが、

再び都市内で刃物沙汰を起こしたら、

襲われた側といえども捕まるぞい?

そういう理由で、

マイロ達の捜索はシルフのアーダさんを残して、

妾達はこのまま進みたいと思うのじゃ。

それとファイーナ様のお告げを都合良く解釈してしまうが、

マイロには自分の道を進めと仰っておられたからのお。

もしここで置いていかれたとしても、

マイロなりの考えでこの先を考えてもらえば、

お告げの通りに事が進む気もするのじゃが。

なにか意見はあるかえ?

特にエブロの意見を聞きたいのお」

とエブロに話を振って顔を見た。

エブロはちょっと頭をうなだれていたが、

ゆじゅにそう言われると顔を上げた。

「俺? その前にコノとホウサがどう考えてるのか知りたい」

その質問にホウサが間を置かずに答える。

「私は出発するべきだと思っています。

旅の時間を短縮できるならできるだけした方が、

今後旅中に取れる選択肢が増える気がします。

旅が遅れると物事に追われてその場しのぎになっちゃうような…。

ごめんなさい、うまく言葉にできません…」

ホウサは何か決意を感じさせる意気であった。

進むことに反対するだろうと思っていたチマは、

ホウサのその言葉を聞いてかなり動揺した。

「いやいやいやいや、

もしウエイさんがマイロ君を見失っていたら、

言葉も通じない国に置いてけぼりよ?

ゆじゅもホウサちゃんも非情すぎるわよ。

ゆじゅやホウサちゃん、それとケンジャ様?

の追われる人達は宿で待機して、

強い人達がまとまって探せばいいでしょ?

二人とも何いきなり見捨てるムーブ見せてるのよさ!」

「宿ごと吹き飛ばしたりされないかしら?

えっと、人の心配は自分の安全が確保されてからだと思います…」

ホウサが申し訳無さそうにチマの方を見て言った。

その表情を見てチマは自分が我がままを言っている気になり、

自分の意見が正しいのか分からなくなって言葉に詰まる。

「まぁ、心情的にはチマが正しいんだけどさ、

そんな呑気な発想はアガタ国とその周辺の数カ国でしか出てこないな。

十数年前の飢饉で穀倉地帯だったエルディーよりも、

トゥゴマ公国は飢饉が長引いたからさ、

ホウサ達は飢饉の真っ只中で幼少期を過ごしたのさ。

『弱った者に食べ物を与える』じゃなくて、

『弱った者の分を元気な奴らで分配する』ことで、

生きる者を分別するのを見て育ったんだ。

キツい反応をしてしまうのは仕方ないし、

今回のことに関してはあたいもホウサに賛成だ。

ただ、確か都市国家連合って旅の終着地だからさ、

商業キャラバンのギルドが強かったろ。

そこのギルドにマイロ達の捜索と、

見つかったなら移動のためのキャラバンの同道を頼めばいいんじゃね?

高いだろうけどさ」

いつもは無口なサンサが提案する。

「うぐぐっ!

サンサさん、護衛役の自己否定な発言ありがとう!」

「任務失敗は自覚してるからその程度じゃ釣られないぞっと。

二次被害だけは避けたいだけさ」

「ふむ、三人の意見はわかったぞい。コノちゃんはどうじゃ?」

「ぼっきゅんはねえ~…、他人任せって思われるけど、

ファイーナ様のお告げでゆじゅちゃんに付けって言われたから、

ゆじゅちゃんの決定を尊重するきょん」

「そっか…、じゃあ俺も異論はないぜ。出発しよう」

そう言ったエブロの姿にはいつもの元気がなかった。

「エブロも言いたいことはあるじゃろうに堪えてくれるのだのお。

妾が力を得て慢心していた事も事件の一端を担ってしもうたのは謝罪するぞえ。

家族を失わせてしもうてすまぬ。

マイロを引き止める力がなかったことも謝罪する。

ファイーナ様の筋書き通りならまた会える機会もあるじゃろうが、

それまでは妾達がお主の心を支えていきたいと思う」

「俺のことは気にしなくていいぜ、

色々とややこしい旅になった時点で命に関わるとは感じてたさ。

旅行気分で旅をしていた訳じゃないんだ、覚悟はしていたさ」

「そうか…、分かったのじゃ、では今日中に出発することに決定するのじゃ。

えと、サンサ殿の意見を採用してマイロとウエイ殿の事は通商ギルドに依頼する。

ロダ君や、懐の財布を貸しておくれ」

ゆじゅはそう言うとケンジャ様の身に宿ったロダの方に手を出してニギニギした。

「こ、これですか? うぁ、結構重いですね」とロダが巾着をゆじゅに渡す。

「うむ、ここまでの旅は馬を売ったお金でやりくりしておったから、

ステラ姫から貰った金貨百五十枚丸々残っておるはずじゃ。

これだけあれば懸賞金を付けた捜索費と、

エルディー国までの旅費は足りるじゃろ。

サンサ殿とムレジ殿、それと通訳にアルテナイさん、

その三人で通商ギルドに依頼を出してきてくれぬかえ?

通商ギルドでは捜索は引き受けてくれぬと思うから、

通商ギルドを通して商業ギルドへ捜索を委託して貰う形にしておくれ。

他にエルフなんぞおらんと思うから、

何か買ったり宿泊すれば即商業ギルドの耳に入るじゃろ。

あと、妾は商業ギルドを起点にアーダを残して捜索させるので、

チマちゃんはアーヴェさんを呼んで同じように捜索を頼めるかえ?」

「あたし魔力そんなにないから今日一日が精一杯よ?」

と言ってからすぐさまアーヴェを呼んで捜索を頼む。

「ゆ、ゆじゅさん、ほぼ全財産を捻出するのは流石に…」

ズキが青い顔をしてゆじゅに言った。

「ん、何事もなければ今日中に目的地の一つに着けるはずじゃて。

そもそも都市国家連合を抜けたら今の貨幣はただの重しじゃ。一切使えぬぞ?

この先アー・ディヤジュア文化圏に入るからのぉ」

そしてゆじゅに言われた三人はさっそく依頼をしに向かった。


「アルテナイさんの話では次の都市は北西に二十キロじゃったかえ?

更にその先、最北の都市アウレアルデアの距離はどのくらいなのじゃ?」

「ええと、確か更に三十キロ弱くらいだったかと思います」

「合わせて五十キロかえ。ではその五十キロを一気に進んでしまおうぞ」

ゆじゅの言葉にチマが首をひねる。

「でもこの先も平野部が続くんでしょ?

ゆじゅの魔法だと二十回位続けないと無理じゃない?」

「昨晩思いついたのじゃが、城壁に登ればかなり先まで飛べると思うのじゃ。

この町の城壁は高い、試して見る価値はあると思うぞい」

「ゆじゅさんの案は良いかもしれませんね」とズキが同意してくれる。

ゆじゅにさん付けするズキにチマは慣れず、

背中がゾワゾワするのを隠して平静を装う。

そんなチマの様子に気づいて、

フレヤとパトリがお互いに目を合わせてニヤニヤしている。

「では早速出発じゃあ」

そうして一行は城壁の下までやってきた。

ゆじゅは城壁の階段を躊躇せずに登り始める。

「ちょっと、よく考えたら一般人立入禁止なんじゃない?

怒られちゃうかもしれないわよ?」

チマが叱られやしないかと臆してビクビクしながら後に続く。

チマの言葉に構わずさっさと階段を進むゆじゅ。

上まで一行が登り切ると城壁の兵がなんだなんだと視線を浴びせた。

城兵が一人近づいてきたが、

ゆじゅは軽く微笑んで城兵の手を取り賄賂を握らせた。

城兵はニコッと笑い手でOKサインを出して戻っていった。

「流れるような贈収賄……」とチマの口から呆れ声が漏れ出す。

「我が国でも金持ちが酔狂で尖塔に登るのを聞いておったからのぉ」

ゆじゅは城壁から北西を望みながら呟いた。

「…Lv1千里眼」ゆじゅは千里眼で隣の都市を探す。

探すという程でもなく簡単に次の都市を見つけることができた。

「おお、隣町が見えるぞよ、これならば一回で飛べるのお。

みんな準備は良いかえ? 縮地を発動するぞよ?」

皆に向けて最後の確認をしてから詠唱を始める。

「……………………Lv5縮地!」

 城壁からの縮地は大成功だった。

その次の都市でも同じように城壁に登って飛び、

この日、合計四回の縮地で昼前には最北の都市に辿り着けた。

「ここから先は延々と森林地帯が続くので縮地は使えませんね。

加えて都市国家連合から出ますので、

この先百キロは町がなかったと思います。

ゆじゅさんどうしますか?」

「ここまでくればケンジャ様の記憶で地形を把握できるぞい。

この先はポイス・コノッタじゃがその前に行っておきたい場所があるのじゃ。

そこはここから林に沿って西に三キロ程だったはずじゃのぉ」

アルテナイに聞かれてゆじゅが答えた。


 ゆじゅの案内で一行はのんびりと進んで行った。

道があるわけでもないが地面はしっかりとしていて歩きやすい。

「この辺の木は見たことがない種類だぴょん」

「ん? この木はユルシュルと申してのお、

甘い樹蜜が取れるんじゃぞい。

ユルシュルの樹蜜はこの近辺の特産でのお、

食事も樹蜜を使った甘い煮込み物が多いのじゃ」

「何得意気に言ってんのよ~、ケンジャ様の知識でしょうに~」

「今ケンジャ様がおらぬからのお、妾が披露するしかあるまいて。

しかし、ケンジャ様の記憶を手繰るのは結構苦労すると分かったぞい。

記憶の殆どは思い出し方が分からんちん!

どの記憶がどこの引き出しにしまってあるのか、

結局他人の記憶なので分からぬのじゃ。

今の場合、木を見た時に自然と木に関する引き出しが開いた~って感じじゃ。

分かるかえ?」

「分からんちん!」

「真似するでない…」

「で、ゆじゅちゃん、どこに向かってるの!?」フレヤが聞いてきた。

「んとのぉ、…ケンジャ様のお師匠のお家じゃ。

でっかいお家に住んでおるので全員が泊まれるぞい。

まぁ、死んではおらんじゃろ…」

「ほお、ケンジャさんの師匠殿ですか。どんな方か楽しみですな」

オルジフがそう言うのを聞いてゆじゅは眉を(ひそ)めた。

「うぅ、できうる事ならば会いたくないものじゃ…」

「あ! どうもゆっくり歩いてると思ったら足取りが重いんだね!」

「トホホ、フレヤの申すとおりじゃ…」

そんなゆじゅの願いも虚しく、すぐに一行は目的の家に着いた。

その家は林の外側に作られていて長さが五十メートルは余裕である建物だった。

部屋が二列に並んでいるだろう奥行きもある。

家の壁は(つた)で緑に覆われており歴史を感じさせる見た目だが、

木造の建築材はツヤがあり、丁寧にニスが塗られているのが遠目にも分かる。

建物前の庭に当たる場所は踏みしめられた土で、

エルディー国の士官学校の庭よりも大きいくらいだ。

建物の前を通り過ぎる形で中央にある飾り玄関へ向かった。

雨除けの屋根を支える柱の下の方に少しだけ泥汚れが付いていた。

ズキはそれをみて(この辺は雨季の雨が少ない?)などと考察している。

 ゆじゅは玄関横のポストの汚れのない紋章を見て存命だと感じる。

というかいや~んな気配をヒシヒシと感じる。

呼び鈴の(ひも)を引っ張ろうとしたが躊躇してしまいため息をつく。

「むぅ…」と呟いたあと、

先送りできることでもないので覚悟を決め改めて紐を引いた。

玄関の奥でチリンチリンと鈴の音が鳴り、

その後にパタパタと言うスリッパで走る音が聞こえた。

そしてカチャッと玄関が手前に開く。

ゆじゅと目が合った瞬間に家の主は、

「ロリっ娘有難う御座います!!」と言ってゆじゅに抱きついた。

初対面の相手に開口一番これである。

「んぎゃあああぁ!! 離せっ! 離すのじゃあっ!」

ゆじゅが大暴れして逃げようとするが男は引っ付いて離れない。

「ああ、(ぬく)い、温いよほおぉ」と言う男の顔は既に浸りきっていた。

「チャオロやめれっやめれいっ! …Lv1パラライズ!!」

男は「はうああぁっ!」と叫び地面に倒れて痙攣した。

「はぁっはぁっケンジャ様の記憶とまるで変わっとらん!」

そのやり取りに一行、中でもボーベニルーディが唖然とする。

ホウサもドン引きしてズキの後ろに隠れた。

だが男はその動きを見逃さず、痺れる体を気力で起こしホウサに近づく。

そしてホウサに向かって一言「デートしてもいいんですよ?」

ホウサは目を見開き開いた口が塞がらない。

「な…、何この男…」チマも絶句した。

男は一行の中のロダの姿を見つけると、

「ケンジャちゃ~ん!」と言ってまた抱きついた。

「いやだあ~~~! 僕はケンジャじゃありません~!、男、男です~~~!」

ロダの首筋に鳥肌が立つ。

「んん? 男? ケンジャちゃんじゃない?

変な病気にでも罹った? オイラとデートすれば治りますよ?」

そう言ってロダの胸元に顔を埋めた。

「たすけ、助けてぇ」ロダが大声を出し暴れるが男の腕力は相当だ。

ゆじゅはため息を付いて男の後ろに立つと思いっきり股間を蹴り上げた。

「はぐっ…」と声にならない声を上げて男が悶絶した。

「放おって於くといつまで経っても終わらぬわい…。

チャオロ、今日はこのロダことケンジャ様に付いて相談に来たのじゃ。

精神魔法に詳しいお主なら問題を解決してくれると思うてのお」

ゆじゅがそう言うが男は反応がない。

「……ん? …気絶しておるわい……結局話が進まぬっ!」

その騒動を聞き付けて家の中からもう一人でてきた。

目が描かれた黒いベレー帽を被った薄茶毛の五十センチ程の猫っぽい何か。

猫に近いけれど腰回りが太く裸足の(かかと)が地面についている。

チマは先日呼び出した精霊の『明けの明星と同種の精霊?』と感じた。

「随分と騒がしいな。ご主人は、っと…やらかして気絶してるのか…。

お客人方、バカは放おって於いて中へどうぞ」

猫っぽい生き物はドン引きしている皆を一瞥して事情を察したようで、

警戒心もなく少年のような声で一行を(いざな)う。

「お主、チャオロの召喚獣かえ?

妾はゆじゅと申す、チャオロの孫弟子なのじゃ、他の者は旅仲間じゃ」

そう挨拶をして招待を受け家に入った。

「ん、こっち、茶菓子出すから座ってて」

と後ろを振り返りもしないで奥に入って行った。

他の面々も恐る恐ると続いて中に入っていく。

最後尾のズキは倒れているチャオロを見て放っておいて良いのか迷うが、

気付いたチマが容赦なく玄関を閉めてズキを追いやった。

 玄関の中へ入りすぐ右の部屋に大きなリビング。

内装は違えど記憶の中でケンジャ様がくつろいでいた場所へ行くと、

猫(?)は更に奥のキッチンの方へ消えていった。

ゆじゅは遠慮なく長椅子に座り「はぁっ」とため息を付く。

「で、あの変態がケンジャ様の師匠のチャオロじゃ。

見ての通りのロリコン男じゃ。

全球ストレート勝負の様などうしようもない性格をしておる」

「変態とは一昨日聞いたけれど想像を遥かに超えてきたわぁ…」

チマが疲れ切った表情で呟いた。

「コノもスカート姿なのに目もくれなかったな…」

ズキは最早感嘆して言った。

「あ奴はそういうのを嗅ぎ分けるからのお」

「世界の広さを感じましたです」

とオレークが引きつった顔で感想を語った。

 数分して猫っぽいのが戻ってくる。

「お客人方、とりあえずお茶菓子を持ってきたのでどうぞ」

そう言ってお菓子を乗せた盆を、

背伸びでローテーブルに置きながら自己紹介をする。

「俺はチャイチャイな。あのバカに召喚されて元の世界に帰れなくなった迷子」

「お菓子ありがとうなのじゃ。

先程も申した通り妾はゆじゅ、田舎国の王女じゃ。

他の者は同じ目的で旅をしている者達とその護衛達じゃ」

「孫弟子だって? それじゃあ殿下の師匠もロリっ娘だね。

でなきゃあのバカが教えるわけない」

「当たりじゃ…」

そして呼ばれたとばかりに玄関がガチャリと開き、

何事もなかったのように澄まし顔でチャオロが戻ってきた。

「ようやく落ち着いたのかえ。

チャオロや、ケンジャ様が多重人格になってしもうて困っておる。

お主の精神魔法でなんとかならんものかえ? 孫弟子として頼む」

「ロリっ娘の頼みとあれば是非もない。

早速見てあげますよ。お代はほっぺにチューでお願いしますね」

ツッコミを入れるとまた泥沼にハマりそうなので敢えてスルーするゆじゅ。

チャオロは端っこに座るロダの側に来ると、

皆の予想とは異なり真面目な顔つきになり魔法を唱える。

「……Lv4マインドスキャン」

ケンジャ様を超える高速詠唱で知らない魔法を発動させた。

「ケンジャ様の記憶にもない魔法じゃ…。才能はあるのにのお…」

「ああしているとこを見るとイケメンなのにね~」

「早速チマのイケメン認定が入ったか…」

とズキが聞こえないよう小声で呟く。

「んと~、二十人くらい中に詰まっていますね。

十八人は雑魚として、残り二人がケンジャちゃんと今の人格でつね。

今の人格を抑え込もうとするとケンジャちゃんの負担が大きすぎるかな。

うん、二人同時に存在させるのが一番だぬ」

あっという間に対策案を打ち立てるチャオロ。

先程の初対面とのギャップに驚く。

「よかった。僕の心が殺されちゃうのかとビクビクしてましたよ。

残ることができるんですね」

ロダが安心した表情を見せた。

「それぞれの記憶が絡まってるんだぬ。

他の人格を消すのはおぬぬめしませんよ。

他人格を剥がしたら記憶がズタズタ、アホの子になるんだぬ。

元々アホの子だけど…。

残り十八人は今の人格で蓋をするのがいいでつね。

うん。一つの体に二人の心が混在する方法にするけどいい?」

「何? もうできちゃうの?」

「子どもが?」

「ちゃうわボケ!」

間髪置かない下ネタに反射的にツッコミを入れるチマ。

未だかつてないタイプに疲れが押し寄せてくる。

「後はメンタルドミネーションの魔法で整えるだけだぬ」

「紙一重の天才の方だったのね…」

「お婆さんに褒められても嬉しくありませんよ?」

「だれが婆さんよ!」

「チマちゃん、ツッコんだら負けじゃぞい。キリがないのじゃ…」

「うぐぐっ…」

「ぬん。では始めますね。

…………Lv5メンタルドミネーション」

チャオロが魔法を唱えるとロダの意識がプツッと途絶える。

隣りに座っていたズキが倒れそうになるロダを慌てて支えた。

チャオロは詠唱を負えた後、

中空を見つめそこに手をかざし宙をいじる仕草を始める。

(メンタルドミネーションは発動後も複雑な魔力操作が必要な大魔法じゃな。

扱うには精神魔法に熟達する必要があると記憶の中のチャオロが言っておる。

従順にさせるだけではなく思想信条のすり替えすらできるらしい?

精神魔法は敵が一人の時は無双とも言っておったか?

思えばケンジャ様が逃げ出さずにチャオロの修行を受けておったら、

マルゴーサは死なずに済んだのではないか?

あれ? 逃げ出したのはチャオロの性癖のせいじゃろ多分…。

遠回りしてチャオロの性癖がマルゴーサを死に至らしめたのかえ?

マルゴーサ、哀れな…)

ゆじゅはそんな事を考えつつチャオロの様子を眺める。

チャオロは複雑な操作を鼻歌交じりで苦もなく行っている。

その作業は五分程続き「終わったぬん!」とチャオロが得意げに言った。

更に「…Lv2アウェーキング」と覚醒の魔法を唱える。

ケンジャ様が目を開く。

一同はケンジャ様なのかロダなのか結果を伺おうと注視した。

「ケンジャ様?」とゆじゅが声をかける。

数回瞬きをした後にゆじゅの方に視線が来て、

「うむ~」と間の伸びた返事がしてケンジャ様だと分かる。

「ようやく状態が落ち着いたか~。

ゆじゅ、ここへの案内ご苦労~」と続けた。

「ロダはどうなったの?」チマが聞く。

「僕もいますよ」とケンジャ様が答える。

「うぁ、ケンジャ様と呼べば良いのかロダと呼べば良いのか分からぬのお…」

「ケンジャでいいぞ~。基本的にロダは表に出ないと今話しあったぁ」

『ブチュぅぅ』

いきなりチャオロがゆじゅの頬にキスをする。

いつの間にか隣りに座っていたのだ。

「ふぎゃぁ! ゆ、油断しておった~…。

キスって妾がするんじゃないのかえ…」

「口づけだったらどっちがするか考えなくてもいいんですよ?」

チャオロは晴れやかなイケメンスマイルで微笑んだ。

そう、この男掛け値なしにイケメンなのだ。

才能といい無駄にスペックだけは高い残念な男である。

「フ、フリーダムな男だわ…」

「あれを毎日やられてみろぉ、逃げ出したくなるのわかるだろ~」

「ケンジャ様、出てきて早々自分がターゲットされてないからマイペースね…」

「ふっふっふ、ゆじゅの精神修行だぁ」

「一緒にいるだけで精神魔法に精通しますじゃって? いらんわえ…」

「ゆじゅはマルゴーサを倒した敵にぃ、

パラライズを入れようとしていたようだが~、

精神魔法ならばぁ、狙う必要もないんだぞ~、

その座標にいる対象に着弾じゃなくてぇ、対象に着弾だからな~。

便利だぞ~」ケンジャ様は他人事のように語る。

「その便利さを放おって逃げたケンジャ様が言うかい…。

ケンジャ様が覚えていたらマルゴーサは死なずに済んだのでは…」

「う…。それはチャオロの性癖が行き過ぎていたからでぇ…」

「つまりマルゴーサの死はこいつのせいなんだな?」

そう言ったのはエブロだった。

エブロはツカツカとチャオロの所に行くと『パコンッ』とチャオロを叩く。

「ショタもサドも趣味じゃないんですよ? マルキドさん」

一瞬冷えた空気がチャオロのマイペースで元に戻る。

「暴力はいけないわね」

「お主が言うなや…」チマが言うとゆじゅがすかさずツッコむ。

「本気じゃないけどな。な~んかマルゴーサが哀れに見えたんだわ…」

そう言ってエブロは席に戻った。

その後、一行はロリっ娘に喜ぶチャオロ自らの料理で歓待されたのだった。

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