解呪
宿に到着し大部屋に来ると、ひと息付けたが重い気は晴れない。
皆が口数少なく落ち込んでいた。
「きっついな…」ズキがそう漏らした。
「そうじゃのお」とゆじゅが相槌を打つ。
「ケンジャ様は生き返ったのにって考えると確かに理不尽ね…」
「そうじゃのお」ゆじゅが再び言う。
そしてまた皆が押し黙り空気がより重く感じられる。
長い時間が経ったように感じたが実際は大して時間は経っていない。
そんな折、コノがホウサの具合が悪そうなことに気付いた。
「ホウサちゃんどうしたきょん?」とホウサの顔を覗う。
「ちょっと息苦しいだけ。気落ちしちゃっただけよ」そうホウサが言うが、
ホウサは誰が見ても酷く青い表情をしてヒューヒューと息をしている。
「ケトシ、回復魔法を頼むぞえ」
「あいあいにゃ~ん、ルーナエ・ルーチェム・レクペラティオと、
アウジェーリ・コルポリス・ヴィリーブスにゃ」
ケトシが魔法を発動したがホウサの様子が変わる気配はない。
「衝撃的な事件があったショックなのかのお。
ケンジャ様、ホウサさんの具合をどう見るかえ?」
ゆじゅがケンジャ様の方を見て尋ねた。
「僕ケンジャじゃあないですよ~」
「げえっ! いつの間にやらロダになっておるわい」
「ごめんなさい、どうせ役立たずのロダですよ…」
「ホウサさんの具合は普通ではないぞよ、
博識なミルカさんは見当付かぬかえ?」
「すみません~、私医療方面は全くの音痴なんですう」
「僕もって…ええっ!?」ロダがホウサの顔を見て驚いた。
「どうしたの?」とチマがロダを見る。
「この子呪われていますよ!? これは呪術です」
「呪いかえ…、呪いを解けるのは当のホウサさんだけなのじゃが…」
襲撃事件に次いでのホウサの呪いにゆじゅは頭を抱えたくなった。
「僕が男巫なのを忘れてはいません? 呪術ならば専門分野です。
なんとか試してみましょう」とロダは意外な言葉を口にした。
「ほお、ロダ君がやり遂げたなら見直しちゃうな」
チマは話半分に聞いているようで冗談めかして言った。
「やり遂げて惚れさせてみせますよ~」
「ケンジャ様の体で何言ってんのよ。
それに仲間が死んだ直後に不謹慎すぎるわよ…」
ロダはもう一度ホウサの方に向き直って真面目な表情になる。
ロダはひと目見て違和感を感じた。
そして違和感の場所、ホウサのスカートのポケットに手を入れ中を探る。
ロダが「これ深刻ですよ」と言いポケットから手を出した。
ロダの手にはチープなブローチが握られていた。
ふぅっと大きく息を吐くと腰のナイフに手を取る。
左の親指をちょっと切り指から血が流れた。
その血をブローチに擦り付けると徐ろに窓を開ける。
いきなり「アイィ~~~~ッ!!」と叫んでブローチを窓から投げ捨てた。
その声の大きさに部屋にいた者達がビクッとした。
「何をしたのじゃ?」
「呪物を男巫の血で浄化して、大声で気を当てて呪力をなくさせたんです」
「それで治るの?」チマが胡散臭そうに尋ねる。
「いいえ、今のは治療ではありません。
先に呪物を処分しないと治したそばからまた憑いてしまうので。
だからまずは巣を叩きました」
「あのブローチはマルゴーサさんが持っていた物です。
何故だかつい持ってきてしまいまして」
ホウサが苦しそうにしながら言った。
「誘われてしまったんですね。
これは命に関わる呪いです、今なんとかしないと。
マルゴーサさんが持っていたと言いましたね?
マルゴーサさんが死んだのもこの呪いのせいでは…。
持っていたのなら確実に憑かれていたはずですから。
でもあんな厄介な呪物どこで手に入れたのか謎ですね」
指の止血をしながらロダが語った。
軽くボロ布を巻き付けている。
「ケトシ、ロダの血がちょっと多く出ておるようじゃ。
もう一度回復魔法を頼むぞい」
「にゃ、ルーナエ・ルーチェム・レクペラティオ」
魔法の発動とともにロダの傷口はあっという間に塞がった。
「二人共ありがとう。では解呪を始めようと思います」
ロダはホウサの前に改めて立つと祈りを唱え始める。
「デウス マグネ、トゥアス ヴィレス ヴォロ ムトゥアーリ………」
祈りは長く何分も続く。
「こりは精霊語だにゃん」などとケトシが言っている。
「これケトシ、神妙にしておくのじゃ…」ゆじゅがケトシに囁く。
相部屋になっている他の客も興味を惹かれたのか注目を浴びている。
ロダは祈りを捧げつつ体を奇妙に動かし始めた。
両手で片足を持ち残った足でケンケンをしたり、
両手を持ち上げ海老反りになったり、
腕を頭の後ろに回して顔を変な角度に傾けたり。
余りにも奇妙なので他の客たちが指さして笑っている。
だがロダの表情は真剣で真面目にやっているのだろう。
その証拠に額から汗が吹き出ていた。
その動きを見ているうちにゆじゅ達は意識が引かれる感覚を覚える。
ロダの祈りの声は次第に大きくなり始め、
声の抑揚も上下が激しくなってきた。
ゆじゅはホウサの頭の上にオレンジ色の光が見えた気がした。
オレンジの光は明滅しており、
ゆじゅはその明滅がロダの声の抑揚とシンクロしていることに気付いた。
ふと隣を見るとチマもやはりホウサの頭上に視線をやっている。
(チマちゃんにも見えておるのかのお)などと思うゆじゅ。
オレンジの光はやがて色を変じて紫っぽくなってくる。
そして遂にはどす黒い『黒い光』としか形容のしようがない光になった。
黒い光はホウサの顔を包み込みホウサの顔が見えなくなってしまった。
黒い光は嫌な空気を纏っていて嫌悪感を感じさせる。
嫌悪感はどんどんと高まり我慢しきれないという所で、
黒い光がパチンッという乾いた音とともに弾け、拡散して消えていった。
それと同時にロダの祈りが止まった。
そしてロダは微動だにしないで立ち尽くしていたが、
ホウサの頭の上で髪の毛を引っ張るような仕草をして、
その後ホウサの頭をポンと叩いた。
「これで終わりました。
ホウサさんには憑いたばかりでまだへばりついていなかったのが幸いでした。
スルスルと剥がれていきましたよ」そう言ってロダは大きなため息をついた。
「ああ、不安にさせるといけないので黙っていましたが、
実は練習ばかりで本番は初めてだったんですよ~。
ずっと心の中で不安と戦っていましたよ~」と言って安堵の表情を見せた。
「あの黒い光が呪いだったのかえ?」ゆじゅが聞く。
「黒い光? 僕には何も見えませんでしたが」
「ええ? チマちゃんにも見えていたじゃろ?
チマちゃんもホウサさんの頭の上を注視していたからのお」
ゆじゅはそう言ってチマに確認を取った。
「あたし? 何も見えなかったわよ?
ただ頭の上らへんが妙に気になっていただけだわ。
ゆじゅは具現化していない精霊とか見えるから、
同じような要領で何か見えたんじゃない?」
「ぼっきゅんもホウサちゃんの頭上が気になっただけだきょん」
「右に同じく」
チマに続いてコノとズキにも否定されて納得がいかないゆじゅだった。
「ふむう…、それでホウサさんや具合はどうじゃな?」
「あ、はい。重たさがすっかり取れた感じです。
心の中の嫌な物セットが纏めて出ていったみたいな?
とにかく頭がスッキリしています。
今振り返るとあんな不安の塊みたいなものが、
心の中にあってよく耐えていたなと思うわ」
「ほむほむ、それは良かったぞい。
チマちゃんもちゃんとロダのことを見直すんじゃぞ?
有言実行じゃからな?」
「分かったわよ、ロダ君、いい子いい子してあげるわね」
チマはそう言ってロダの頭を撫で回した。
「なんか違うような…」
褒められているのかバカにされているのか微妙な気分のロダだった。