ケンジャとイサゴ3
結
決意ができないまま、更に五年が過ぎたのだぁ…。
十五歳になった位から目に見えてケンジャの容態がひどかった。
毎週地下番になるたびにケンジャの具合がひどくなっているのがわかったのだぁ。
一七歳になった頃にはもう夜も眠れていないのが見てとれた~。
それでもケンジャは正気を保ち続けている~。
わたしは毎日考えたのだ~、一緒に脱出する方法を~。
打ち明けられた時に無理矢理にでも逃げ出すべきだった?
でも、どこに逃げても居場所は魔法で丸わかり。
ケンジャを助ける方法はぁ全くなかったのだ~…。
そしてケンジャを殺すなんて選択も選べないままここまで来てしまったぁ。
わたしはとうとう中侍女の地位にぃ任命されたのだ~。
普通の侍女だった時の門番役とは違くて~、
中侍女は祝福の儀式の間、巫女の支えになる役割なんだぁ。
儀式の時は必ずクレートがいるとケンジャが言っていた~。
もしケンジャと一緒に逃げのびることができたとしてもぉ、
寿命の尽きないケンジャの痛みが~、
永遠に続く事になるなどできないと決断した~。
そう~、ついにわたしはケンジャを殺す決心をしたのだぁ。
クレートがどれくらいのぉ強さなのかは分からないけど~、
避けて通れない事になってしまったからにはぁ戦わなければ~。
そうなると可能な限り早くぅ決行するしかない~。
いつケンジャが切り捨てられてもおかしくない程切羽詰まっているのだ~。
もっと早くに決意できていればぁ、わたしだけは楽に逃げられたのにぃ。
なにもかもが手遅れになってしまったのかもしれない~。
ケンジャは抵抗しないので放置したまま最後に倒す事に決定。
祝福を受ける相手も戦士でない場合は後回し~。
つまるところぉ最大の問題がクレートだろ~。
昔、わたしの風属性魔法をレジストしたと言うことは、
最低でもレベル二以上を扱える魔道士だぁ。
高速詠唱魔法の防御魔法もしくは迎撃魔法を使う可能性も考えてぇ、
完全な不意打ちで先制攻撃しないといけないなぁ。
私が持てる武器はローブに隠せるナイフしか無いので~、
高速詠唱を防ぐためにはナイフが届く所までは近寄る必要があるのだぁ。
けれどもクレートがケンジャの側に立ってるとは限らない~。
なんとかして近寄るチャンスを伺うしかないのだぁ。
後はわたしが人を殺せるのかどうか…。
ケンジャを絶望に追いやったクレートなら怒りに任せてできるかな~。
いや~、やっぱり感情は押し殺したほうが良い。
感情に流されるとケンジャを殺せなくなってしまう、きっと。
余計な事は考えないで機械のように動こぅ。
後は地下番を待つだけ…。
中侍女はスケジュールが入ってないからいつ出番が来るのかわからなぃ。
常に待機室で待機、小説を読んで時間をつぶす。
ちなみにぃ歴史小説が好きなのだ~。
文字? この教会は結構真面目で修道者には勉学を教えているのだ。
だけれども、その教会を根本から潰してやるのだぁ。
中侍女になってから丸一ヶ月何事もなかった。
部屋にいる他の中侍女もぉ動いた気配はない~。
っていうかぁ、この中侍女ケンジャの苦しむ姿を知っていたのか~。
こいつも殺してやりたい~…。
誰も呼ばれぬという事はこの一ヶ月祝福を授ける機会がなかったのか。
ああ、悪い方に考えてしまったのだ~。
もしかしてケンジャはもう限界なのでは。
真っ先に呼ばれたいと思っていた時わたしに声がかかった。
「イサゴついていらっしゃい」とプフィッツナーの声だったぁ。
一緒に行くとするとぉプフィッツナーも相手になるのか~。
しつけのムチは痛かったけれどもぉ、
プフィッツナーが強いとは感じてはいない~。
予定外だったけれどクレートを先に倒せれば障害ではないな~。
隠し事をしつつ従順に後についていくのだぁ。
もちろんナイフは隠し持っているぞぉ。
以前祈祷部屋に置いてあったナイフを拝借したのだ~。
今は夜、外へ逃げれば朝には街の外れにいけるだろぉ。
連れて行かれた場所はやはり地下だった、見慣れた階段を降りていく。
(本当に決意できてるのかなぁ)などと思いながらも降り続ける。
そしてうんざりする程重苦しい石の扉の前についた。
プフィッツナーだと扉を開ける力が弱いのかな~?
開け始めの勢いがつくまで少し時間がかかったのだぁ。
扉は段々と動きを早めていって、そして広間が見えた。
三十メートル四方はある広間にはケンジャ、クレートの他に五人の男がいた。
そのうち四人は壁際にいるがガタイが良くて身長も高い。
(しまった、この様子は巫女の交換だぁ!)
プフィッツナーに続いて平然を装って入っていくけれど頭の中が混乱してる~。
こうなったらもう全員と戦うしかないのだぁ…。
「巫女様お時間です祝福をお願いいたします」とクレートが言った。
クレートはケンジャと祝福相手から八メートル位離れた所に立っていた。
運が全て悪い方向に向いていて絶望を覚えてしまった~。
わたしはそのまま儀式の手順通りにケンジャの横に立つしかなかった。
けどケンジャはいきなりわたしの方に両手を広げて見つめたのだ~。
ケンジャと目があった時、今自分を殺せという合図だと感じた。
なんの根拠もない妄想だと一瞬思ったけれど直感に従うことにした。
どうせ他に何をやっても、この大人数相手に太刀打ちできないのだから。
ケンジャにとっての最後の時…、ごめんね…、やるよ…。
わたしはその瞬間を逃さずケンジャに向かい、
手に取ったナイフをケンジャに突き立てた。
みぞおちから斜め上に入る刺し傷。
心臓直撃だ…、ホントにごめんね…。
感情を波立てないように機械のように無機質に徹する。
この場で取り乱したらぁクレートの思う壺だ~。
刺さっていたナイフを抜いた時、その瞬間に予想外のことが起きた。
初代ハイエルフからルールーの呪いを受けた、
全てのハイエルフたちのぉ記憶が流れ込んできたんだ~。
初代の記憶は生々しかった~。
契約後に不治の病を治すほどの祝福を与えた痛み、
拷問を受けた痛み、絶望を受けた痛み、死の痛み。
それらが自分のものとして蘇ってきたのだ~。
わたしはその痛さに翻弄されてしまった。
今ある状況など全て忘れてしまい歴代の苦しみを全身で感じた。
それは全く抗えるものではなかったのだぁ。
その時悟ったのだ~、契約にはもう一つ記憶の継承もあったのだと~。
もちろんケンジャの記憶も。
やっぱりわたしの直感が正しかったことも理解した。
ケンジャは白金竜からいろんな魔法を教わっていて、
その魔法をこの後の戦いに使えばぁ有利になると考えていたのだ~。
ケンジャは高速詠唱を覚えていたのかぁ。
自分を取り戻した時ケンジャの魔法がわたしの物になっているのを実感した。
わたしにはどの位の時間が経過したのか分からなかったが~、
周りを見渡すと周囲の七人は全く同じ場所で同じ格好をしていたのでぇ、
わたしだけが長い時を経た気がしただけで如何程も過ぎてないのだと思った。
わたしは全身に力を入れて気を張りつめた。
それは良い結果となって、まだ優位にたった状態で動けるようになったのだ。
わたしはナイフを隠すように持っていたためなのか、
他の全員は何が起きたのか分からずぅ、呆然とした様子だった~。
絶好のチャンスだと思いケンジャから受け継いだ魔法の高速詠唱を開始!
高速詠唱は普通の詠唱とは発音から何から全部違っていて、
近くの人にも聞こえないようなヒソヒソ声のような掠れた音で詠唱する。
「……Lv2追風!」
発動とほぼ同時にクレートへの射程内に入り首を横薙ぎにした。
追風は後ろから風を浴びて速力を高めることができるのだぁ。
クレートは手を喉に当て信じられないという表情のまま床に崩れた。
信じられないのはわたしも同じだったぁ。
勝てる算段のつかなかったクレートをぉ、あっけなく倒せるとは~。
「小手先の魔法は効かなかったんじゃないのか~?」
と幼児期の思い出を振り返りながら喋ってしまった。
ついでにクレートの横にいた貴族めいた服を着たデブの頸動脈を断ち切った。
この時広間にはあと五人いたけれど、
男四人は既に気を取り戻しフォーメーションを組み始めていて、
わたしは壁際に追い立てられるように下がったのだ~。
元々巫女を抑える係だったのだろ~、四人は素手だった~。
素手でも如何様にも太刀打ちできる手練れなのだろう。
プフィッツナーは広間の壁際にしゃがみこんでいるので無力と見た。
魔法を使うにしても熱属性攻撃は詠唱が長いので控えようか。
と、一瞬考えているうちに半包囲されてしまいかけていた。
ナイフを落とされないように手首付近を警戒しないとぉ。
あと徹底的に急所を狙わないとぉジリ貧になってしまうのだ~。
そう思っていると左から二人近づきそうな気配だったので奥の手を出す事にした。
「左からもジャッキーン!」
そう言ってローブ左手から新たなナイフを出して二刀流にぃ。
左の男の接近は一時阻止できたけれどぉ実は左手なんて使ったことがないのだ~。
左側の男二人にもそうバレたのか同時に近寄ってきたので急いで次の決断。
左前の男に右手で突きを入れつつ左手で左の男の左手首を狙って下から切り上げ。
突きは外されたものの切り上げは見事に入った~。
男の顔が苦悶の表情になって一瞬ひるんだのだ~。
そして同時に高速詠唱。
「…Lv1風閉鎖!」(五歳の時にクレートに使った足止め魔法だぁ)
これで右の男を拘束、即時に対応の必要な相手は左前と右前となった。
わたしは左前の男に全力であたることに決めて、
上げた左手を相手に向かって下ろし、
引いた右手で相手の右手を突こうとした~。
しかし怯んでいたはずの左の男に左手を掴まれてしまったのだ。
わたしは思うまもなく作戦変更、
右手ナイフの突きを左の男の掴んでいる右手に突き刺す。
うまく刺さり左手が自由になったと思った瞬間に、
突きを出した右腕に左前の男のチョップが入り、
右手のナイフを落としてしまったのだ。
(ピンチ~!)と思うが動じずレベル一の追風で加速して~、
左手で左前の男の胸元に突き~~!。
見事男のみぞおちにナイフが刺さった。
わたしの左手大活躍~。
追風という魔法、詠唱が短い割にぃ想像以上の性能だよ~。
と更に高速詠唱。「…Lv1風閉鎖」
今度は左の男を足止めなのだ。
直後に追加で高速詠唱「…Lv1風鞭!」
これを真後ろにいた右の男に使った。
風鞭と言うのは文字どおり風でできたムチであ~る。
一発受けるだけでショック的な痛みがぁ駆け抜け数分間麻痺状態になるのだよ~。
これで右前の男と一対一に持ち込めた。
「そしてぇ! 予想外の第三波、ジャッキ~ン!」
と言って左胸の内ポケットから三本目のナイフを右手に持ったのだ。
現在の敵勢力一人+半麻痺一人+両手負傷&拘束状態一人。
男達は終始無言で行動している、チームプレイに長けているのだろぉ。
ここで一瞬考えた~、そして右前の男に左手のナイフを投擲ぃ。
ナイフを避ける相手を見つつ同時に高速詠唱。「…Lv1風刃」
右前の男がナイフを避ける所に風刃が袈裟斬りに入る。
風刃は詠唱速度が若干長いのでぇ接近戦ではなかなか使えなかったのだ~。
風刃で胸をかなり深く切ったはずなのにまだ戦意があり近づこうとしたので、
さらに止めを刺すために高速詠唱「…Lv1風刃」
右前の男の喉笛をかき切る。あと二人。
止めを刺したのがギリギリで間に合い、
右の男に入れておいた風閉鎖がほぼ同時にとけて戦いに復帰してきた~。
左の男もまもなく魔法が切れるだろぅ。
このままでは挟み撃ちの状態になってしまう~。
魔力はまだまだあるのだけれども~、
にらみ合っている状況では詠唱する暇がないのだ~。
左の男も両手を負傷しているけれどぉ、
後ろから抱きつかれたり体当りされたら一巻の終わり~。
詠唱のために右手のナイフを投げようかどうか。
右手でのナイフは隠れて練習していたのでぇ、結構自信はあるのだが~。
実践になると心細いなぁ。
その瞬間後ろで気配がした気がしたのだ。
振り向きながら右手ナイフで横薙ぎにした。
いた! 左の男が魔法から逃れて抱きつこうとしていた。
薙いだナイフは見事その男の首筋を切り裂いた。
全くの運だった~、危なかったのだぁ。
急いで振り返って最後の男に面する。
ナイフ一本で一対一。これはもう手首狙いしか無いのだ。
だがこの男速い。出す手にナイフを出そうとしてももう手は引っ込んでいる。
最後の作戦を決めたのだ~。
決意を決めるとナイフを両手で腰に構えて正面から相手に激突しようとした。
だけど相手も上から両手でパンチを振り下ろしナイフを落とされる。
そしてそのまま抱きつかれたのだ。
(決定的チャンス!)高速詠唱「…Lv1風刃!」
男の腹が横に裂けた。そして凄い血が飛び散った。体中に返り血をあびた…。
最後がちょっと危なかったのだ。
左の男が抱きついてこないでサポートに回っていたらぁ絶対に負けていた~。
そして周りを見渡すとプフィッツナーがまだ腰を抜かしていた。
無抵抗なところ悪いのだが目撃者は減らしておきたい。
そう思いつつ高速詠唱の風刃一発でプフィッツナーの命は尽きた。
ケンジャから受け継いだ魔法のお陰で終始優勢に戦えた。
考え事をすることすら辛い状態だっただろうに、
それでもケンジャはわたしの為に最善を尽くしてくれたのだぁ。
逃げる前に体を洗って着替えないと返り血がひどい。
そして戦いは終わって部屋中央のクッションへと向かったのだ。
ケンジャは目を開いたままクッションに仰向けになっていた。
クッションは真っ赤に染まっていてケンジャの死を実感した。
ケンジャの目を閉ざして、体を楽な姿勢にさせて寝かせた。
何故か涙は出なかった、と言うよりも心が全く揺れていなかった。
まだ戦いの時の怜悧さが残ってるのか…。
ケンジャを刺した時に流れ込んできた記憶を思い出した。
告白したときからの五年間、ずっとケンジャは死を望んでいたのだぁ。
その思いの強さをわたしは全く理解していなかった。
ケンジャが耐えていた体の痛みを全く理解していなかった。
分っているつもりになっていただけだったのだ~。
もう一度つぶやく、「ごめんなさい…、そしてさよなら…」
その言葉とともに突然涙が溢れ出してきたのだ。
ケンジャの姿が涙でぼやけていく。
少しの時間だけ目をつむり、クムベクと三人だった時の事を思い出した。
そして意を決して扉へと向かったのだ、もう振り返らなかった。
階段を登っている間、ケンジャを殺した感触と、
二代目以降の歴代がハイエルフを殺した感触がよみがえってきて足取りが重い。
そこでわたしの記憶は無くなったのだ。
ふと正気にもどった時はもうルミナスの街の外へと出ていた。
どの方向に向かって歩いているのかも分からなかったのだ。
小さな丘の上にいて空は既に明るくルミナスの城壁が遠くに見えた。
思ったことは一つ。
巫女となったわたしが行方知れずになればルールー教は崩壊する。
ケンジャが願った最大の望みはこれで叶う。
さてと、どこへ逃げようかな。
確かここから南東の方角にエルフの国があるって聞いたかなぁ。
エルディー国だっけ。
木を隠すには森の中って言うし、エルフ達に囲まれればまず見つからないだろぅ。
「良し、行ってみよっか~」
そう言ってわたしは大戦中の道のりを気にもせずに進んでいった。
ケンジャが十八年生きた全ての記憶がわたしに残っている~。
ケンジャの心ははたして死んだと言えるのか~~?
わたしはケンジャの記憶を克明に覚えている。
わたしはケンジャと溶け込みぃ、わたしの中で生き続けてるのでは~?
そう思った時、ふとケンジャと名乗ってみようかと思ったのだったのだった~。