十人のボーベニルーディ
「皆さん、これがこの地方に伝わる物語で、
私達村人は今この心毒に罹っているのですよ、
オルドジシュカ、どうだい満足できたかい? もうママの元へおゆき」
そう言われると少女は駆け足で走り去っていく。
その少女の後姿にゆじゅとの思い出が重なるチマだった。
「ふうむ、今はその泉とやらはないのかね?」とウエイが聞いた。
「ありますが…、物語に出てくる洞窟に野盗が住み着きまして、
我々は近寄ることもできなくなり病気を発症してしまった次第で」
「出たわね野盗!」とチマが言う。
「噂になってる野盗のことっすね」とマルゴーサ。
「この村も野盗に襲われているのか?」サンサがクラーサ村長に聞いた。
「いえ、ここより北の街道沿いを襲ったりしているようです、
北はトロワイヤ王国との公益が盛んで豊かですので、
ここのような寂れた村は野盗すら寄り付きませんよ」
そう言いつつ自身の言葉に落ち込むクラーサ村長。
村の運営が上手くいかず悩んでいるのだろうとサンサが表情から読み取る。
「どうするのじゃ? 聞いてしまったのであれば放おってはおけぬぞ?」
「あんたね~、危険に飛び込む王族なんて冗談じゃないわよ?」
「あにゃあ…、駄目かのお…」
「駄目です!」
ゆじゅとチマが毎度のやり取りをしている間、
マルゴーサはクラーサ村長の顔を繁々と見ていてふと驚いた表情をした。
「村長殿! もしや貴方はヤクプ殿では!?」
そのマルゴーサの大きな声に一行と村長は驚きの顔をした。
「ええ、私のフルネームははヤクプ・クラーサですが、
どこかでお会いしたことが?」と村長は覚えがなく不思議がった。
「やはりヤクプ殿でやんしたか!
今から数えること二十七年前に私達が野盗に襲われた時、
貴方が人々を率いて助けてくれたでやんしょ、
あの時は冬でやんしたのでフードを被っていたから知らぬでやしょう、
もう助からないと思っていたのに来てくれたのは忘れようもありやせんよ、
その度は誠に感謝いたしやした」マルゴーサはそう言って立ち上がって礼をした。
そのマルゴーサの言葉でクラーサ村長は思い出したのか驚きの顔をした。
「ああ! あの昔の話ですか!
村に住むことになった切っ掛けの事件だったのですからよく覚えています、
あれは凄惨な事件でしたね、間に合わず申し訳ないと思いましたよ」
クラーサ村長は思いがけぬ出会いに顔が緩んだ。
そのクラーサ村長の事を思ってマルゴーサはなんとかしたいと思う。
「ゆじゅ殿下、なんとかなりやせんかね?
あっしの命の恩人であるこの方の村を救ってやりたいんすが…」
その質問に対しゆじゅは更に村長に向かって質問で返す。
「野盗というのは人数は分かっておるのかえ?」
「聞いた話ではどこかを襲う時は五十人前後だと聞いていますが、
根城に留守番がいないとも限りませんのでそれ以上の可能性もあります」
「ふむ、マルゴーサの魔道具は隠密系と暗殺系じゃったな?」
「はいに御座い」
「妾はチマちゃんが駄目というので行けないが、
折衷案としてマルゴーサとボーベニルーディの皆に行ってもらうのはどうじゃ?
万が一その間にこの村が襲われたときを考えてベアダ組の護衛は待機で、
オルジフ殿はボーベニルーディの代表としてどうじゃな?」
「私共も是非とも腕試しをしたいところですな」とオルジフは二つ返事で答える。
意外とまともな答えを出したゆじゅにチマは安心した。
「その妥協案ならあたしも何も口出さないわ、だけれど敵が五十って多くない?
いくらボーベニルーディさん達が強くても限界はあるでしょ?」
「夜陰を襲えば洞窟での戦闘ができるだろう、
そうすれば狭い中で上手く陣形を組め体力がある方が有利だよ、
それに僕らは農耕だけでなく狩猟にも重点を置いているので、
この旅に付いてきた仲間は皆隠密行動に長けているから、
正面衝突にでもならない限りは人数で劣っていても僕等のが有利だと思うよ」
そう答えたのはボーベニルーディ組で二番目に剣の強いマトヴェイだった。
「洞窟での戦闘でしたら効率的に陣形を組め体力がある方が強いですね、
横幅が狭いのなら一度に一斉に襲いかかられる事はありませんから」
続けて兄のアガフォンも乗り気なことを言った。
「それではその洞窟までの道のりに関して村長殿からお聞きしたいですが」
オルジフがクラーサ村長に尋ねた。
「ああ、それならば周辺を記した地図が屋根裏の倉庫にあります、
それと洞窟の通路の大まかな地図もあったはずですので取ってきましょう」
クラーサ村長はそう言うと立ち上がって扉へ向かい、
その後姿に向かってオルジフが「それはありがたい、感謝します」と謝意を言う。
そして集会所には一行だけが残された。
「そう言えば全員の紹介がまだでしたな、
エルフの方々達のことはこちらは把握しておりましたが、
この際に紹介しておきましょう、
まず私オルジフは四名いる剣組の頭を努めることになりました、
実力は次に紹介する兄弟には遠く及びませんが、
それでも達人の域に達していると自負しております、
ですが無謀と勇気を間違えない程度には判断力はあると思っております、
次にボーベニルーディ周辺の村も含めて随一の両手剣の使い手アガフォン。
ですが弓はお世辞にも上手いとは言えませんな、
と言うより弓に興味を持ってはおらぬようでして」
そう言われるとアガフォンが軽く会釈をする。
「続いてアガフォンの弟マトヴェイです、
こちらもアガフォンと僅差の剣の腕をしています、
兄とは違い気が強く前線に真っ先に飛び出すタイプですな、
そして弓は適度にこなすことができます」
「アガフォンとマトヴェイの鍛錬は見たことがあるが見事じゃったのお、
ボーベニルーディ達の腕前はあれを基準にしては見誤るのかえ?」
とゆじゅが横から質問する。
「そうですね、この兄弟の九割程度の強さが我々の基準と思って頂ければ」
そう言うとオルジフは紹介を続ける。
「次が剣組の四人目ですがこれが異色でして、
名はエメリヤンといいまして見ての通り柄が非常に長い剣を扱います、
長巻という変わった武器で槍と剣の中間のような物です、
刃の切り返しが速いですが体力を消耗しやすいという欠点もあります」
オルジフがそう言うとエメリヤンは武器を持って立ち上がり、
少し離れた所で少々剣舞を見せる。
槍のように突くのではなく刃で薙ぐような旋風を思わせる動きだった。
「よお、オレが紹介に預かったエメリヤンだ、中距離は任せてくれな」
そう言ってお辞儀をするとさっきまでいた所に座り直した。
「剣組は以上ですが見ての通り短弓も持参していますので遠距離も参戦できます、
続いて弓手組ですが、弓手組は皆独自の技と矢筒を持ち個性が際立っています、
まず弓手組の頭、通称長弓のクレメンチーナといいます、
こちらも目立つ武器で一際大きな弓が特徴です、
真っ直ぐに動く相手であれば百メートル離れてても命中させる凄腕の女性です」
「野生のゆじゅにもできない芸当だわね…」とチマが呟いた。
「野生ってなんじゃ野生って…」小声でツッコむゆじゅ。
「アタイがクレメンチーナだ、よろしくな、
アタイは目や耳も良くてな、警戒や偵察なんかも得意だ、
弓手組にはアタイ以上に索敵の上手いやつがいるから自らはやらんがな、
まあそういったことでよろしく頼むわ」
クレメンチーナと紹介された短髪黒毛の女性はそう言うと軽く手を振った。
「次にあの大きな矢筒を抱えた女性になりますが、
速射のリーリヤと言われておりますね、
読んで字の如く連射力が化け物じみております、
あの大きな矢筒に入っている七十本の矢を三十秒で射尽くす速さですよ、
またカリスマ性と統率力もあり分隊長を努めています」
「ヤッホ~、宜しくね~」とリーリヤは軽く挨拶をしただけだった。
何処となくパトリの性格を思わせるとチマは思った。
「三人目は三つ手のシードルといいます、
同時に三本の矢を放つ技を取得していてそれでいて命中率が高い、
更に気配に非常に敏感で二百メートル程度に誰かが近づいたら気づきます、
私だと七十メートル程度ですのでその凄さが分かるでしょう」
「気配が分かるだけで普通じゃない…」とズキがこぼす。
「ズキがにぶちんなだけなのでは?」とまたゆじゅがツッコむ。
実はゆじゅも幼い時代のチマとの追いかけっこ経験である程度の気配を察知する。
「四人目は剛腕のオレーク、名の通り剛弓と重矢を使います、
その力は百二十メートル先のプレートアーマーも貫通します、
曲射をすれば四百メートルは届くでしょう」
紹介された男は人一倍大きく腕も太く見るからに強そうである。
「僕の名前はオレークといいます、皆さん宜しくお願いしますです」
その体とは違い高めの声に一人称が僕であった。
エルフ組は会う人全員から印象が違うと言われているんだろうなと察し、
一同オレークの違和感には触れないことにした。
「五人目は曲射のアルテナイと呼ばれてる女性です、
普通の矢と二枚羽の矢の二つを使い分け、
二枚羽の方は横に弧を描いて飛んでいくのです、
更に彼女だけは町住まいの経験があり風魔法を覚えているので、
魔法を補助として使うと矢の威力と命中率が大幅に上がり、
その精度はクレメンチーナを上回りますが、
事前準備なしだと初撃と二撃目は詠唱中になり集中力が落ちるのが欠点です」
アルテナイは立ち上がると深々とお辞儀をした。
ゆじゅのエルディー国ではお辞儀の作法はないので興味深く感じる。
前髪が目の下まで伸びていて表情が読み取れない。
だが他のボーベニルーディとは違い、二十歳程の若さに見え目立つ。
おずおずとした物腰でいかにも内気そうな女性だった。
「ア、アルテナイと申します、皆様方どうぞ宜しくお願い致します」
チマなどはこんな内気そうな人が旅を決意するなんて思い切ったな等と思う。
「アルテナイは他のボーベニルーディとは違いましてな、
母親が長寿のホビットなのですよ、これは過去に例がないことなので、
アルテナイがどのくらい生きるのかはさっぱりわからない、
それでもまあ順当に生きれば人間より長生きするのではないかな、
我々の中でも一番長くゆじゅ殿下にはお仕えできそうで羨ましいことですな、
最後になりますが、影矢のヴィタリー・メレフと言います、
此奴は他の村の村長の次男でしたが私の姪に一目惚れして村に来ました、
姪は昨年事故で亡くなりまして、此度の旅に参加することになったのです、
影矢とは二本の矢を同じ軌道で連射することで二本目の矢が見えなくなる技です、
一本目の矢を叩き落とそうとすると二本目が当たる仕組みですな」
「ちょちょちょっ、なんで俺の時だけ身内話するんだよ! 恥ずかしいだろが!」
ヴィタリーは照れ隠しでオルジフを抑え込む。
「ウエイさん影矢ですってよ? ウエイさんのレアリティが下がっちゃったわね」
チマがそう言ってからかうとヴィタリーが反応した。
「む? そちらの方も影矢がおできに?」と質問する。
その期待の目が辛そうに目をそらしてウエイが答える。
「いや、ワシのは弓の魔道具の性能が影矢なのですよ…、
実力は程々ということにしておいてくれると有り難い…」
「しかしスゲ~な! 弓手組って全員二つ名持ちかよ!
弓手組っていう響きもかっこいいよな、
俺達もベアダ組じゃなくて何か考えようぜ!」
エブロはそう言って興奮している、少年心がくすぐられたようだ。
「あたしが二つ名を付けてあげるわよ、ズバリあんたはドリルのエブロね!」
ロダと出会った日の事を茶化すチマ。
「エブロ・ザ・ドリル! エブロきゅんかっくいいよ!」
コノもからかいモードになる。
ホウサは表情を崩してないが笑いを堪えて肩を揺らしていた。
「なんだよ、下痢便のチマめ!」とエブロがやり返す。
「乙女に向かってなんですって~!」
「チマちゃんいつも自分で腐女子言うとるじゃろ…、決して乙女ではない…、
ちまちゃんに言わせると妾はどうせゆじゅ・ザ・ワイルドなのじゃろな…」
そんな最中女性が部屋へ入ってきて、
「お茶のお代わりをどうぞ」とヤカンからお茶を注いでいった。
「義父は地図が倉庫の奥にあるから、
掘り出すのでもう少し時間がかかると仰っていました」
「あ、お茶美味しかったです、ありがとう御座います」とズキが礼を言う。
みんなにお茶を組み終わると静静と女性は去っていく。
「なあオルジフさんや、エルフ組の事は知っておると言うておったが、
魔法や魔道具などの情報は無かろうて、こちらも詳しく言おうぞ」
「霧の森でゆじゅ殿がお暴れになられた際に、
魔法と高速詠唱は皆身にしみましたが魔道具の方は分かりませんね」
オルジフがそう言うとゆじゅはエルフ組全員のスペックを語りだすのだった。
「うむ、そもそも魔道具は魔法と同じ効果を及ぼすものが多くてな……」