霧の中の鳥・2
ゆじゅが村長宅に戻ると丁度皆んながゆじゅを探し始めようとした所だった。
「あんたどこ行ってたのよ」とチマが勢いよく詰め寄る。
「散歩に行っておったのじゃ、知らんのかえ? 子供は早起きなのじゃぞ」
「うう、護衛対象を見失ったことは陛下に内緒にしておいてよね…、
あとプロイェーチェさんが食事の準備をしてくれているから食卓に行きましょ」
そう言ってゆじゅを後ろから押して部屋に連れて行った。
部屋に二つ用意された食卓に皆んなが座り、
食事を始めるなりゆじゅが話し出す。
「今さっき旅に同行するというアガフォンとマトヴェイ兄弟を見たのじゃが、
正直近接戦ではエルフの者達では足手まといにしかならぬと知った、
よってエルフ組はボーベニルーディ族の補助に努めてほしいのじゃ、
弱体魔法強化魔法を使えるものはそれを主体に、
使えぬ者は弓や魔法で敵の動きを封じる作戦が良いと思うのじゃがどうじゃ?」
その質問に遠隔主体のベアダ組はすんなりと受け入れたが、
遠隔攻撃を持っていないズキが質問する。
「殿下、それじゃあ俺はどうすればいいんです?
って言うかそんなに実力に差があるんですか?」
「ズキは土塁壁とアースノッカー主体の補助じゃのお、
実力については剣に力を入れていたズキは見たら落ち込むと思うぞい、
ズキが戦ったとしたらまず一刀でやられるぞい、
何せ妾でもアクセルを使ってやっと見えたほどに剣の振りが速すぎるのじゃ、
しかも彼らはその剣を普通に避けて反撃に移るのじゃ、
エルディーの近衛達の様に剣を打ち合うのではない、
ほぼ全部避けるのじゃぞ? 相手が攻撃を始める前に回避を始めていたのじゃ」
「はぁ? なんで動く前に避けられるわけ?」とチマが困惑する。
それに対してはオルジフ村長が答える。
「それは動く前に起こる筋肉の張りや目線などで次の攻撃を予測するからですよ、
それ以外にも相手の体勢を崩す事で攻撃方向を限定したりします、
なあに、慣れればできるようになりますよ」と軽く言う。
「無理無理…」とチマが反射的に言った。
「旅の最中に私等が手ほどきしましょうぞ」
「お手柔らかに…」戦闘とは別の意味で厳しそうな予感がしたチマだった。
件の森までは五キロほどあるというので、
集合後に歩きながら打ち合わせをする事にした。
「十人全員が剣は使えるが専門にやっているのは四人なのじゃな?
ではパーティの編成じゃが剣の四人が前後左右を固め、
ボーベニルーディの弓隊は前左右に一人ずつ、殿の補助に三人、
エルフ組は中央から魔法サポート、パトリも中衛で全方位に対処、、
フレヤはポイントマンとしてパーティから二十メートル先行という案はどうじゃ?
教書通りであれば散開するのがが良いのじゃが此度はけが人を出せぬからのお、
あと倒してしまったら相手は霧散してしまうので牽制と防御に務めること、
フレヤとパトリが最終的に捕らえて対処じゃ」
「我らボーベニルーディの方はあなた方の力を知りませんゆえそれで良いかと、
しかし、フレヤ殿はドラゴンなので怪我をしないのは分かりますが、
パトリ殿は大丈夫なのですか?」オルジフ村長が聞いた。
「ここだけの話パトリは生き物ではないので怪我はしない、
それも妾達が追われている理由の一つなのじゃ」
生き物ではないという発言にボーベニルーディ達は一瞬ザワつくが、
詳細を知らせなかった事にも意味があるのだと思いすぐに落ち着いた。
「しかしゆじゅ殿はお若いのに隊形の指示などが的確ですな」
オルジフ村長がゆじゅの指示に素直に感心する。
「宮廷魔道士と士官学校教官から戦術の授業を受けていたからのお、
実戦は初めてなので机上の空論になるやもしれんぞ?」
「いえ、私から見ても妥当な選択だと感じますよ」
お世辞ではなく素直に感心するオルジフ村長。
「ところでオルジフ村長、霧の濃さはどのくらいなのじゃ?」
「聞いた話ですが視界は五メートルほどになるかと思います」
「では、ポイントマンの姿が完全に見えなくなるが大丈夫かえ?」
「ええ、フレヤ殿の足音は特徴的なので音で居場所を把握できますよ」
「それならば構わぬが、霧が深いのなら今回弓兵は役に立たなそうじゃのお」
「そうですな、ですから弓隊は全員片手剣と小型盾を用意したのです、
ボーベニルーディは通常両手剣を使いますが、
今回の作戦に合わせて装備を用意してきました、
鎖帷子も着込んであります、嘴の刺突には役に立たないですが、
爪の斬撃は防げること見込みましたので」
「なんじゃ? 爪の攻撃もあるのかえ?
聞いておらなんだぞ…、エルフ組は下手したらお荷物になりかねんぞ」
「多分大丈夫でしょう、遭遇者の談ではそれほど速い動きではないと言うので」
「それはボーベニルーディの基準なのでは…」とチマが言う。
「確かにそうは言えるかもしれませんが、
強化魔法、弱体魔法というものが私等には分かりませんので、
それ次第で変わってくるでしょう」
ボーベニルーディは基本生活魔法以外の魔法は覚える気がない。
なので魔法というものがいまいちピンとこないのだ。
「百聞は一見にしかずじゃ、オルジフ村長、…Lv2アクセル」
ゆじゅはそう言ってオルジフ村長に思考加速魔法をかける。
「ぬお! 飛んでいる鳥までがゆっくり見えるぞ、小鳥まで射抜けそうだ!」
オルジフ村長は吃驚して周りを見渡している。
他のボーベニルーディもそれぞれに驚きを示している。
魔法は高レベルになると威力を増す以外に選択肢が増える効果もある。
今回ゆじゅが唱えたレベル二のアクセルは、
レベル一の強化版ではなくレベル一の範囲化の効果があった。
森の近くに来ると森の中が灰色で見渡しの効かない様子が見て取れた。
霧は森の中だけで木より高い場所は晴れ渡っており、
森の中に光が差すだけが唯一良い兆候と言えた。
入り口まで到達するとエルフ一行はかなり困惑する。
視界五メートルとは言われていたがそこまで深い霧を体験したことがなかった。
「ううむ、この濃さではパーティの半数しか見えなくなるな」
ウエイが霧を見てそう言うと他の者達も同意する。
「ふむ、作戦が失敗した場合についてじゃが、
捕らわれた者は放置で大丈夫なものだけで撤退するぞよ、
撤退と決まったら一目散にここまで逃げるのじゃ」
そのゆじゅの言葉にムレジが質問する。
「霧の中で方向を見失うんじゃないか?」
「大丈夫じゃ、ケンジャ様から教わった空間魔法があるぞよ、……Lv2刻印!」
ゆじゅの魔法の発動とともに全員の頭の中にこの場所が固定される。
移動してもここの場所が分かるのだというのが把握できる。
「逃げる時は分散してしまうと思うのでオルジフ村長が副官をしておくれ、
次にチマ、ズキと序列を付けるが、
ボーベニルーディと一緒にいた場合は彼らに従ごうておくれ、
やはり咄嗟の移動は地の利の分かるものが率いるのが良いのじゃ」
今までのアホなゆじゅとは違いテキパキと指示を出す事に、
チマはこの旅でのゆじゅの成長を感じた。
ボーベニルーディが方向を確認しフレヤに指示しつつ、
もう一時間は歩いただろうか、魔物はおろか小動物の気配さえなかった。
「そろそろ湖に差し掛かってしまいます」とボーベニルーディの一人が言う。
「ほむほむ、人が多くて近づいてこないということかのお?」
「それはあまり考えられませんな、
今までもこのくらいの人数で送ったことが何度もありましたが、
必ず襲われました、縄張り意識がかなり高い様子ですが…」
オルジフ村長がそう言うが語尾が尻窄まりになり自信がない様子だ。
残念ながらボーベニルーディの十人の中で霧の鳥に出会ったものはいない。
「それでは湖まで着いてしまったら湖に沿って昼まで北上してみようぞ」
「了解です」オルジフ村長が答える。
「しかしいくら地元とはいえよくこの霧の中を案内できますな」
ウエイはそう言いながら少しでも遠くが見えないものかと瞬きを繰り返す。
「狩猟をする弓隊は十年以上もここに住んでいる様なものですからね」
弓隊を率いる一人がそう言った時、
「ゆじゅちゃんここになにかあるよ、来てみて!」と右でフレヤの声がした。
「なんじゃらほい?」とゆじゅが小走りに飛び出していくと、
他の者達が慌てて追いかける。
ゆじゅの目に大きめの茂みが映りそこにはフレヤではなく大きな鳥の姿があった。
「あっ…」と鳥と目が合い思わず呟くゆじゅ。
「ゆじゅっ!」鳥の姿がチマにも見え叫んだが時既に遅く、
『バツンッ!』と強くゆじゅの額に刺さった。
「ぼぎゃっ!」とゆじゅが変な悲鳴を上げあとずさりして崩れ落ちる。
そしてすぐに鳥は霧の中へ消え去っていった。
「こんのガキ~~! 全然成長していなかったわ!
みんな早くゆじゅを抑えて縛って!」
チマはそう言いつつ自らもゆじゅを捕まえようとするが、
「…Lv3追風!」とゆじゅが魔法を発動して鳥に続いて霧の中へ消える。
「げっ! 怪我をしてから十秒も経ってないわよ?
そんな瞬間的に凶暴化するなんて聞いていないわよ!?
凶暴化…、凶暴化? 今ゆじゅ魔法使ったわよね? レベル三?
しかも鬼の様な詠唱速度だったわ……、マジ…?
もしかしてアレが来るの!?
ヤバイヤバイッ! 皆んな陣形固めて!
野生のゆじゅが襲ってくるわよ! オルジフ村長撤退するわよっ!」
慌てふためくチマの焦りの理由が分かるのはパーティの中ではズキだけだ。
ズキも幼い頃のゆじゅを思い出して身震いした。
他の者達は何がなんだかまるで分からないが取り敢えず陣形を組む。
パトリだけは何か面白くなってきたのでニヤニヤしていた。
そこに異常を感じたフレヤがやってきた。
「何があったの!? フレヤみたいな声が聞こえたよ!?」
「さっきゆじゅを呼んだ声はフレヤじゃなかったの?」チマが聞く。
「うん、フレヤは喋ってなかったよ!」
「忘れてたわ…、声色真似る鳥って多いじゃん、それ系の敵だったのね、
フレヤ、ゆじゅがやられたわ逃げるわよ!」
事前にゆじゅが決めていた序列を無視してチマが仕切る。
「チマ殿、どうされましたか? 私が指揮を引き継いで作戦継続では?」
オルジフ村長がチマの様子を不思議そうにしながら聞いた。
「あの子バカだけれども野生になると化け物なのよ!
しかも今まで使ったこともないレベル三魔法使ってくるわよ!」
チマに急き立てられて兎に角一度戻ろうと思ったオルジフ村長だが、
時すでに遅し、「Lv3狂風!」とのゆじゅの声と同時に突風が皆を襲う。
「……Lv2水掩蔽!」と咄嗟にフレヤが防御魔法を唱える。
水掩蔽とは個人の体をシャボン玉の様なもので個人の体を包む防御魔法で、
レベル二でパーティ個々を守ることができるが、
主に衝撃を吸収させる魔法なので矢を防ぐことすらできない。
それでも舞い散る木っ端や転んだ時の怪我を防いでくれ全員無傷で済んだ。
だが突風は森の中で大いに乱れ続け、遂にパーティは分散してしまった。
分断されてしまった後にパーティの皆は、
ゆじゅが森の外で使った刻印が切れていることに気づく。
「うあぁ! クソガキにやられたわ!」と叫ぶチマだった。