ゆじゅの帝王学
翌日の昼過ぎに一行は村にたどり着くことができた。
村はフレヤの言った通りに市街地並に建物が密集していた。
町と呼ぶには確かに小さいが村と呼ぶには良く整備された地であった。
村の入口が見えて少し行くと数人が並んでこちらを見ているのが分かった。
先程穀倉地帯で働いていた農民の一人が一行を見て村へ走るのが見えたので、
その人物から報告を受けて出迎えているのだとは思ったが、
それが好意なのか警戒なのかは判断が下せなかった。
その数人を見たフレヤが「村長さ~ん!」とっ言って手を振る。
その声に答えて入り口にいる人物の一人が手を振り返した。
一行は手を振り返した人物を見る。
一見すると普通の人間と変わりのない容姿の二十後半に見える青年男性で、
黒髪で黄色の肌色をした人物、身長は百七十ない程度で額の傷跡が少々目立った。
一行が話ができる程度まで近づくと、
村長らしき人物は両手を後ろ手にして両足を肩幅まで広げて軽く会釈する。
それがこの種族なりの敬礼の仕形なのかもしれない。
そしてその人物が話し掛けてきた。
「どうも皆さん初めまして、私がこの村の村長のオルジフ・フヴァーラです、
どうぞお気軽にオルジフとお呼び下さい」そう言って握手の右手を差し出す。
その手を取ったのはズキで「このパーティリーダーのズキと申します、
村長自らのお出迎えとは恐縮にございます」と返礼をする。
「旅先の事前偵察でドラゴンを飛ばした方々なので高位の方がいると思いました、
ですから出迎えねば失礼と判断致しましたので」
オルジフと名乗った男性はそう言うと失礼のない程度に一同を軽く見渡す。
ズキとチマとロダは近衛の制服なので側近と判断できるが、
ぱっと見でゆじゅは普通の少女以上には見えずオルジフには判別できなかった。
そもそも高位との予想とは反し全員が徒歩だった事がオルジフには以外だった。
(フレヤを飛ばしただけなのにそんな些細な事でも情報を与えることになるのか)
とズキは思い戸惑う。
少々考えた後(時間的には一瞬だが)ズキは身元を語ることに決めた。
「オルジフさんと仰っしゃりましたね素晴らしい判断力です、
正直に申しましょう、仰る通り私達はエルディー国王女とその一行です、
エルディー国からここの隣国ノミン国までの往復の旅をしています、
こちらがその王女殿下です」そう言ってゆじゅを紹介する。
紹介されたゆじゅはスカートを摘み丁寧にお辞儀をする。
「今紹介された第一王女ゆじゅじゃ、わざわざの出迎え感謝するぞえ」
「これはこれは、このような辺境に王族の方がお見えになられたのは初めてで、
大いに歓迎をいたしたいと思います、
では早速ですが村を紹介しつつ我が家へご案内いたします、こちらへどうぞ」
そう言って手で村の中を指しオルジフはゆっくりと歩き出した。
村に入るなりミルカがオルジフに質問を投げかける。
「あのおオルジフさん、ボーベニルーディはどの部族も武術を修めてますがあ、
敵が存在しないのにどうしてそこまで武術を重要視するのでしょう?」
オルジフはその質問を聞いて軽く微笑んで答える。
「良い質問ですね、ボーベニルーディが短命なのはご存じですか?」
「はい存じてますよお」
「古き時代はボーベニルーディも武術はそれほどでもなかったのです、
当時ボーベニルーディは短命故に何故生きているのかを考えていたそうで、
思考に耽るだけで短い生涯を終える人が相当数いたと聞いています、
いくら考えても答えはでずに同じ考えを頭の中で繰り返す事になりますからね、
そうやって物想うだけで貴重な人生を浪費していた同族達を、
先人の幾人かが見かねてなんとかしようと思ったわけですな、
出た結論というのが考える暇がないほど体を動かしてみようということだそうで、
農作業を終えた後の時間も無駄にしないように、
その空き時間を使って試しに武術をすることになったそうです、
別に武術以外でもなんでも良かったんですよね、
でも武術は比較的習得しやすく、また技術の継承も有利に働きました、
技術を次世代に繋ぐことで生きた意味を実感できる事が分かりましたので、
あ、勿論武術を強要しているわけではありませんよ、
あくまでも他の生き甲斐を見つけるまでの繋ぎとしてやっているだけです、
生き甲斐を見つけた者はそれぞれの道に進み、我々はそれを見送ります、
でも武術を始めてからは殆んどの人々がそれで人生を満足できるようになり、
いつの日か戦闘民族などと呼ばれるに至った訳です」
「なるほどなるほどお、大変に興味深いお話ですう、
あと今歩いていて思ったんですけどお、子供達の姿が見当たりませんねえ」
目を輝かせてその話を聞いていたミルカが相槌を打ちつつ次の質問をした。
「子供達なら民館に集めて係の者達がまとめて面倒を見ています、
これも寿命の問題と関係があるのですよ、
親が子供を育てた場合、育て切るまで寿命がもたないんです、
あと子育てをする場合もそのノウハウを誰かに伝えた方が良いでしょう?
各々が我が子を育てているだけですと経験とその伝達が非効率でして、
なので子育ての専門家を作り技術を集約して次代へ繋げているんです、
我々ボーベニルーディは一事が万事そんな調子で専門職を育てて…」
「……Lv2アクセル!」
オルジフが喋っている最中にゆじゅが突然に魔法を唱えた。
一瞬何が起きたのかと固まった一行だったが、
長年一緒にいるチマは様子を悟ったらしく風刃を発動待機にしてゆじゅに言う。
「なにか気づいたの?」
「今そこで本を読んでいた人物、若い者ばかりのこの村で一目で違和感があった、
白髪交じりの歳でどう見てもこの村の人ではなかったのじゃが、
妾と目が合ってすぐに建物の中へ入って行きおった」
「確かに不自然だが、その話通りなら随分と素人じみた動きだな」
そう言ってサンサも戦闘に備えるが手に武器を取る様子はない。
「あそこは宿屋で昨晩から団体客が泊まっていると報告を受けています、
今の魔法で確信を得ましたがどうやらあなた方は訳ありのようですな、
我が村は排他的ではありませんがそれなりの数の外来客が来た場合、
それに応じた監視体制は取らせて頂いておりますし、
昨日そちらのフレヤ殿が来た時に予感がしていつも以上に警戒を敷いています、
目立つ行動ができずに場当たり的な対処をしているのかもしれませんな」
オルジフの説明を聞いて(やっぱり村社会の監視はキツいのね)とチマは思う。
「じゃあ、敵だとして相手の取れる行動は二つしかないな、
玄関から一斉に飛び出してくることと窓からの狙撃だ、魔法に注意しろ!」
ズキがそう言うとムレジやマルゴーサが子供達を下がらせるが、
ゆじゅは下がろうとはせずフレヤに強化を掛けた後に風刃を仕込む。
敵と立場が逆転していると感じたからだ。
今自分達は待ち伏せているのとほぼ同じ有利さで敵を迎える準備ができている、
この際一気に畳み掛けるのが良いと判断して臨戦態勢になった。
通りに沿って宿の反対側でも気配を察知した村人が警戒しているのが分かる。
彼らがその団体客を見張っていた者達なのだろう。
「二階の警戒は俺とサンサに任せろ、これは逆に相手が袋の鼠だな…」
「待てい、皆んな村人と敵の区別はどうつけるのだ? 本当に敵なのか?」
年長のウエイの一言で先走っていた全員が少し冷静を取り戻す。
ウエイの言うことはもっともで村人とそれ以外を判断できるのは村長だけだ。
「村民は規格物の装備で統一されていますぞ、
剣も盾も全員が同じものを着けているのでそれで見分けられますか?」
村長がそう助言する。
確かにここまでの村中を歩いてきてそうだったなと思い出した一行。
「分かると思います」ズキがそう返す。
そうして全員が戦闘体勢を整えたがだれも武器は構えていなかった。
昨晩にズキが決めたことで村中の戦闘が予想される時は、
初撃をフレヤのレベル二マジックバリアで防いだ後、
一気に遠距離で反撃してから接近戦に入る作戦だった。
その為フレヤは村へ来てから常時マジックバリアを発動待機状態にしていた。
発動待機は五分ほどで切れてしまうためにその度張り替える。
魔力が無尽蔵のフレヤだからできる作戦だった。
宿屋の中。
「おい! 標的が来たぞ!」
白髪混じりの中年がそう言って大部屋に駆け込んできた。
大部屋の中には他に十二人の人間が待機していた。
窓から外を見ていた若い女が言う。
「やはりあの集団がそうだったのか、
ここからでは見づらくエルフだとは確定できなかった、
今奴らは足を止め宿の手前でなにか話し込んでいる、
だが武器に手を取る様子はないから気づかれてはいないと思う」
そう女性に言われた部屋の中の一人が大声出口を入れる。
「くそ! しかし何だこの村の連中は!
どいつもこいつも視線が厳しく待ち伏せもへったくれもないじゃないか!
この建物の制圧でも三人もやられたんだぞ!?
たった二人の宿屋に本職が三人もだ!」
「包丁で至近からの矢を叩き落された時は目を疑ったな…」
「確かにこの村に入ってから気が張り詰めっぱなしで休めない」
喋っている者達の横には仲間と思われる遺体が三つ横たわっていた。
何人かの会話に別の窓を覗いている男が答えた。
「大丈夫だ相手との距離は約二十、
ここから魔法と弩の斉射後に近接組突撃で行ける距離だ、
作戦通り遠距離部隊はここから攻撃する、
近接隊は急いで玄関前で待機、
計画通りここの窓のガラスが割れる音を合図に飛び出せ、
目標は一番髪色の薄いガキの首飾りだ、
殺さずとも良い、とにかく奪ってここへ戻ってこい、
地上組が戻り次第魔道具で飛ぶ、作戦の変更はない」
物腰の穏やかなその男がリーダーの様であった。
その男の言に従い七人の者が部屋を出て階下へと向かっていった。
部屋に残ったのは六人だが一人は非武装だった。
「お前達、乱戦になっても二撃目は入れるからな、
お前達の練度なら味方撃ちはないと思うが、それを恐れずに撃てよ?」
その言葉と共に五人が四つの窓に展開し攻撃の準備に入った。
場面はゆじゅ一行に戻る。
「敵で確定の様子です、宿の中の集団は二つに分かれました、
一方は二階に、もう一方は宿の玄関に集結しています」
村長のオルジフが一行に告げた。
「何故そんな事が分かるんです?」とズキがオルジフに尋ねる。
「武術を極限まで鍛錬するとそういう事は気配で分かるようになるんですよ、
屋内で殺気が立ち込めましたから確実に攻撃してきますよ」
(殺気? 本や話で聞いたことはあるが…)とズキは思うが想像できない。
四十年近く剣術をやってきたズキは、
自分の経験から言って気配など都市伝説の様なものだと思っていたのだ。
「フレヤはバリアいつでも行けるよ」
いつもの元気さで喋ると敵にも聞こえてしまうので声を抑えてフレヤが言った。
フレヤにもゆじゅが強化魔法のアクセルをかけてある。
アクセルという魔法は思考速度や認識速度を上げる魔法で、
使用すると咄嗟の出来事に対しての反応が迅速になるので、
高速の遠距離攻撃が飛んできても対処が可能になる。
「じゃあフレヤは初撃を止めた後は二階に突入してくれ」
ズキがフレヤに指示をする。
「私も下のゴタゴタが落ち着いたら二階に飛ぶね」
そう言ったのはパトリだった。
「そう言えばパトリは変身すれば飛べたんだったわね」
チマがベアダの町でした会話を思い出していた。
「えへへ♪」とパトリが自慢げにはにかむ。
「皆さん、来ますよ!」オルジフ村長が緊張感を持って叫んだ。
ズキは警戒が最大限まで上がり頭の中がチリチリとした感覚に支配される。
チリチリを感じるか否かの間にガラスが割れる音が気がした。
気がしたというのはズキにはアクセルの魔法が掛かっていないため、
知覚しても頭で認識できないほどの刹那の時間しか経っていなかったからだ。
だがそのわずかの時間でアクセル状態のフレヤには充分だったようで、
既にフレヤが一行の前方にマジックバリアを展開していた。
ただ、レベル確定宣言をしないで無言で魔法を発動したので強度は定かではない。
魔法はレベル確定宣言をした時点で詠唱時に練り込んだ魔力が収束するため、
宣言なしで発動すると詠唱時の魔力が大幅に拡散してしまうからだ。
それに備えて詠唱時に多めに魔力を練ることができるのもドラゴンの利点だろう。
フレヤの発動直後にバリアに敵攻撃が命中した音が響く。
アクセルの掛かっているフレヤの時間軸で語ったが、
他の者達にとってはガラスの割れる音と攻撃がバリアに当たった音は同時だった。
敵は窓ガラス越しに攻撃をしかけてきていたためにガラスが割れた。
飛び道具が一通り攻撃を終えたタイミングでマジックバリアが消える。
マジックバリアは味方の攻撃も通さないためフレヤが消したのだ。
みんなが気づくとフレヤは既に宿の窓に向かって飛び立っていた。
そしてそれを見守る暇もなく宿の扉がバンッと開かれ敵が出てきた。
最初に出てきたのは指揮役の暗殺実行部隊の副隊長だったが、
アクセル状態のゆじゅに完全に狙われていて、
ゆじゅのレベル二風刃が腿を切った。
風刃の魔法の場合は使う魔力を威力、速度、射程の三個に振り分けて使う。
ゆじゅは今回そのうちの速度に魔力を多く割いて使用した。
だから殺傷力は微小だが玄関の扉から相手が出て視認した直後には命中していた。
続けて玄関からは沢山敵が出てくるが、
パトリが「ゆじゅちゃんやるね~、四指通槍!」
と言って左手を前にかざしただけで四人が崩れ落ちる。
続いて通常状態のエルフ護衛陣の攻撃が始まる。
チマとズキは地上の残り三人めがけて魔法を打つが、
チマの風刃は一人の腕を切りつけ、ズキのつぶては盾に当たり効果が少ない。
ベアダ組は抜き打ちで弓を番え二階に矢を撃ち込んだ。
その時エルフ一行の想定外の事が起こり、
宿の向こう側道路から敵地上班に数本の矢が飛ぶのがチマ達の目に入った。
その矢はまだ無傷の敵の胴に見事に命中していく。
背後からの不意打ちに敵地上班は何が起こったのか分からない表情をしていた。
その矢で敵地上班は戦闘能力を失った。
そして宿の正面の建物の屋根裏部屋窓からも宿の二階に矢が連続で飛んでいる。
それを確認するとパトリは鳥の姿に変形して残像を残す速さで宿の二階へ消える。
一瞬だけパトリに気を取られたチマが再び地上に目を戻すと、
村人らしき数人が既に敵地上班の無力化に取り掛かっていた。
辺りを見回してみると男女の別なく二十人程度の武装した村人が集まっている。
(これは監視態勢どころか臨戦態勢じゃない…)とチマが村人の手際に驚いた。
「フレヤとパトリが行ったなら二階もすぐに制圧できるわね、
敵は半分くらい村の人がやっつけちゃった?
村人皆んなあたしたち近衛よりずっと強いわね…、
それにしてもエスミラッドで襲ってきたブルッホ達の隊といい、
この敵ギルドの連中ってなんか運が悪すぎない?
シルフの二枚盾相手に弩攻撃だったり、戦闘民族の村で戦闘したり…」
ゆじゅ達にはすっかり慣れた戦場だったが、
ベアダ組の子供達は初めて見た戦いで吐き気を抑えるのに苦労していた。
数分経ってフレヤ達が宿から出てきた。
五人の捕虜を連れている、その内三人に矢が何本も刺さっており重症、
唯一の女性が軽症で残る一人が無傷だった。
無傷の男はゆじゅが見かけた中年で白髪交じりの男だった。
「二階は殆することがなかったよ!
指示を出している奴がいたからそいつを倒しただけ!
この白髪のおっちゃんは非戦闘員だから降伏するって!
あと宿屋さんの人達二人は一階で死んでたよ、
でも三人返り討ちにしたみたい!」
そう言うと敵地上班の生き残りの所に捕虜を連れていく。
敵地上班は三人がなんとか息をしていた。
合計で八人の敵生存者を一行と村の人々が囲う。
「こやつらの正体を聞いても宜しいかな?」オルジフ村長がズキに問う。
「こいつらは我等が殿下を狙ってる暗殺ギルドの実行部隊です、
詳細は国の機密に属する内容なので申せませんが、
殿下は過去にも何度か襲撃を受け警戒していたのです」
ズキは簡素ながらも説明をした。
「ほお、それはさぞ難儀な旅で御座いましたでしょう」
「確かに苦労させられましたね、
さて、…第四部隊か、でこの白髪が偵察部隊と…、あとはコイツラの処遇か」
ズキはそう言って敵生存者を一通り見渡した。
そんなズキの様子を窺っていたゆじゅだったが、
目を細めたと思うと声を張り上げる。
「ズキ、待つのじゃ」
そう言って処遇を考えていたズキを止める。
「何でしょうか殿下」突然の発言に少々戸惑いズキが聞き返した。
「チマ、ウエイ、ズキを抑えよ」そう言って呼んだ二人に目配せをした。
呼ばれた二人のうちチマは直感で、
ウエイは経験でゆじゅの意図を読み取り両脇からズキを抱え込む。
「ちょ! 何するんですか、殿下真面目な場面でお戯れはやめて下さい…」
ズキはそう言いながら抑え込む二人を交互に見る。
「昨日決めたばかりで妾も反論をせなんだが、
妾の権限で今回ズキの指揮権を剥奪するのじゃ、以後パーティは妾が率いる」
「殿下! 冗談が過ぎます! チマもウエイさんもなにしてるんだ!?」
そう声を張り上げて振りほどこうとするが、二人は全力でズキを制止する。
いきなりの仲間割れにベアダ組、ロダと村民は困惑した。
そんな周囲の人々を他所にゆじゅが決断を下す。
「パトリさんや、生き残った敵は今すぐに口封じをするのじゃ」
「そんな殿下! 無抵抗な人間を…」
ズキが言い切る前にパトリが「八指通槍!」と捕虜に攻撃をした。
瞬時に捕虜たちの動きが止まり死んだことが分かる。
周囲の人々はその様子についてこれず置いてけぼりをくらい絶句する。
それに対して説明をするようにゆじゅが話し出す。
「ズキは一日だけ指揮官を努めて一見頼りになりそうに見えたぞよ、
じゃが、それは上辺だけのものでお主には指揮官としての才能はなかったのお、
そう言える理由は今この場でお主が二つ見せたぞよ、
まず一つ目、お主今捕虜を見渡した時に女を見て表情を変えたのお、
表情でパーティの者に考えを悟られるとは何事じゃ、
お主、女を見て捕虜を殺す選択肢を外したじゃろ、戸惑ったのが分かったぞよ、
この状況で敵を生かす可能性を模索しようとしたのかえ?
こやつ等を殺さない可能性は三つあった、
旅に同行させるか村に養わせるか、そして開放するかじゃ、
どれか一つでも叶うと思うのかえ?
これから町をいくつも通過するじゃろう、捕虜を縛って町中歩くのかえ?
それこそ妾達が役人に捕まるわえ、
それともここの村人に一生面倒をみさせるのかえ? 無責任に?」
そこまで言われるとズキはぐうの音もでなかった。
ゆじゅに言われた殺すという選択肢を外したのは本当のことだったからだ。
確かに若い女性を見て情が沸き起こっていた。
というかズキには無抵抗の相手を殺す勇気など持ち合わせていなかった。
三つ目の可能性についてはズキを抑えているウエイが語る。
「三つ目の選択肢はズキさん自身が閉ざしたな、
ズキさんは捕虜の目の前で第四部隊、偵察部隊と口にしてしまった、
ありゃないぞ!? 国境で内密にと念を押されたじゃあないか、
あの発言で国境で出会ったブルッホと言う人物、
果てはその部隊が裏切ったと捕虜にバレただろ、
結果、こいつらを殺す以外の選択肢を奪ったのはズキさんあんただ、
ズキさんあんた多弁すぎるよ」
「そう、指揮官不適合な理由二つ目は、お主軽薄すぎるのじゃ、
ズキは見た目は頼もしく見えても仲間の為の行動に徹しきれておらぬ、
パーティの士気を上げる能力があるのは認めるが、
パーティの安全に尽力する才は一切持ち合わせておらぬ、
それどころか今パーティを苦境に陥らせる選択をしようとしたじゃろ、
妾は指揮官の事は詳しくはない、
妾も認識しておるが妾は常識知らずで世間には疎い、
じゃが上に立つものの責務は知っておる、
人を殺めることはれっきとした悪じゃろう、
悪の反対は普通正義じゃが、正義の内容は人により違う、
正義同士がぶつかれば相手の正義は悪と感じるじゃろうて、
味方、部下を守ることは正義とも言えるが見方によっては悪なのじゃ、
上に立つものはそれを知り悪と知りつつ行わねばならぬこともある、
上に立つ立場の者としての帝王学はケンジャ様から受けたぞよ、
下に付く者の為に個の感情を犠牲にすることやぶさかではないと、
その為、上に立つものの苦難苦境を感受すべきと、
上に立つものは清濁併せ呑み即断せよ、
ズキ、お主にはそれが決定的に欠けておる、
士官学校はものを習う場所じゃが、指揮官の資質は個を捨て去ることじゃ、
捨て去ることを学ぶことは出来ぬ、それは天性の才か経験で得るものじゃ、
何故ならば捨てることと諦めることを殆どの人が混同するからじゃ、
混同するとそれだけでパーティは危機に陥りやすい、
よって今後は妾がパーティを主導する、妾が責任を持って清濁を請け負う、
ズキ及び年長の者達は今後参謀として意見を述べよ、
旅の経験則はムレジ、戦闘はズキその他、
状況により作戦立案する事申しつける、以上意見はあるかえ?」
ゆじゅはそう言い終えたが返事をするものは誰もいなかった。
一番ゆじゅの事を知っていたチマでさえ短かい弁に呆気にとられた。
一緒に住んでいたはずなのにゆじゅの矜持を初めて見知って声が出ない。
正直バカなことばかりしているゆじゅが、
ここまで確固たる信念を持ち合わせているとは知らなかった。
だがチマはゆじゅの発言に納得してしまった。
ゆじゅの言葉に説得力があったのは言ったことをゆじゅ自身が信じているからだ。
ケンジャ様はゆじゅにどうやって教えたのだろう。
学んだだけではなく自身が考えを昇華していると感じた。
チマでさえそう思うのに、
復讐に走るついでにゆじゅの護衛をしていたズキの衝撃は如何ばかりか。
正にぐうの音も出ないことだろう。
エルディー組ですらそうなのだ、ベアダ組の思いはどれほどのことか。
暫く沈黙が続く。
「ズキよ、他の者よ、返事をもとめているのじゃ、答えい」
今一度ゆじゅが質問をした。
「はっ、了承致します」とズキは反射的に答えた。
自分の価値観が壊れ返事をしてしまったのだ。
ゆじゅの弁舌に影響を受けたのは居合わせた村民達もだった。
ボーベニルーディは短命なので種族の子供達の考えも早熟なのだが、
命に関わることをここまで即断できる子供達はいない。
今までの旅でどれだけの経験を積んできたのかと思うオルジフ村長だった。
そのオルジフ村長はベアダ組の子供達の様子を見て早く落ち着かせようと思い、
一刻も早く家に案内しようとする。
「エルフの皆さん、ここは他の者に任せて家に参りましょう、
レスキン! 私は客人達を家に連れて行く、この場は任せた」
その言葉に宿の向かいの建物から出てきた男が返事をして対応を始める。
そうして一行は村長宅に案内されるのだった。