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斥候

 翌朝、ぽつぽつとパーティが起きてくるのを見張りのズキが見ていた。

気になるのはやはりケンジャ様の中身である。

津波の件で何らかの琴線に触れてケンジャ様は壊れていると思っている。

問題はロダが定着しているかどうかだ。

定着さえしていれば戦闘でロダに伏せてもらうだけで皆の生存率が上がる。

この後の旅も狙われっぱなしということにズキは頭を悩ませた。

ケンジャ様がリタイアして戦力は半減以下になってしまった。

ベアダ組の護衛、子供達が共に予想外の戦力を持っていたのだが、

それでもケンジャ様と比べると焼け石に水と言えた。

唯一ベアダ組で実戦豊富なのはベアダ組最年長のウエイだが、

それでも多分ゆじゅよりも弱い。

なによりケンジャ様の精霊達を召喚できないことに焦燥感を募らせた。

当のケンジャ様は皆が起き始めても寝息をたてている。

子供達が騒いでようやくケンジャ様が起きたようだ。

「あ、おはようございます」との言葉で中身はロダのままだと分かる。

「よう、今日から朝夕に攻撃を避ける練習するぞ。

ケンジャ様のその体に傷をつけられたらたまったもんじゃないからな」

「おはようなのじゃ~、まだロダのままのようだのお」

「これからビシバシと訓練しなきゃね」

「ひえぇ、僕は体を動かすのが苦手なんですよ」

ロダが不平を述べるが皆に無視されてしまう。

エルディー組はロダを鍛える気満々である。

「この先に進まないのか?」とウエイがズキに聞いてきた。

「朝食の時に言おうと思ってたんだが、

朝起きてロダのままだったら少し日数を使って訓練をしようかと、

この草原なら敵を待ち伏せるのに適してるだろ?

敵にとっても待ち伏せのチャンスなのに襲ってこないのはどう思う?

俺は町中で襲ってくるんじゃないかと疑っているんだ。

それならこちらの魔法がほぼ封じられるからな。

俺でもそう考えるさ、だから今は比較的安全だと思ってる。

安全なうちに少しでも態勢を整えようかとね」

ズキがウエイに予定を語る。

「ワシらもベアダに戻れる予定がないから一蓮托生だが、

このまま時間を過ごすと帰りが冬になるのは危険じゃないか?

流石に雪の中の旅は耐えられんぞ?」

「最悪の場合は神樹の森で半年過ごす手はあるんじゃないか?」

サンサがそう提案するがチマは同意できないようだ。

「神樹の森の住人が協力してくれたとしても絶対数が少ないわ、

傭兵団なんかに攻めてこられたら籠城もできない場所だから落ちるわよ」

チマは対処の方法が思いつかなく焦っている感じがする。

「以前、傭兵団に襲われたと言っていたな、襲ってきた規模はどのくらいだ?

私は傭兵団などは噂程度しか聞いたことが無いので実感がないんだ」

サンサもベアダの町から遠出をしたことがないので傭兵の実態を知らない。

「エスミラッドで襲われた時は六百人以上いたらしいわ、

ほぼ全部ケンジャ様が一掃してくれたから助かったけれども、

ケンジャ様がいないとなると数十の敵でやられちゃうかもね」

「ケンジャ殿はそんなにべらぼうに強いのかい…」

ウエイが興味を持って尋ねる。

「どこか抜けた所があってピンチを招く時もあるけれどね…。

正面切って戦えば一個小隊くらい一発で吹き飛ばしていたわよ。

正直みている私が気持ち悪くなるほど圧倒していたわ」

「ふむ、大人数の敵もありえるか、パトリの雷撃に期待するとするか」

「先日見せてもらったパトリさんの雷撃はケンジャ様の爆轟塵並みね。

でもやっぱり町中で襲われたらどうしようもないわよ…」

「襲われるなんて怖いですよ~」

「ふええ、ケンジャさんがいないのに襲われたら勝てないですよお」

ロダに合わせてミルカも泣き言を言っている。

「ミルカさんはエスミラッドで襲われた時にちゃんと動けてたでしょ。

その時のように言われた通りにしてくれれば大丈夫よ。

問題はロダね、戦闘になって逃げ出さすようだったら放ったらかすわよ。

私達はあくまでも子供達の護衛なんだから」

恐怖の表情をあからさまにしているロダを見てチマはため息をついた。

「あの~、私の防御用の魔道具をロダさんに貸しましょうか?

その場にいても身を隠せる魔道具で、本来は隠密用に作られたそうです。

これを付けていればかなり至近距離にならないと気づかれないと思います。

今言いましたが接近戦だとバレちゃいますが」

そう言ってホウサが玉虫色のバッチを取り出した。

形は細長い昆虫の胴体のようで大雑把に作られている。

虫型の気持ち悪さは全く感じずネクタイピンの様な構造になっていた。

「ホウサちゃん、それは役に立ちそうね。

でもホウサちゃんはどうするの? あなたの身を守るのに必要じゃない?」

チマがそうホウサのことを心配したがホウサは微笑んで返した。

「私はまだ他にも魔道具を持っていますので心配いりませんよ。

それに、敵が近づいたらパトリが盾になってくれます。

パトリが攻撃を見切ってくれるので私は大丈夫ですよ。

心配していただいてありがとうございます」

ホウサがそう言ってチマに微笑む。

「いいな~、あたしもパトリちゃんが欲しいわ」

「フレヤがいるもん!」むっとした表情(?)でフレヤが割り込んでくるが、

「あんたも範囲攻撃ができたらね…」とチマが残念そうに言う。


 その日はロダが攻撃を避ける練習をしていた。

ロダ自体は戦闘はからっきしだったが、

ケンジャ様の体が体捌きを覚えていたようで避け方をサクサクと覚えていった。

それは知らない人が見たとしたら魔道士とは思えない動きで、

近接戦に強いムレジも認める所だった。

「この体軽いですね、僕の元の体よりよく動きますよ」などとロダが言う。

「うん、ロダは要領がいいな、この調子で続けてくれ」とズキが言うが、

「こいつ褒めちゃだめよ、昨晩自分の胸を揉んでた変態よ」

冷たい視線でチマが言うとロダが慌てる。

「だって、年頃の僕じゃあ女性の体に興味ない方がおかしいですよ…」

会話が聞こえたホウサは少し引いたが、サンサなどは『そうだろうな』と思う。

エブロなどは『俺にも揉ませてくれ~』と近寄ってくる。

「嫌ですよ! 男が乳を揉まれるなんて、自分に当てはめて考えて下さいよ!」

等茶々が入って中々進まない護身の練習だった。


 訓練に明けて日が暮れてまた日を囲む時間となった。

「うん、数日あれば敵が来た時もロダは避けれるようになるだろう」

ロダの指南をしていたズキが言う。

魔道士のケンジャ様が機敏だったのはゆじゅには以外だった。

「ケンジャ様ってそんなに動けるのかえ?」

「あ~、ゆじゅは知らないのよね、

サイリスタで戦った時はあたしよりも強かったわよ」とチマが言った。

「ふ~む凄いのお、それはそうとして気になっておるんじゃが、

パトリさんは変身するんじゃろ? 服はどうなるんじゃ?」

そのパトリは目がキラリと光った。

「この服も私の一部なんだよ」と言う。

「……、パトリさんや、…思っていたのじゃが服装のセンスないのお…。

その頭と足のバンダナ…、いつの時代の流行りじゃ?」

「が~ん、私ってセンス無いのね~…」

「あ~あ、皆んな黙っていたのに」とホウサが暗に認める。

「うぁ、ホウサちゃんも思っていたのね、言ってくれれば良いのに…」

「好みなのかなと思って言わなかったのよ」

「そんな訳ないじゃない~」とホウサをポカポカ叩いていたが、

突然に表情を変え視認できない程の速度で草むらに走り込んでいった。

「なんだなんだ?」とエブロが驚いていると、

ホウサは片手に一人ずつ、二人の男女を引きずって戻ってきた。

男女は暴れているがパトリはびくともしない。

パトリは焚き火の近くまで来ると「敵つかまえたよ~」と笑顔で言う。

皆に囲まれて男女は観念したようで大人しくなった。

「敵? あれホウサさんの動体探知陣で人の接近は分かるんじゃないの?」

チマがそう言ってホウサを見るとホウサは動体探知陣を出して調べる。

「あ! 私の魔力が尽きて動いてなかったわ!」

ホウサがやらかしたという表情で縮こまる。

「じゃあ、ズキにその魔道具使わせておいて頂戴、

ズキなら魔力量が多いから尽きることは無いと思うわ」

「本当にごめんなさい」とホウサが謝り魔道具をズキに渡し使い方を教える。

「マイロ君の舞風の魔道具は大丈夫?」とチマがマイロに話を振る。

「だ、大丈夫です、僕はお兄ちゃんと交代で使ってるから」

「そう良かった、ホウサさん謝る必要はないのよ、

護衛組が対処するべきだったのをあなたに頼っていたのが悪かったの」

「しかし油断しすぎていたな、

十五人の部隊以外にも敵だらけな事が頭に入っていなかった」

「で、あなたたちは誰を狙っていたわけ?」とチマが男女に聞いた。

ゆじゅとホウサが狙われているからどちらか聞いたのだが、

男女は質問の意味が分からないようだった。

「お前達が狙っていた標的の名前だよ」とズキが詰め寄る。

男のほうがゴクリとつばを飲んだ後に語りだした。

「ホウサという少女を狙った後に、

パトリという魔道具を持ち帰るように上官から命じられたんだが…。

俺はいいからこっちの女の方は助けてやってくれないか?」

(そうか質問が分からなかったんじゃなくて、

喋ったら用無しとして殺されると思っていたのね)

チマは自分の勘違いを知った後にホウサを見たらホウサは涙を浮かべていた。

(ホウサが狙われたということは村長はもういないという事ね…)

「お前達二人だけなのか? いくらなんでも戦力にならんだろ?」

ウエイが二人に聞く。

「我々は斥候で後続部隊が続進しているはずだ」

「その数は?」

「トゥゴマ公の親衛隊二個分隊だ」

それを聞いた一行の何人かがため息をつく。

「この場に留まっている事もできなくなったな、

追手が来てるんじゃ待ち伏せを知りつつ先に進むしかないんじゃないか?」

ズキがそう提案するがチマの意見は別だった。

「先に追手をやっちゃわない?

フレヤとパトリが先頭きってあたし達は遠隔撃ちまくれば行けない?」

「チマ、ケンジャ様がいた時のノリで作戦を考えるなよ。

ケンジャ様がエルディー組の戦力の七割くらいを担っていたんだからな」

そう言われて今までの戦闘が有利だったのはケンジャ様のお陰と思い出すチマ。

「ワシもその作戦は多分きついと思うぞ。

トゥゴマの親衛隊と言えばエルフも多い。

レベル三の魔法を使える奴もいると聞いたことがあるしな」

ウエイがそう言って唸る。

「この二人の言う人数も安易に信じるわけにもいかないしな…」

サンサもウエイに同意して続ける。

「さて、こいつらはどうする? 敵の前で作戦会議するわけにもいくまい?」

その言葉にビクッとする二人。

「無抵抗の人を殺めるのは流石に気がひけるわ。

あたしの捕縛縄で手足を縛って道に転がしておきましょ。

放おっておけば敵の本体が見つけてくれるでしょ」

チマがそう言って荷物から縄を取り出す。

ゆじゅと初めて市場に行った時にゆじゅにくくりつけた魔道具だ。

生半可な魔法などでは切断することができない、

ムサフィーリ教官から譲り受けた地味に強い魔道具である。

「甘いのお、後々敵が二人増えるだけだろうに」とウエイがチマに言う。

「大丈夫よ、解けないように縛るから敵の足止めにもなるわ」

「ワシが敵の立場だったらその二人は放置して追跡するがな」

ウエイのそのセリフを聞いて男女の表情が変わるのを見たチマは、

ウエイと同じ考え方をするような指揮官がいるのだろうと感じた。

路上で男女を結び終えたチマは「しょうがないわね」と言って魔法陣を描く。

「三日が過ぎたらその縄が自壊する魔法陣を組んだわ。

それならば見捨てられても死にはしないでしょ」

チマは男女に向かってそう告げた。

「チマちゃんはいつの間に魔法陣を使えるようになったのじゃ?」

同居しているゆじゅも知らなかったようだ。

「休みの日にムサフィーリ教官から教わっていたのよ。

ゆじゅと違って旅の準備は怠っていなかったのよ」

「妾が魔法陣教わろうとしたらビンタしたくせに…」

「あたしに使おうとしたからでしょ!」

「チマも殿下もやめないか、斥候が来てたって事は敵はもう近いんだ。

キャンプは中止して夜のうちにでも進んでおこう」

ゆじゅとチマのやり取りに慣れているズキがそう促した。

「そうだの、少しでも進んでおいたほうがいいかもしれん」

ケンジャ様が使えない今、

一番年上のウエイのその言葉で一行は先へ向かうのだった。

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