男巫ロダ
レトレ王国へ入ってからは暫く森と草原が交互に続き、
町も村もない野宿の日々が続いていた。
春の乾季もいつの間にか過ぎ去り雨に降られる日も出てきた。
レトレ王国は人口の割に国土が広く未開発の土地が多いのだ。
なので雨の中の野宿を初体験する者も多く、
体調を整えるために急ぐわけにもいかなかった。
今ゆじゅ達は草原の中にスペースを作り焚き火で暖を取っていた。
春は過ぎたと言えども大陸最南端に近い所なので夜はかなり肌寒い。
かなり大きな焚き火なので夜の草原では目立ち、
更に薪がないために生木を燃やしていたので煙も多い。
それでもくつろげているのはホウサの動体探知陣という魔道具のお陰だ。
百メートル程度の範囲内の生き物の動きを探知すると警告を鳴らす魔道具だ。
味方の動きには反応しないように十メートル以内だと探知しないという。
まだ夜は浅く皆んなでわいわいとやっていた。
「ズキきゅんが火を付けてくれるから焚き火が楽だね~」
ズキにぺったりとくっついているコノがズキを褒める。
コノがズキの被っている毛布に入り込んでいるのは毎度のことで、
初めは止めていたズキも最近は諦めてしまっていた。
「ぶ~! フレヤはレベル二の蓑火使えるんだよ!
ズキの修行のために役を譲っているんだから!」
フレヤが本来は自分の役なのだと自己主張している。
「三十年生きているドラゴンならレベル三くらい欲しかったわ…」
チマは相変わらずの毒舌。
「チマちゃん! そう言うのは本人のいない所で言うんだよ!
ちゃんと陰口言わないと! 女の子の嗜みだよ!」
「あ~、はいはい…、どうせあたしは腐女子ですよ…。
ってかフレヤって女が陰口叩くなんて話どこで仕入れてきたのよ…。
男だって陰口の一つや二つ言うもんだわよ?」
「ん~? パパから! ママが陰口凄いからあんな女になるなよって言ってた!」
「その発言って何気にパパをディスってない…?
ってかそのパパの言葉って陰口でないんかい?」
「反抗期なんだよ!」とフレヤは冗談を言って笑った。
「父上から聞いたぞよ、フレヤのパパっておっかないんじゃろ?
教育的指導でドラゴンの尻尾ビンタが飛んでくるって聞いたのじゃ」
「あ~! あれは痛いね~!
パパの前で今みたいな冗談言ったら尻尾ビンタ飛んでくるよ!」
「マイロ坊っちゃん、この道中やけに無口っすね」
マルゴーサがマイロの様子をうかがう。
「あ、いや、普通だよ普通…」両手を振って否定するマイロ。
「マイロ君ね~、ゆじゅちゃんを意識しちゃってるのよね!
さり気なく隣を歩いたりしてるもんね!」
とコノが横から冷やかしを入れる。
「うああぁぁ、違うよお~~!」と真っ赤な顔で否定するマイロ。
「なんですって~! あたしが許しません!
あたしより早く彼氏なんか作られてたまるもんですか!」
とチマがマイロに釘をさした。
「本音が出たのお…」とゆじゅ。
「そう言えば先日は出し忘れてたんだけど俺には必殺の魔道具があるんだぜ!
大昔にルミナスの白金竜が作ったとされるこれだぁ!」
そう言ってエブロが出したのはどう見てもただの紐である。
「必殺?」少しだけ興味の出たズキ。
「このハチマキから回転ドリルがでて必殺の頭突きができるんだぜっ!」
そう言ってエブロがハチマキを付ける。
「とうっ!」という掛け声と共にハチマキからユニコーンの様な角が伸び、
キュイーンと音がして回転を始める。
「アヂ~~~~ィッ!」と叫んでエブロがハチマキを外した。
「熱い熱い熱いっ!」と言って地面を転げ回る。
「回転して摩擦熱が出たんですね」ミルカが冷静に分析した。
「あ、アホじゃ…、白金竜がそんなモノ作るわけなかろう」
「いえ分かりませんよ、白金竜が作った可能性は高いですう。
白金竜ってそういうバカなもの作る癖があったと言い伝えられてますから」
ミルカがそう説明しつつも笑いをこらえている。
「でもエブロきゅん! 普通は自慢する前に試してみると思うよ!」
「そろそろ干し肉の煮込みはできたかのぉ」
と孫の馬鹿さ加減を誤魔化すように鍋を覗くウエイ。
「おじいちゃんご飯は昨日食べたでしょ!」とコノがからかう。
「そうか、食べたっけか」とやりかえすウエイ。
「ふふ、皆んなと居ると和むわ」
そう言うホウサはまだ父親の事が頭から離れていないようだった。
その時「あれ? 君たちは誰?」との声がした、ケンジャ様だった。
ケンジャ様は周りをキョロキョロと見て驚いた様子。
「…この声……」と言って手を口に当てると肘に胸が当たる感触があった。
「え…」と言って胸を触ってみる。
「ケンジャ様がまた何か受信したぞえ…」
ケンジャ様の異変に慣れてきたゆじゅがその様子を見てそう言った。
「賢者様?」とケンジャ様がゆじゅに聞き返してきた。
「お主の名前じゃぞ…」
「え…、……どうなってるの?」
そう言ってもう一度ケンジャ様が周囲を見回した時にチマが寒気を感じた。
いつものケンジャ様とは動き方が全然違うのだ。
「…あなた…誰?」と恐る恐るチマは聞いてみる。
一同はそのチマの質問に驚いた。
しかしケンジャ様にとってその質問は救いだったようですぐに答える。
「僕はルールー教の男巫クロの子ロダって言います!
男巫って言うか男巫になった所というか…。
教父様から男巫になる儀式を受けろと言われて受けた所で記憶が…。
あなた方がエルフだということはルールー教の方々でしょ?」
そう言うとハッとして自分の耳を触りエルフであることに安堵する。
チマが一同を見渡し「ルールー教って聞いたことある?」と聞く。
皆んな首を横に振って知らないと答える。
それをみたケンジャ様…ロダは知らない場所に放おり出されてると気づく。
「ここはルミナスではないんですか…?」と恐縮しながら聞く。
「この草原を見て大都市ルミナスと思うのかえ?」とゆじゅが答える。
「え、大都市? ルミナスは村ですよ?」
「はい! ルミナスが村だとのお言葉頂きました!
このひと? え~と、ロダさんでしたっけ? 昔の人じゃない? 幽霊?」
コノが元気な声で意見を出す。
確かにルミナスを村と言うならそれ相応の時代の人だろう。
世界には他にルミナスという地名はない。
「やはり受信したのかえ…」
「ロダさん、今は創世何年?」とコノが質問する。
「は、八二年じゃないんですか?」
「うあ、随分古い人を受信したものじゃのお…」
「残念、今は創世七五三年だよ、ルミナスは何百キロも先。
今ぼっきゅん達はエルフの聖地神樹の森に旅をしている最中だよ!」
コノがロダにそう説明した。
「七…、ああ…、人を殺してしまった天罰なのでしょうか…」
ロダはそう言うと俯向いてしまった。
「ならあたし達エルディー組は皆天罰受けているわね」とチマ。
その言葉に反応したのはマイロだ。
「え? もしかしてゆじゅちゃんも…?」
「うむ、天罰組じゃあ」屈託なく答えるゆじゅにマイロが絶句する。
「エルディー組は大冒険をやってきたのよ」とチマが補足する。
ついさっき許しませんとか叫んでおきながら、
なんだかんだ言いつつゆじゅをサポートしてしまうお人好しのチマだった。
ロダはエルディーと言う単語に反応した。
「貴方はエルディー国のエルフなのですか?」
「エルディー国のエルフは四人ね、貴方も入れてね」
「ケンジャ様はルミナス生まれじゃろ?」
「あ、そっか、失念していたわ」
「元々は僕もエルディー国生まれなんですよ、
新興宗教のルールー教の教父カルーゾ様に誘われてルミナスへ行ったんです。
そこで男巫になるために呪われてしまったエルフを天へ返すのが最初の仕事と、
そのエルフの元へ連れて行かれたんです。
そのエルフの女性は見ているだけでも辛いほど激痛に侵されていまして、
最早激痛で食事もできない末期症状の様子だったんです。
それで渡されたナイフでその女性を…」
ロダがそう言って肩を落とすと手に何かが当たった。
ロダが腰についていたそれを見て愕然とする。
「こ、…これです! このナイフを使ったんです!」
そう言って腰のナイフを鞘ごと皆の前に置いた。
「は? 本当に?」とチマが聞き返す。
「間違いありませんよ! 僕にとってはつい先程の事なんですから!」
「俺が士官学校時代にケンジャ様に会った時には既に持ってたナイフだな」
置かれたナイフの鞘の柄を見てズキが言った。
「一体どういう事よ…」
そう言うチマにゆじゅがチマにだけ聞こえるように耳元で小声で話し掛けた。
「触れない方が良い話しやも知れぬぞえ。
以前ケンジャ様は追われる身と言うておったじゃろ。
妾の予想では多分その辺に関わってくるぞよ。
ケンジャ様の安全のためにも話題は変えたほうが良いのじゃ」
チマは一瞬呆けたあとに言った。
「あんたって時々ケンジャ様の子供なんじゃないかと思うわ。
そういう直感ってケンジャ様とそっくりだわよ…」
そして皆んなの方を見るとチマは続ける。
「はいはい、ケンジャ様の都合でこの話は終わりよ。
この娘は今から心は男のボクっ娘ロダ君です、以上!」
突然に話を切り上げられて唖然とする一行。
「以上って言われてもなあ、少しは説明がほしいぞ」とサンサが言ってくる。
「ケンジャ様やロダ君の事を追求すると追手が増えるかもしれません、以上!」
「追手ってなんですか?」恐る恐るロダが聞く。
「文字どおり敵に追われているのよ、そして多分待ち伏せもされているわ。
あたしとしては知りたいのはロダ君の素性よりもその戦闘力だわね。
貴方は戦えるのかしら?」
「せ、戦闘なんてとんでもない! 全く戦えませんよ!」
「ああ~、ちょっと期待したのにい」
「最近のボーッと空を見ているケンジャ様よりましかもな。
いざ戦闘って時にあれやられたら守れないぞ」
ズキは悔しがるチマにそう返答しつつもやはりため息をつく。
「だがいつまた抜け殻に戻るか分からんだろ」
ウエイがロダを見ながら言った。
「確かに…」とズキも相槌を打つ。
「まだ諦めないわ、あんた、なんか一芸はないの?
ミルカみたいに博識で役に立つとか、なんかあるでしょ?」
「幼少期から思っていたのじゃがチマちゃんの諦めの悪さは一級品じゃのお…」
「芸ですか、………あ! これなら他の誰にも負けない自信があります!」
「ほう誰にも負けないとは凄い自信でやんすね」
マルゴーサも興味を持ったのか話を聞こうとする」
「ええ負けませんよ、僕は母のモノマネが大得意で父親も絶賛してい…」
『バチンッ!』ロダの頭にチマのビンタが炸裂した。
「何するんですか!? 」
「誰が一発芸の話をしろって言ったのよ!
しかも家族限定のローカルネタ!」その後もロダの頭をポカポカと殴る。
「ち、チマ、それケンジャ様の体だそ」ズキが慌てる。
「ケンジャ様にビンタとか…」とゆじゅも呆れている。
「会話の流れを読まないロダも相当だがな…」サンサがため息をついた。
「チマさんその前に、ロダとやらが彼女に定着するとは思えないのだが、
ケンジャ殿は数人の人格をとっかえひっかえしてるだろ?」
ウエイが不審に思い言う。
「こんなバカいてもいなくても同じでしょ…」とチマが言うが、
「やっぱり空を眺めているだけのケンジャ様よりは邪魔にならないよ、一応」
とズキが思いを告げる。
そうして夜が更けていき食事も済ませて皆んな寝る時間となり、
夜中に寝ているふりをしてロダが自分の胸を揉んでいるのを、
見張りのチマが見つけ渾身の力で蹴っ飛ばすのだった。