別れ
かなりの時間が過ぎてもウエイが帰ってくる様子がなかった。
「あの御仁は一体何をやっているんだ?」
待ちくたびれたムレジが待ちくたびれて貧乏ゆすりをしている。
「事件に巻き込まれたのかもしれない、ムレジ見に行ってみよう、
マルゴーサ、あんたはこの家を守っていてくれないか?
何が起こるか分からないからな」そう言って物言いたげにケンジャ様を見る。
ケンジャ様がサンサに向かって頷くのを確認すると、
サンサはムレジを誘い食材屋へ向かう事にする。
町長から店の場所を聞くとサンサも知っている店だったようで早速出ていった。
サンサ達が食材屋へつくと人混みで溢れかえっている。
何かと思い店に近づこうと人を押し分け一番前に出ると役人に行く手を遮られた。
「これ以上は近づくな、従わなければ逮捕するぞ」
役人は高圧的に言いサンサを押し戻す。
「待てよ、だいぶ前にこの店に知り合いが訪ねたはずだ、居場所をしらないか?」
押す役人に負けじと足を踏ん張りながらサンサが追求する。
辺りを見ると役人が何人もいて余程の事が起こったのだと感じ取り、
真剣に役人に立ち向かった。
鋭い眼光を見て役人は圧力を止め「その知り合いの名は?」と聞いた。
「ウエイという」様子が変わったと思ったサンサも抵抗をやめ答えた。
「ああ、その男なら事件の発見者として話を聞いている所だ。
雑な扱いはしていないからどうか安心してくれ」
「事件?」とムレジが聞く。
「上司からは他言無用と言われているがどうせ昼には皆に知られるから良いか。
この店の家族四人が全員殺されていたんだ。
彼は事情徴収が終わったら開放するからこの場は抑えてくれ」
その言葉で今回の事件が予想外に大きな事に発展しているとサンサ達が思う。
「サンサ、ここにいてもしょうがない、とりあえず報告に戻ろう」
ムレジはそう言ってサンサの袖を引っ張った。
サンサは店を気にしつつムレジに連れられて戻っていった。
サンサ達が報告を済ませると事態が大きくなったことに皆沈黙した。
全員が大部屋に集まり旅用の保存食で朝食を済ませていた。
その後すぐにウエイが帰ってきた。
まず先に口を開いたのはケンジャ様だった。
「その店はぁ、町長がお得意にしていた店だったのか~?」
ホウサ以外の子供とエルディー組は今回の件を聞かされておらず、
食べ物に毒が混入していたとしか思っていない。
だがゆじゅはケンジャ様の様子を見て、
深刻な事を問う時の口調だと感じ無意識に身構えてしまった。
「確かに懇意にしていた、ああ、あいつらが死んじまうとは…」
町長はそう言うと肩を落とした。
死んだと言う言葉で状況の知らない者達は相当な事が起きたと気づいた。
子供たちは大人のチマやズキにも内容を聞かされていないことから、
この事件について質問をすることはいけないんだとなんとなく感じ取った。
少しの沈黙の後に町長が口を開いた。
「みんな、急ぎ準備をして今日中に旅立ってくれ。
何もなくば日が落ちる前にゴールノイェ・ポーレの村に着けるだろう。
それからホウサ、私の部屋に来なさい。
あとポラ、お前はすぐに着の身着のままで実家に帰れ。
ムレジ。ポラの実家は知っていたな?
送って行ってやってくれ。
これがポラの今月の賃金と置いていく荷物代だ。
退職金分は持ち合わせていなかったので、
代わりに売れそうな貴金属を入れておいた。
これもムレジが持ってやってくれ」
町長はそう言うと問答無用でテーブルにお金をおいて、
椅子から立ち上がり部屋から出ていこうとした。
「町長待ってくれ、何の説明もないのかよ!」サンサが大声で町長を非難する。
「話した所でどうしようもない…」町長はそう言って退室した。
「私達も理由を知りたいわ」空気の読めないチマがケンジャ様に聞く。
ズキはケンジャ様を信じているので、
ケンジャ様が町長の案を取るのであれば文句はないとばかりに旅の準備に入る。
「堪えよ、少なくともぉ、エルディー組が口を挟む問題ではないのだ~」
「ベアダ組も知らなくてもいいことだぞ、この件はこの家の問題だ」
ウエイがそう言ったのは訳がある、つまりは諦めてしまったのだ。
ウエイの頭の中でこの事件はトゥゴマ公国の公王の仕業と断定している。
国の頂点にいる、権力を恣にする人物が相手。
ここにいる数人が対抗しようにも勝機はない。
ましてやエルディー組には一国の王女がいる、事があっては大変だ。
一刻の猶予もないまま対策を考えて時間を無駄にする事は悪手だ。
最悪でも子供達だけは助けるつもりで町長の案に乗った。
所は代わって町長の部屋には町長と娘のホウサが二人でいた。
二人というのは正確ではない、生きた魔道具パトリも同席していた。
「ホウサ、話の内容は大体分かっているだろう」
町長は自分の椅子に座ると気落ちしながら言った。
ホウサもソファーに座りそれを聞き、パトリも横に座る。
「ええ、今朝の話ですね」ホウサも真剣な面持ちで返事をする。
「相手の目的は間違いなくお前の持っているパトリだろう。
発見当時金槍として見つけたが魔力量が圧倒的だった魔道具だ。
敵はこの国の主で欲の権化トゥゴマ公ムィス、彼は私の手には負えない相手だ。
私が若い頃にアー・ディヤジュア帝国に冒険に出た話はしたな。
そこの迷宮で数多くの魔道具を見つけてそれを資金に町長までなった。
それでお前には言っていなかったんだが、
かなり売り払ってもまだ結構な数の魔道具を秘蔵しているんだ。
お前ですら知らなかったことを何故公が狙っているのかというと、
彼と私は一緒に迷宮に挑んだパーティだったんだ。
当時彼は三男坊で跡継ぎと無縁とばかりに私と旅を続けていた。
その頃彼は金銭欲なぞとは無縁で得た宝は公平に分けたものだ。
だが十五年程前にノルヴァートゥナーヤ大飢饉が起きた。
生まれたばかりのお前をほったらかして旅に出ていたんだが、
旅先で飢饉の話を聞き私達は国へ戻ったが彼の長兄は餓死していたのだ。
その時期辺りから彼はおかしくなる。
彼の持っていた魔道具の一つが呪われていたんだ。
次第に欲望を強めいつしかあらゆる欲の権化と化した。
そして次兄まで暗殺してトゥゴマ公の名を継いだ。
今回、ついに親友である私までも手にかける程に落ちたのだ。
もはや彼を止めるすべはない、このままではお前まで巻き込まれるだろう」
ここまで言った後少し町長の言葉が詰まった。
ホウサはそれを固唾を飲んで見守るが既に嫌な予感が心の中を支配していた。
そして町長は再び話し始める。
「だからお前はこの旅に出た後にここへは戻ってくるな。
幸い共に旅する相手は王族だ、仲良くなり助けを請え。
持たせられるだけの魔道具の数々も渡そう。
売れば生きて行くのに困らないだけの額になるはずだ」
町長がそこまで言った所でホウサの目から涙がこぼれ落ちる。
両手を握り小さく手を震わせているがそれでも黙って父親の話を聞いている。
パトリがホウサの手を軽く握り寄り添う。
「これが今私に思いつく最善の策なのだ。
お前を助けるだけではなく私が生き残る可能性を賭けた策なのだ。
私も旅についていければ最善なんだがな、
さっき外を見たら既に見張られていた。
まさか見張りを倒して騒ぎを起こすわけにも行くまい。
それこそ相手の思うつぼ、役人に連れて行かれて以後行方不明だろうさ。
トゥゴマ公が糸を引いてるなら私の逃げ道は完全に塞がれている。
そういう所は抜かりのない奴だからな。
それに私までついていけばお前を危険に晒すことになる。
幸いなことに先程行った通り迷宮でパトリを見つけた時は金槍の姿をしていた。
トゥゴマ公ムィスはそれが後に人の姿に変身したとは流石に知らないはずだ。
パトリと名付けたのも人の姿になってからだしな。
人の姿になってから魔力を抑える技術も身につけたし、
一握りの者以外パトリはお前のお付きの女中だと誰もが思っている。
お前達が旅に出ようとも金槍を持っているかどうか見られるだけだ。
金槍を持っていないと分かれば見逃すだろう。
だからお前達だけなら充分に逃げ切ることができる。
それだって確実だとは言えないがお前が助かる可能性は上がる。
それにな迷宮で負った傷の調子が悪いんだ。
今の私では旅に耐えられない、だからお前だけでも」
そう言い切ると町長は少しうつ向く。
ホウサは父が逃げる手立てもなく既に助かる手段はないと様子から悟る。
今自分が生き延びる可能性を賭けた策と言ったのも方便だろう。
「私、お父様の冒険譚が好きでした…」
嗚咽を抑えてホウサは話し始める。
「同じ話を何度も何度も繰り返しましたね、何回聞いても楽しかったです。
内容じゃないんです、お父様が嬉しそうに話す姿が好きなんです…。
幼い時にお母様が亡くなってからお父様は一生懸命働いて育ててくれました。
いつも疲れた表情をしていましたが冒険譚を話す時は笑顔で。
私はその笑顔を見るだけで安心できるんです。
……、その笑顔はもう見ることはできないんですか?」
そこまで言うとホウサは堪らえきれなくなったのか涙の量が一気に増える。
ホウサがまだ口を開いて話そうとするので町長は無言で見つめ次の言葉を待つ。
パトリは二人の邪魔をしないように縮こまっている。
「小さい頃に遠出をした時に帰りに私を背負ってくれましたね。
本当はあの時眠いと嘘を付き寝た振りをしていました。
今でも忘れません、お父様の大きな背中の暖かさが心地良かったです。
…家の庭の木を自分で剪定すると言って木から落ちた時。
私が丘の向こうまで薬草を取ってきて貼ってあげましたね。
痛みが取れたよって言ってくれた時はとても嬉しかったです…。
……なんでこんな急に日常が壊れちゃうの?
昨日まではみんなで普通に笑って過ごしていたのに…」
崩れ落ちるホウサをパトリが支える。
「ホウサ…どうか今は耐えてくれ、そして逃げ延びてくれ」
「こんなことならもっとお父様と話しておくんだった。
今からでも聞いてくれますか?
私マイロ君といつも一緒にいますでしょ?
お父様はそれで私がマイロ君を好きなんじゃないかって。
まだ恋をするには若すぎるって叱りましたね。
実はね、私はエブロ君のことが好きなんだよ。
エブロ君も私のことが好きだと告白してくれました。
私は将来彼と一緒になろうと思います」
町長はウンウンと頷きながら聞いた。
「叱りたいような話だが今はお前の幸せを祈るよ」
そう言うと町長の頬に一筋涙がつたわるがそれでも微笑もうとする。
それを見たホウサの感情が爆発した。
「嘘よ! ありえないわ!
食材屋のディキィカバンさんが狙われただけなんじゃないの!?
そうよ! ディキィカバンさんを狙うための小麦が紛れ込んじゃったのよ!
見張られているのもお父様の勘違いなのよ!
だって何の証拠もないじゃない!」
大部屋にまで聞こえそうな大きな声でホウサは叫ぶ。
「従兄弟が殺され、行きつけの店主達が殺され、家の食事には毒。
どう考えても証拠ばかりだろう…、トゥゴマ公に狙われたら助からんよ」
町長は既に諦めきっている、
昔パーティだっただけに相手を知っているのだろう。
「じゃあ一緒に逃げましょうよ! 試してみないと分からないわ!」
ホウサはそう言って町長の腕を掴もうとするがパトリに制止される。
「ホウサ分かってあげなよ、ホウサだけでも助かって欲しいって気持ち!
それに今この家にいる全員が命の危険に晒されてるの!
あなたが状況を悪化させてどうするのよ!」
パトリ自身も言い過ぎなのは分かっているがパトリはホウサを主としている。
主の命を助けるために止む終えないと判断した。
町長は立ち上がり泣き叫ぶホウサを包容する。
暫くした後にホウサの背中をポンポンと叩いてから告げる。
「パトリ、ホウサを地下倉庫に向かわせてくれ、後は任せる」
町長はそう言うと回転椅子を回し後ろを向きそのまま言葉を出すことはなかった。
「いや! パパーッ!」部屋から連れ出そうとするパトリに抗うが、
人ならざる者のパトリにかなうはずもなくホウサは部屋から出された。
町長は自分の不甲斐なさに憤りを覚える。
長年生きてきたが娘一人を説得する言葉すらなかった。
そしてあろうことか娘を追い出し自分は現状から逃げてしまった。
それを思うと今までの人生は何の意味があったのだろうかと自問する。
若き頃の冒険が巡り巡って自分の命を縮めることは許せる。
だがそのせいで娘の心に傷を負わせてしまいそれを自分が癒やす時間すらない。
そんな無力な自分が情けない。
「祈るしかない…、私の願いよファイーナに届け…」
何を言っているのかまでは分からないがホウサが声を張り上げるのが聞こえた。
一行は準備を済ませ後はホウサを待つばかりとなっていた。
声が聞こえてからかなり経ってホウサとパトリがやってきた。
ホウサの顔は泣き腫らしたあとがあって皆状況を聞くのを躊躇った。
特にエブロ、マイロとコノはホウサの様子に動揺している。
ウエイはその様子を見て町長が残ることにしたんだと判断した。
四年程の付き合いだが別れの時だと思うと胸が痛んだ。
誰もが口を利き辛い中パトリが話を進めた。
「さあみんな、今日中にゴールノイェ・ポーレの村に行くよ。
そうしたら明日にはオーリッツァ王国まで行けるから」
パトリは言葉を濁して行かなければいけないではなく行けると言った。
追われる身になるかもしれないとは人でなくとも言えない事だと分かった。
もっともパトリはエルディー組が追われ慣れていることは知る由もない。
もし知っていても相手は一国の主だ。
小国と言えども数千の国軍を動かす力を持つので相対することはできないが。
パトリが言葉を濁したことはウエイとケンジャ様だけが気づき、
二人がお互いに視線を合わせるとベアダ組とエルディー組をそれぞれ急がせる。
「ぼんやりしてると日が暮れるまでにつかないぞ~、急ぐのだ~」
ケンジャ様に急かされて町長宅を出ていく一行。
ホウサも口をつぐんで後に続く。
外に出たウエイは少し離れたところに立っていたエルフをちらりと見る。
あれで隠れているつもりかと思いつつ出立したが、
そのエルフは町長宅の見張りから離れる様子はなかった。
そうして一行は一路西へと向かって歩き出すのだった。
「さようならお父様」とパトリは振り返り一言行った後走って皆を追った。
数日後、自宅に籠もっていた町長は襲撃を受けて、
残った魔道具で戦ったが多数の敵を倒すも討ち死にする事になる。
だが数日あれば充分に時間が稼げたので、
一行はオーリッツァを越えレトレ王国まで逃げ果せていると思い、
最後の表情は満足気だった。