エスミラッド王国にて
アガタ国とエスミラッド王国の国境は穀倉地帯にあった。
特に国境線といった物はなく国境を示す大きめの石版があるだけだった。
「エスミラッドに着いたな~。
国境を越えたらぁ、そこの貴族を頼れとステラ姫が言っていた~。
ボーリストレームと言う中級貴族だぁ、この先の村で場所を聞こう~」
ケンジャ様がそう行き先を示す。
「ボーリストレーム卿ならばノルディーンの町にお住まいですよお。
次の分かれ道を南に行った先にある町です、あそこに高い山がみえますよねえ。
あの山の麓に町があるんですよお」
新参者のミルカが説明してくれた。
「ふむ~、本街道からは外れるのだのぉ、まぁ行ってみるか~」
一行がポクポクと馬を歩かせ夕方近くにノルディーンという町に着いた。
「ここがノルディーンかぁ、聞いてはいたが初めて来たのぉ」
ケンジャ様がそう言いながら町を見渡す。
「ここはあの山、シレ山から取れる銅を基幹に成り立ってる町なのですう」
ミルカが一々説明してくれる、かなり博識のようだ。
一行は領主屋敷の場所を町の人から聞いて向かっていた。
領主屋敷の隣、町中に大きな駐屯地があった。
かなり目立ったので迷うこともなく屋敷に辿り着けた。
屋敷の入口で一行は馬を降りケンジャ様が衛兵にステラからの手紙を渡した。
「あら? ステラ殿下から紹介状貰っていたの?」とチマが聞いた。
「うむ~、スムーズに旅ができるようにぃ色々してくれたぞ~」
「でもアガタ国って周辺国と軋轢があるんじゃなかったっけ?」
「手紙に何と書いてあったか知らぬがぁ、悪いようにはならんだろ~」
程なくして案内の者が一行を屋敷内へ招き入れてくれた。
屋敷内はステラの椿宮と比べて実質剛健で機能が優先されているようだ。
一室に案内されると一人の男と護衛と思われる二人の男がいた。
「ほう、エルフ…」男の第一声がそれだった、男は続ける。
「初めまして、ノルディーンの領主をしている。
ケヴィン・コニー・ボーリストレームと申す、珍しいお客を歓迎する」
男は立ち上がりそう言うと一礼をした。
「いきなりの訪問ですまぬのぉ、ステラ王女がここへ立ち寄るように言ってのぉ。
わたし達はエルディー国第一王女ゆじゅの一行だ~」
「妾がゆじゅじゃ、此度の受け入れ感謝するぞい」とゆじゅも礼をする。
「これは姫君の来訪を歓迎致します」ケヴィンと名乗った男は嬉しそうだ。
「何か良い事があったのかえ? 口元が緩んでおるぞ?」とゆじゅが言う。
「こらゆじゅ! 初対面の方にはしたない! とチマが嗜める。
「いえ、いいのですよ、確かに吉報がありましたもので」
ケヴィンはそう言って嬉しさを堪えきれない様子。
「ステラ姫の手紙か~?」
「はい、その通りです、内容は個人的な事なので割愛させて頂きましょう。
今日はどうぞお寛ぎ下さい、これ、だれかお客人を客室にご案内を!」
ケヴィンがそう言うと執事服を着た男が入室して一行を案内した。
客間に通されたケンジャ様が執事に聞く。
「領主殿の嬉しがり様は只事ではないのぉ」
それに対して執事が語る。
「実はアガタ国から銅山の割譲の圧力が絶えなかったのですが、
此度、ステラ殿下と各王子殿下達が国王を説得して頂けると、
各王子連名のサインがございました、これで主の領地も安泰で御座います」
執事も嬉しかったのかつい内情を言ってしまった。
「やはりアガタの国王が問題なのか…。
王太子は善人とは言い難いが誠実だったんだがな」ズキが王太子を思い出し言う。
「イケメンだったしね」とチマが付け足した。
「しかしあからさまに他国領を狙ってたんだな、酷いもんだ」
「誰でも力があればそうなってしまうのではないですかあ?」とミルカが言う。
「権力があればぁ、陥りやすいのは確かだの~」ケンジャ様も同意する。
「そうですな、近年アガタ国の要求は強まるばかりでしたが、
本国は一切の援助もしてくれませぬ、しかも負けたら主が責をかぶる。
主の苦悩は見ていてつろうございました、しかしやっと光明が差したようで…」
執事は感極まって涙を流してしまった。
その夜は歓待され旅の疲れを取るために早めに寝ることとなった。
翌日、朝早くから一行は領主に呼び出された。
「何? こんな朝っぱらから呼び出すなんて」チマは叩き起こされて不機嫌だ。
「何かあったのだろうな~」とケンジャ様。
領主の部屋まで行くと、昨日とは打って変わって不機嫌そうな領主が座っている。
「まあみんな掛けてくれ」そう言われ一行は椅子に座る。
領主は無言でコンコンとテーブルを指で叩いている。
そして大きくため息を付くと一言喋った。
「これを見てくれ」領主はそう言って二通の手紙を差し出す。
ケンジャ様が代表で手紙を受け取り内容を精査する。
一通り読み終わると「むむぅ」と小さな声で唸る。
「ケンジャ様、何と書かれているんですか?」ズキが覗き込みながら尋ねる。
「一通はアガタ国王からの手紙~、わたし達を引き渡せと言ってる~。
差し出せばノルディーンへの圧力をやめると書いてある~。
もう一通はヴィリーからだぁ、国王の背後にエルフ有りと…」
少しだけ全員無言になるが、チマが話を切り出した。
「あ~あ、これ完全にズキのせいね、間違いないわ」チマがズキを睨む。
「エルフってコミの奴か…、あいつアガタに寄生していやがったのか」
「ボーリストレーム卿、どうするのだ~? わたし達と一戦交えるのか~?」
ケンジャ様が直球で聞いてくる。
「いや、一度迎えたお客人を裏切るなど武人として許せぬ。
この地は見張っているので皆さんはどうぞ旅を続けてくれ。
一晩良い夢を見たと思ってまた耐えるさ」そう言ってもう一度ため息をついた。
「居場所がバレているとぉ、追手の可能性を考えないといけない~」
ケンジャ様がそう言うと少し考える。
「領主、少しの間みんなを預かってくれぬか~? 町へ行ってくる~」
「分かりました、お任せあれ」
そうしてケンジャ様は一人商業区へと向かっていった。
ケンジャ様が戻ったのは皆が昼食を終えてからだった。
「戻ったぞ~」とケンジャ様が客室に入ってきたが後ろに知らない男が二人いた。
二人共見た目は褐色の肌、三十路手前の人間で二人共容姿は整っている。
旅服とも作業服ともつかない革製の服を着ていた。
「おかえりなのじゃ、その者達は誰かえ?」ゆじゅが首を傾げる。
「ベアダに着くまでの護衛を雇った~、二人共名の知れた者だぞぉ」
そう言われると二人は一歩前に出て自己紹介をする。
「どうも初めまして、ハリグラド商会大陸南部分所の所長リボル・アビークだ。
護衛として雇われたけど傭兵って訳じゃない、本職は今言った商会の運送屋だ」
「俺はラウル・ジャンボルニな、リボルの子分だ、よろしく」
二人に挨拶されて一行もお辞儀をする。
「ケンジャ様、本人達の前で言うのも悪いですが、
人が二人増えただけで何か変わるのでしょうか?」とズキが尋ねる。
「この二人を雇った理由は庭にある~」
「庭?」チマを筆頭に全員が首を傾げる。
「とりあえずみんなで見に行こ~」そう言ってケンジャ様が取って返す。
全員がケンジャ様に続き屋敷の外へと向かった。
外に出た瞬間から屋敷の者達がざわついているのが分かった。
その原因は庭にあった。
「え!? なにあれ!?」とチマが庭を見て驚く。
そこには二十メートル近くある大きな生き物が二体横になっていた。
一体は漆黒でもう一体は茶色の体色をしている。
全長と同じくらいの大きさの翼がある。
「あれは飛竜ですねえ」とミルカが言った。
「うあ~、パパ達と同じ位でっかいや!」とフレヤが興味深く見つめる。
そこで庭にいたボーリストレーム卿が近づいてきた。
「いや、この町にいるとは聞いていたのだが凄い。
こんな間近で見たのは初めてだよ、物凄い威圧感だな」と飛竜を褒め称える。
「はは、言っちゃいますが自慢の相棒っすよ」とラウルが言う。
「鞍がついているけど、もしかして二人はあれに乗るのか!?」とズキが驚く。
「そうだぁ、この二人は飛竜乗りだ~、十分な戦力だろぅ?」
「飛竜って強いの?」とチマが護衛の二人に聞く。
「攻撃魔法が使えるわけじゃないし話せるわけでもないけど、
言葉は理解してくれるし装甲はドラゴンに準じた硬さを持ってるよ、
攻撃方法は体当たりか尻尾位だけどね」
リボルが話した後にケンジャ様が二人の説明をした。
「あと~、このリボル・アビークはシルフを連れているし~、
レベル二の土魔法も使うぞ~、ラウル・ジャンボルニは氷魔法を使う~」
「そっか、シルフがいるなら矢は当たらないのね、
すっごいパーティになるわね~、これ平原なら一個大隊と戦えるんじゃない?」
チマが想像してワクワクしている。
「ってか、ケンジャ様この町初めてって言ってたのに詳しいわね」
「町のことは聞いたことあるとも言っただろぉ。
士官学校でこの二人の噂をよく聞いたのだ~。
飛竜を使った戦術や対抗策が流行していてぇわたしも参加していたのだ~」
ケンジャ様は自慢げに語った。
「ホントじゃ飛竜の上に変わったシルフがおるわい。
あれは召喚している訳ではなさそうじゃのお、不思議なもんじゃ」
「あれ、君はフロランスが見えるのかい?」とリボルがゆじゅに聞く。
「フロランスとはシルフの名前なのかえ?
それなら見えるぞよ空色のワンピースを着ている優雅な女性じゃ」
「へぇ、フロランスってそんな姿だったんだ、
長い付き合いだけど声しか知らなかったからな~」リボルが感心する。
シルフの姿はやはりゆじゅにしか見えないらしい。
「この先もずっと穀倉地帯が続くのでぇ、
空からの索敵にもってこい~。良い編成になるだろ~」
「なんか大げさに買ってもらって恥ずかしいな」とリボルが頭を掻く。
「ま、大金貰ったんだ、その分きっちり働かせてもらうさ」とラウル。
なんやかんやと屋敷の庭で話は盛り上がった。
他方、その姿を物陰から鬱陶しく見る数人の者達がいた。
「くそ、なんてモンを連れてきやがったんだ…。おいどうする?」
「俺達では対処できなくなったな…。
この事実をコミ様に言って指示を仰ぐしかあるまい、何にせよ俺達は御役御免だ」
「あのコミ様のことだ、暗殺に切り替えるんだろうな」
「足元のアガタ国にいることが分かっていれば対処できたかもしれなかったな」
「金だけの主従関係だ、そこまで義理立てて考えることはないさ」
「ああそうだな、俺が本隊に報告に戻るから尾行はお前等にまかせたぞ」
そうして不審者の一人が何処かへと走り去っていった。
その日の晩もボーリストレーム卿の屋敷に泊めてもらうことになった。
「だけどそこまでして守りを固める必要はあるのかしら?」
チマがケンジャ様に聞く。
「あのコミとかいうエルフ~、異常者だぁ。
ズキの事件があってからぁ故郷のベアダに問い合わせたがぁ、
祖父、父と同じ様な奇行を幼い時に繰り返してる~。
それでコミは精神魔法で精神を書き変えられたと聞いたぞ~。
その魔法が解けてズキの事件になったんだろぅ。
それが世界一の権力者と繋がりを持ったのだぁ、最大限注意するべき~」
「其奴も凄い言われようじゃのお、ズキも厄介な者と関わったのだのお」
ゆじゅがズキの頭をナデナデしてあげる。
「あいつ、本当にいいやつだったんだよ…」ズキが落胆して言う。
「魔法で作られたぁ仮初の心だったんだろ~」
「そんな……」ズキの落ち込みように誰も声をかけられなかった。
ミルカ、リボル、ラウルの三人は内情が分かっていないが、
尋ねられる状態ではないことが雰囲気から感じ取れていた。
「まあ、ファイーナ神の神託でその男と会うのは決定的だし、
注意を怠らないで対策はしておいたほうがいいのか」チマが小声で言った。
「やはり今回の事がズキが受けた神託の意味なのかのお」
「逃げ切るのは楽かもしれないから注意するのは帰り道かもよ?」
チマはあれこれと考え帰りが危険と判断した。
「相手がアガタ国にいるなら帰りもこの町に来てくれれば護衛を請け負うぜ?」
話がわかる程度の内容でラウルが提案をしてきた。
「そうだのぉ、お主達ならエルディー国まで行っても一飛びで帰れるからな~」
「今回、ベアダの町までの護衛なら任せてくれ、頼ってもらっていいぞ」
リボルも自信を持ってアピールする。
「殿下、それとみんなには迷惑をかけて済まない…」ズキが頭を下げる。
「殿下? もしや王族の方で?」とリボルが聞く。
「ズキ~! またやらかしたわね~!」チマがズキの頭をベシッと叩く。
「あうう、すみません~~」ポカポカと頭を叩かれるズキが手で遮る。
「仕方ない~、守ってもらう者に隠し事も非礼だろ~。
このゆじゅがエルディー国の王女だ~。
身代金目当ての誘拐を警戒してぇ身分を隠していたのだ~」
「となると心配事は二つになる訳ですね?」とリボルが聞き返す。
「まぁそうなるのぉ」ケンジャ様は素直にうなずく。
「では、本当に最悪の場合が起きたとしたら、
俺が殿下を飛竜に乗せてエルディー国まで逃げればいいのかな?
他の人は見捨てる感じになっちゃうけど」リボルが一つ提案した。
「うむ、最悪ならその手は有効だのぉ、頼んだ~」ケンジャ様も提案に乗る。
「なんかさ~、旅の直前からずっとこんな緊張した話ばかりな気がするわ」
チマが疲れた表情で言った。
まだ序盤なのに精神的に疲れる旅になっている。
「旅前からきついと言われておったが、
予想外の事件が三件続いたものじゃしな」
ゆじゅも続いたが本人は楽観的な様子。
「明日出発するとして~、予定外で南に来たから明日は西へ向かうぞ~。
あとボーリストレーム卿にぬか喜びをさせてしまった詫びも言ってなかったな~」
「西進するならもう少し南に行った所に分かれ道があって首都へ繋がってるぜ。
そのルートが一番早いと思うぞ」ラウルが道を示してくれた。
「じゃあ話はこれで終わりかしら? ならばそろそろ寝ましょうか」
そのチマの台詞で男性陣三人が同時に立ち上がった。
「じゃ、俺は男部屋に戻る、迷惑かけて本当に済まない」
ズキがもう一度頭を下げてから退室した。
続いてリボルはゆじゅに、ラウルはチマに手を振って続いて退室していった。
「フレヤとあの飛竜二頭がいれば襲おうなんて奴いないでしょ。
明日からは注意しつつも気楽に行きましょっか」
チマもそう言って立ち上がり女性用の寝室へ向かう。
「飛竜は格好良かったのお、妾も乗ってみたいのじゃ」
ゆじゅはチマの後を追う。残りの三人もそれぞれ立ち上がり寝室へ行った。
ボーリストレーム邸の外で見張りをしている男達に伝令が届く。
「駄目だ、最悪の命令が下ったぞ」と伝令が言う。
「うへ、もしかして攻撃命令か?」見張りの男が伝令の顔を覗き込む。
「エルフ達が移動を始めたら双角全員で足止めしろとさ」
「ああ…、俺死ぬな……」見張りの男は悲壮な顔をして言った。