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王女救出作戦

 朝起きてステラとゆじゅがいないことを侍女が発見して椿宮は騒然としていた。

「なんでなんで? どうしてゆじゅ達がいないの?

見張りに気付かれないで宮殿から出るなんてありえないでしょ!?」

宮殿にたどり着いて安心しきっていたチマは事態を知って焦りを覚える。

「シュノークは昨晩にぃ異変に気づいたようだ~、

連絡をくれたみたいだがぁ寝ていたので分からなかった~、すまぬ~、

今は西の街道を追いかけているそうだ~、

匂いから姫達を入れて六人で移動しているらしい~、

状況からぁどうやったかはともかくぅ拐われたことは間違いない~」

「町の門は夜はしまってたんでしょ? どうやって外に出たのよ」

「隠し通路でしょう、避難用の隠し通路はルミナスの外まで通じております、

しかし隠し通路の存在を把握されていたという事は敵は王族か…、

西に向かったのは間違いないのですか?」

ステラ警備の最高指揮官、銀翼騎士団中隊長のエッガースが言った。

「間違いないぞ~、シュノークがぁ匂いを辿っている~」

「では私達は全隊ですぐにでも追いかけるとします、

パスカル! 出撃準備を急がせろ!」と部下に命令を飛ばす。

「わたしとチマも一緒にいくぞ~、

シュノークからの情報がないと探索は無理だろ~、

わたし達の馬も二頭用意してくれ~」

「それはありがたい、パスカル聞いたな? 急げ!」

そう聞くと部下は急いで部屋を出ていった。

「でもなんで誘拐なわけ? 殺されかけたんじゃなかったの?

マルツでそういう結果にたどり着いていたじゃない」

「ノイズだぁ」とチマの問いに答えるケンジャ様。

「え?」チマはケンジャ様の言葉を理解できない。

「姫達を殺そうとした奴等は全く別の集団だったということだ~、

サイリスタ、赤応龍騎士団と今回が同じ黒幕で動いていたとしたらぁ、

殺そうとしてきた奴等は別の意思で動いていたのだろ~、

ノイズが混じっていたことで誘拐の意図を把握する事を妨げてしまった~」

「では少なくとも二つの集団がステラ殿下を狙っているということで?」

好ましくない情報を得たエッガースが緊張した面持ちで尋ねた。

ローレンツはルミナスに着いてからは援軍要請をしに別行動しているので、

今この場にいる最高責任者がエッガースとなっている。

警護失敗の責任を取らされることは確定的だが、

長年ステラの警備をしていてステラに愛着を持っている、

打算的な人間でもないので今は何よりもステラ救出で頭が一杯だ。

「今となってはぁ、殺そうとしてきた奴等がステラ個人を狙ったのかは疑問だ~、

そっちの方はそれ程心配しなくてもいいかもしれぬ~、

それよりも黒幕が王族だとほぼ確定したがぁ、大事になってきたのぉ」

「目的がステラ殿下だとしたらゆじゅはついでに拐われたの?

それだったらゆじゅは大ピンチじゃない、いつ殺されるのか分からないわ!?」

「うむぅ、まだ姫も狙われていた可能性もある~」

ケンジャ様は無理筋だとは思いつつも言ってみた。

「あるわけないじゃない、目撃しちゃったから連れて行かれたんでしょ」

「それならばステラ姫の部屋で殺されていたと思うが~?」

「う、そ、それは…」

チマがそう言って言葉が詰まった時にレーネが室内へ入ってきた。

「ケンジャ様、チマ様、話はお聞きしました!」

急いでいたので息を切らしたままレーネが言った。

「あ、あれ、あなたはサイリスタの迎賓館にいた侍女さん!?」

「はい、レーネとお呼びください、

予想通り昨晩のうちにステラ殿下は拐われてしまったのですね、

やはり未明にすれ違った馬車にステラ殿下が乗っておられたのですわ」

「予想通りとは~?」ケンジャ様がレーネの言葉を(いぶか)しんだ。

「郊外のサンフテ・ヒューゲルの町で事件の全容を知る男に出会ったのですわ、

宵のうちにステラ殿下が拐われる可能性はその時に聞かされました、

でも最悪の事態にはならないかもしれませんよ、

敵の本拠地の場所も分かっておりますし既にそこをズキさん達が見張っています、

ステラ殿下が敵の本拠地に着き次第、

ズキさん、フレヤさんとヴィリーという男が本拠地を急襲して救出する手筈です」

「詳しく話してくれませんか?」とエッガースがレーネに問う。

「ヴィリーという男は情報ギルドの一員で事件の全容を知っていました、

第二王子ヨーナス殿下がルミナスの白金竜の封印を解くために、

ステラ殿下を生贄に捧げる必要があるそうです、

サンフテ・ヒューゲルにある敵の本拠地で生贄の儀式が行われるとか、

本拠地の警備体制は杜撰でズキさん達三人で制圧できると仰っていました、

ヨーナス殿下は白金竜を支配下に置きたいようですが、

既に封印を解く魔法陣はズキさんが壊していますので復活は無理です、

あとはズキさん達三人がステラ殿下とゆじゅ殿下を救出するのみです」

「吉報が来たわね、黒幕も分かったのか、でもその男信じられるの?」

「十分程話しただけですが、ズキさんの正体も知っていましたし、

椿宮にステラ殿下とゆじゅ殿下達が到着していたことも知っていました、

味方かと言われると自信はありませんが、

個人的打算でステラ殿下を助ける点で利害が一致している様です」

レーネはようやく息が整ったようだった。

「じゃあ、道中でゆじゅが殺されていない事を祈りましょう…」

その可能性を捨てきれずに危機感をもったチマが言った。

一同は知らぬことだが、誘拐犯は四人とも人を殺めた経験がなく、

自分の手を汚すのを嫌って他人に押し付けようとしていたために、

道中でのゆじゅの安全は確保されていたのだった。

心無い者が一人でもいたらゆじゅは死んでいた薄皮一枚の安全であった。

「では、敵の目的地はサンフテ・ヒューゲルでいいのですね?」

エッガースが今一度問う。

「はい、私は詳しい場所までは分かりませんが、

サンフテ・ヒューゲルに拠点があるのは間違いありません」

「ならば駈歩(かけあし)で一時間あれば辿り着けるな」エッガースは言う。

「じゃ~、わたし達も厩舎へ急ごう~」とケンジャ様。

「私はこれ以上のことは知りませんし足手まといなのでここで待つことにします、

二人の殿下と皆さんの安全を願っていますわ」

「それじゃ行きましょうか」とチマが言って部屋の外へ向かった。

エッガースが走ってチマの前へ出て道案内をかって出た。

 エッガース、ケンジャ様とチマが厩舎へ行くと準備は殆どできており、

二個小隊百人が厩舎前の広場に集まっていた。

「全員聞け、目的地はサンフテ・ヒューゲルだ!

行き先に味方が待機しており殿下の救出を行うはずだが気を抜くな!

我々も急いで移動し一刻も早く殿下の身柄を確保するぞ!」

エッガースがそう言うと小隊長が号令し隊列を整えた。

エッガース、ケンジャ様とチマも馬番が連れてきた馬に騎乗すると、

エッガースを先頭に一路サンフテ・ヒューゲルへと向かった。

 一方、敵の本拠地を見張っているズキ達。

本拠地は領主の館ではなく、人通りの少ない路地裏にあった。

建物はそんなに大きくないがかなり大きめの地下室があるという。

儀式の祭壇はその地下室にあるだろうと目星をつけている。

ヨーナスの腹心リードレが夜中に敷地の庭で、

部下に指示をしている姿を既に確認済みなのでヴィリーとしては一安心だ。

敵はリードレを含めて七人敷地内にいる。

それはヴィリーの手下が敷地を監視して割り出した人数なので、

建物から出てきてない者がいる可能性は否定しきれない。

その手下は戦闘が不得手なので参加はしていない。

誘拐犯が四人な事も連絡がきているので総勢十一人と戦うことになる。

ズキ達は建物の影に隠れて敷地の入り口を見ている。

ヴィリー曰く裏口は馬車が入れるほどの大きさがないので、

ステラは入り口から連れて行かれるだろうとのことだ。

既に時は九時を過ぎ、ステラ誘拐の一報から八時間近くが経過していた。

徹夜をしていたズキが少し緊張感を欠きあくびをした。

「しかし、そちらの姫さんまで誘拐されるとは予想外さね」

「そうだけど、やることは変わらないだろ?」

「ゆじゅ殿下が人質にされたらどうするの!?」とフレヤが聞く。

「う、俺がエルフだと知れるとその可能性もあるのか…」

「その時は悪いが俺っちは止まらんぞ?」ヴィリーが無情に言う。

「おいおい無策で突っ込むのはやめてくれよ、

様子を見て俺が土塁壁の魔法で殿下達と敵を分断させるからさ」

ズキが焦って代案を出した。

「その魔法はどういった魔法なんだい? 詠唱はどの位かかるんだ?」

魔法の知識に疎いのかヴィリーがズキに尋ねる。

「十メートル程の長さの土壁を地面から出す魔法だよ、

壁の高さは二メートル位ある、詠唱時間は大きく一呼吸する位の時間で済むぞ」

「床が石畳だったらどうするんだいね?」

「大丈夫さ、石畳くらいなら突き抜けて発動してくれる」

「なるほどそれは有効そうだな、しかし全部で十一人か、

あんたとドラゴン君の魔法だけで事は足りるかもな、

予定通り俺っちは裏口から行かせてもらうが、

二人共リードレの顔は覚えてるな? リードレは傷つけるなよ?

証人になってもらう重要人物なんだからな」

「それほど明るくもなかったけど顔は十分に把握したぞ、

近距離なら見誤る事はないさ、ところで現在の居場所は分からないのか?」

「無茶言いなさんな、魔道具が便利だからと言っても万能じゃないんだ、

標的を見ることはできてもその周りまで見ることはできないって聞いた、

場所はわからんがもういつ到着してもおかしくはないさね、

そろそろ気持ちを切り替えて集中しておこう」

そう言って吸っていたタバコを地面に落とし踏みつけた。

 約三十分後、四頭立ての馬車が裏路地にやって来たので、

ズキ達はきっとあの馬車がそうなのだろうと思い注視した。

四頭立てとは言え馬の疲労具合で歩みが遅いので多人数が乗っていると分かる。

予想通りその馬車は敷地内に入っていき建物の前に止まった。

「確定はできないが時間的にもあの馬車で決まりだろうな、

あと今更だけどさ馬車が来るより先に建物を制圧して、

馬車を待ち伏せしておけば良かったんじゃないか?」

ズキが敷地の様子を覗いながらヴィリーに言った。

「確かに今更だが、馬車到着時の見張りの動向が分からなかったからな、

見張りがいないから馬車が別の場所に逃げたなんて事になったら目も当てられん、

だから予定通り一気に制圧したほうが殿下の身柄を確保しやすいだろう、

お、馬車が動き始めたぞ、姫さん達は降ろされたみたいだな、

外にいる相手は御者台にいる二人と表裏門の見張りが一人ずつだけだな、

まず表の見張りとあの二人を頼む、確実に倒してから突入してくれ、

俺っちは裏門の見張りを倒して一呼吸おいてから裏口を使って中に入る、

んじゃま行ってくるわ、ほとんど任せっきりになるかもだが頼んだ」

そう言うとヴィリーは裏路地の一本に消えていった。

昨晩に立てた作戦だとヴィリーが裏口から見張りを倒して入り、

裏口奥にある待機部屋で休んでる二人を倒す手筈になっている。

待機室にベッドが二つしかないのはヴィリーの部下が情報をつかんでいた。

ズキとフレヤはそれより前に正面から突入して左右にある部屋をそれぞれ制圧、

その後、ヴィリーと合流してから共に地下へ向かう予定だ。

地下室は建設時には大きめの部屋が一つあるだけと判明している。

最悪の場合だと地下室に敵が五人いる可能性があるが、

フレヤが盾役となりズキが砲台をすれば対処可能だとの結論に至った。

なおヴィリーは攻撃魔法を使えない。

敵はリードレ直属の私兵で練度は高くないとヴィリーが言っていた。

勿論ズキはそう聞いても油断はせず、サイリスタの時の兵の強さを想定している。

「よし馬車の二人は厩舎の中に入ったな、俺が見張りをやる、

フレヤは厩舎の二人をやってくれ、見張りを倒したら手伝いに行く」

ズキは土属性攻撃魔法のつぶてを高速詠唱し始め発動待機状態にする。

詠唱が終わるとフレヤの背中を合図代わりにポンと叩いて、

剣を抜くと正門に向かって走り出した。

まだ塀が視線を塞いでいて見張りの姿を確認できないが正門は目前だ。

塀が途切れ正門にたどり着くと見張りの姿が視界右側に入り、

ほぼ同時にズキが見張りの腹部を狙ってつぶてを発動させた。

見張りは突然走り込んできたズキと視線があったが反応する暇がなかった。

レベル一のつぶては殺傷能力はそんなに高くないが、

頭か胴に当たれば行動不能に陥らせる事ができる。

ズキの放ったつぶては見張りの胸部に命中し、崩れ落ちて喀血した。

折れた肋骨が肺に刺さったのだろう、

咳をするだけで声を出すことはできない様だ。

時を同じくしてフレヤが左側にある厩舎に走り込んでいく。

ズキは急いで見張りの元へと行くと背中に剣を突き立てた。

左を見ると既にフレヤの姿はなくガキンッと言う音が厩舎の中から聞こえた。

その音に驚いたのか数頭の馬が(いなな)いた。

ズキが厩舎に着いた時には既に二人の男は倒れていた。

フレヤは厩舎に入ると同時に一人に風刃を放ち、

走る勢いに任せてもう一人の頭を掴み柱に打ち付けたのだ。

熊並みの膂力を持つフレヤが力任せに腕を振り抜いた為男は即死の状態だった。

レベル二の風刃を受けた方の男は上半身と下半身が分断されている、

ズキはその惨状を見て自分でも予想していなかった動揺が走った。

もしヴィリーの言う事が嘘でこの人達が無実だったらと言う考えが頭をよぎった。

昨晩に何度もヴィリーを信じるかで悩んだ。

ステラとゆじゅが拐われたという知らせが魔道具から届いたのはズキも聞いた。

その魔道具の知らせがズキが腰を上げる決め手となった。

決めたのだが自分の感情は人を刺すことでまた揺れ動いた。

最終的に利用されるのだとしても二人の救出という点で、

ヴィリーと目的は同じだと自分に言い聞かせて余計な考えを頭から払おうとする。

その心の揺らぎは時間で表せられないほど刹那的だったのだろう。

「レベル一の魔法だと一撃で倒せないね!」とフレヤがズキに話しかけた。

ズキもハッとして集中力を取り戻した。

「玄関を入って俺は右の部屋をやるからフレヤは左を頼む」

そう言うと小走りで玄関に近づきつつ再び二人は高速詠唱で発動待機状態にする。

 ヴィリーは裏口の見張りを手際よく倒していた。

見張りは防具をつけておらずヴィリーの攻撃に反応すらできていなかった。

ヴィリーはショートソードよりも更に短い刃渡り五十センチ程の、

だが刺突に特化した肉厚の剣で見張りの胸を骨ごと貫いた。

情報ギルドの構成員とは思えない手際の良さだった。

ヴィリーは今裏口に耳を当て建物の中の様子を覗っている。

建物の中から大きな声が聞こえたのでズキ達が突入したのだろうと思い、

ヴィリーも意を決して裏口を開けた。

裏口を開いて右側が納戸になっていて左側が裏口の待機室になっているはずだ。

表玄関の近くの部屋から断続的に争う声が聞こえ、

その声が聞こえたのか待機所から一人が出てきた、

ヴィリーには気づかず玄関の方向を向いたその男の背中に剣を突き刺す。

男はギャッと短い叫びを上げ振り向いた。

致命傷とは程遠く男は抵抗しようとしたが武器を持っていないようだった。

ヴィリーと男は取っ組み合いになりようやくのことで男を倒した。

続いてヴィリーは待機室へ入ると別の男が酔っ払って眠っていた。

その酔っ払いが目覚めることはなかった。

 三人は廊下で合流し倒した人数の計算をした。

フレヤが行った部屋には誰もいなかったらしく、ズキが更に二人倒していた。

「あと三人がいないな、地下か」ズキが地下へ続く階段を見て言った。

「姫さん達も地下へ連れて行かれたか、まあ想定通りさね」

「リードレと言う女は武術はできるのかい?」ズキが聞く。

「いや、昨晩も言ったとおりただの政治屋だ、武器も持っていないだろう」

「ステラ殿下がもう殺されてるということは?」

「姫さんの体に魔法陣の刻印をしないといけないはずだ、

だがそっちの姫さんの安全は保証できかねるぞ?」

「殿下達が地下室にいるなら敵をピンポイントで狙撃できるつぶてが適してるな、

フレヤの風刃は刃渡りが二メートル弱あるので乱戦には向かない、

だから俺が先行して地下室に侵入する、フレヤは弱体魔法をかけてくれ、

ヴィリーはリードレという女の捕縛の準備を」

ズキは言葉も終わらないうちに静かに階段を降り始めた。

階段を降りきると左側に木でできた片開きの扉の出入り口があった。

ヴィリーが扉を軽く調べると内側から鍵がかけられていないことが分かる。

ズキが無言でハンドサインで『三、二、一』と指を折り曲げ、

握りこぶしと同時にバタンッと勢いよく扉を蹴飛ばし地下室に侵入した。

部屋にはナイフを持った男が二人と女がいる。

他にステラと思しき女性とゆじゅの姿を見ることができた。

音につられてゆじゅも扉を見、そこにズキの姿を見つけた。

敵の隠れ家にズキがいる、頭が変になり幻覚を見ているのではと思った。

ゆじゅはもう泣き止んでおり、諦念の感が見て取れ焦燥していた。

ステラはうつ伏せに気絶していて顔は見れないが本人で間違いないだろう。

男の一人が先頭の侵入者がエルフだと気付いた。

荷物として連れてきたエルフと知り合いじゃないかと判断した男は、

ゆじゅを引き寄せナイフを首にあてた。

「お前ら動くな、このガキを殺すぞ」

ズキはフレヤの言った通りの事態になったと感じた。

つぶての命中精度には自信があるから倒すならできるだろう。

だが男はナイフをピッタリと首に触れさせている。

このまま攻撃して男のバランスが崩れただけでゆじゅの首は切られる。

ましてや土塁壁などという魔法を使えば事故の可能性が拭えない。

「言う通り動くんじゃないわよ」

リードレは部屋に飾られた鞭を手にするとズキ達三人に攻撃を始めた。

「武術の心得はちゃっかりあるじゃないか…」ズキが文句を言う。

もう一人の男はうつ伏せのステラの上着を破り、ステラの背中が(あらわ)になった。

その背中に魔法陣を書こうと準備を始める。

そうしているうちにヴィリーとズキは少しずつ鞭によるダメージが通る。

ヴィリーは人質としてエルフを見ないかもしれない。

そうしたらヴィリーは攻め込んでくるだろう。

そう言った意味でヴィリーが一番攻撃されている。

できるうちに体力を削っておこうかと思ったからだ。

ズキの方は最初は軽快に避けていたが、

次第に熟練した鞭さばきで攻撃方向が絞り込めず、

ズキもまた怪我が増えて体中が痛んできた。

更にリードレが追い打ちをかける一言。

「誰が避けていいって言ったんだい? 全部受けなさい!」

ズキが手を出さずになすがままになっている様子をリードレは楽しんでいる。

ヴィリーはゆじゅを見捨てるか思案していた。

だがその場合、この戦いが終わったらズキに殺されると思い躊躇していた。

救出の可能性としては弱体魔法のパラライズで敵を倒す策もある。

第一小声の高速詠唱とは言え詠唱を唱えて気づかずにいられるか。

そんなこんなを考えているうちにいよいよ体の痛みが激しくなってきた。

いくら鞭で打っても効果が見えないフレヤは攻撃対象からはずしたようだ。

盾持ちは相変わらず儀式の用意、ゆじゅを人質にしている男は一番うしろにいる。

 何分耐えただろうか。

ズキは既に床に膝を付き肩で息をしている。

実用的な鞭ではないのか本来の鞭のダメージとは違うが着実に弱まっていく二人。

ヴィリーの怪我も大差ないがズキは気力を出して姿勢を崩さない。

だが既に戦意は喪失しかけていて立っているのは空元気だと分かる。

良い当たりの一発を貰ってズキは持っていた剣を落としてしまい危機に(おちい)った。

防御するための剣を失い相当な不利に陥った。

そしてリードレが左手に持つ短剣でズキは遂に脇腹を刺された。

右手ではまだ牽制とは思えない強さでヴィリーを攻撃している。

そこに後ろの階段上から声が聞こえてきた。

(おいおい…、増援あるなんて聞いてないぞ)

「フレヤ! 上から何人か降りてくる、牽制しろ!」

「オッケ~!」そう言ってフレヤはレベル二のパラライズを詠唱し始める。

階段からは二人が降りてきた。

フレヤが相手を確認して知らない人物だと分かると魔法を発動させる。

二人は「ギャハッ!」と叫んで階段を転げ落ちた。

だが一テンポ遅れて更に四人が階段を駆け下りてきた。

魔法対策で最初の二人は囮だったのだ。

四人はフレヤの脇を駆け抜けようとしたが、

フレヤはその内の二人の腕をそれぞれつかんだ。

そして残り二人がズキとヴィリーに対峙する。

援軍と思しき相手は今までの男とは違い統一された制服に身を包んでいる。

「その軍服、銀翼騎士団か…」そう、ローレンツが着ていた服と同じだった。

追い詰めたという思いから一気に不利に陥り気力が萎える。

ヴィリーはともかくズキは限界だ。

振り下ろされた剣を捌ききれず腕を切られてしまった。

「動くんじゃないって言ってるでしょうに!」

そう言ってリードレはまた鞭をズキに食らわせる。

剣も避けていけないとは卑怯を通り越して(けが)れを感じさせた。

ヴィリーと向き合った相手がヴィリーの太ももを剣で刺した、

ヴィリーの表情が苦痛で歪み片膝を着いた。

ズキと相対していた男が口を開いた。

「リードレ殿、主殿から伝言です、ステラ親衛隊がこちら方面に進軍中、

後をつけられるミスをしていないか? 儀式を急ぐようにだそうです、

が、見るにこいつらが元凶ですか」

騎士はそう言うとズキの頭に向かって剣を横に薙いだ。

ズキは剣を叩きつけられた勢いで床に頭を打ち付けた。

頭骨は割られなかったようだが頭皮が切れ頭から多量の血がでる。

「くそ、遊ぶ暇がなくなったわね」とリードレが言う。

元凶と言われてもズキには心当たりがない、いやあった。

レーネの忠告が間に合ったのかもしれないと思い直した。

フレヤ以外が重症を負い作戦は失敗に思われたが、

まだゆじゅに当てられているナイフが下げられれば逆転できる体力はある。

なんとかチャンスはないかとズキは倒れたまま様子を窺う。

フレヤは相変わらず二人を掴んだままだ。

二人は逃れようと剣をフレヤに突き立てようとするがフレヤには効かない。

リードレはフレヤにも言う「そこのトカゲ、二人を離せ、抵抗するな!」

だがフレヤは一向に離そうとしない。

フレヤ一人がなんとか頑張っているが作戦は完全に破綻していた。

リードレはステラに魔法陣を書いている男に急ぐように促す。

「コイツラはまだ殺すな、何者か問いただす必要がある、

お前らはステラの手のものか?

妙にタイミングが良かったが尾行していたのか?」

その言葉にゆじゅにナイフを当てていた男が答える。

「尾行はされてはいませんでした、こまめに注意して確認してましたから、

ですがこのステラ王女と一緒にいたエルフの娘、

そこにいるエルフと共にサイリスタで抵抗した一味かと」

その言葉とともに気がそれて一瞬だけナイフがゆじゅの首元から離れた。

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