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再びの逃走劇

 「…んか、ゆじゅ殿下」ローレンツがゆじゅの体を揺すりゆじゅを起こす。

「ん…、ん~、お昼になったかえ?」と目を(こす)りながら起き上がる。

「ええ、昼食が届きました、食べ終えてから事を始めましょう」

ローレンツはそう言うとステラのことも起こしに行く。

ゆじゅが見ると部屋中央のテーブルには三人分の食事が用意してあった。

「眠り薬が入っているとかはないかのお…」

「決行が明日なのであれば不審がられる事はやりますまい、安心して良いかと」

ステラの横でローレンツがそう言うとステラがモゾモゾと動き出した。

「どうなされましたか?」とステラがローレンツに尋ねる。

「殿下、お食事が届きました、食べておきましょう」

ローレンツはどう話を切り出そうか考えながらテーブルへと来るが、

その前にゆじゅが話を始めた。

「ステラさんや、大きな声は出さぬように聞いておくれ、

驚くでないぞ、ここの騎士団もステラさんを捉えようとしているのじゃ」

「え!?」っとステラは事前に忠告されていても驚きを隠せない。

「殿下、本当のことです、昼食を食べ終えましたらここから逃げます」

ゆじゅは早速スープに手を出す。

「うむ、これは濃い味で良いのお、ステラさんや、

これからまた馬で逃げることになるのじゃが体力は戻ったのかえ?」

そう言われたステラは焦りを覚える。

「ええ、一眠りしましたら大分調子は良いようですがちょっと筋肉痛が…」

「殿下、お耐えください」

そう言うと二人も食事を始めたがステラは食が中々進まないようだ。

「殿下、頑張ってお食べ下さい、でなければこの後の逃走に耐えられませぬ」

「はい…」ステラはローレンツに(うなが)されて急ぎ食事を済ませる。

三人とも食事が終わるとゆじゅは立ち上がりスタスタと扉へ向かい開いた。

「兵隊さんや、妾達の馬はどうしたのかえ?」と厩舎の話を振るために聞く。

「馬ならば厩舎に預けてあります、サイリスタの乗合馬車の馬だそうですね、

我々が責任を持って返してまいりますのでご安心を」

騎士の一人がそう答えた。

「ほお、厩舎って何処にあるのじゃ?」

「この建物の東隣ですがどうしてです?」

「ケトシ」とゆじゅが合図するとケトシがすかさず魔法を発動させる。

「ノクティス・ルーナエ・カルメン!」同時に二人の騎士がドサッと倒れる。

ローレンツとステラはゆじゅがいきなり作戦を始めてしまったので驚いたが、

もう後には退けないと眠った見張りを部屋に入れその部屋を出た。

「ゆじゅ殿下、打ち合わせもなしに不意に始めてしまい驚きましたぞ、

ステラ殿下、散歩しているように自然に振る舞って下さい、焦りを出さぬように」

そう言うとローレンツは先頭に立って歩き始めた。

二人もローレンツの後を歩き出す。

軍務舎にはそれなりに人がいて廊下を歩いている人も少なからずいる。

三人は人とすれ違う度に心臓がドキドキと激しく鳴る。

ゆじゅも緊張で油汗がでそうになるが手をグッパグッパして冷静に務める。

一行は軍務舎を出ると方向を左へと変え歩き続ける。

軍務舎の前は広く練兵場になっており沢山の騎士がいた。

三人の緊張は一層高まるがローレンツは早足にならないように自分を抑える。

緊張とは裏腹に誰も三人の事を気に留める風でもなかった。

そして軍務舎の端まで行くと厩舎が見えてきた。

まだ脱走には気づかれていないようで騎士たちは穏やかな日常を過ごしている。

「あそこじゃの」とゆじゅは小声で(ささや)いた。

「馬は選びましょう、団長と副団長達の駿馬(しゅんめ)を奪うのです」

ローレンツは後ろを振り返らずにそう言う。

「なるほど、逃げ延びる可能性は少しでも増やしておいたほうが良いですね」

ステラも同意するが、乗りこなせるかどうか少し不安もあった。

厩舎に入ると数百の馬をたった四人の馬番が世話をしていた。

ローレンツは入口付近にいたその一人に向かって歩き出す。

「素晴らしい馬が揃っていますね」そう話を切り出した。

「ん? お前さんらは誰だ?」馬番が尋ねる。

「私達はこの駐屯地に一晩やっかいになる予定の者です」

「ああ、朝早く着いたっていう人らか」

その言葉で三人の正体は馬番には聞かされていないとローレンツは気付く。

ゆじゅはステラ誘拐を目論む敵は一部だけだと知らせていなかったが、

今しがたの廊下をすれ違う人々やこの馬番の反応で、

騎士団の全てが敵ではないのかと考えた。

(いや、だが騎士団長が敵なら全てが敵か…)

ローレンツはそう前提して対処するべく気を引き締める。

「はいそうです、この馬の中でも特に良いものは団長達が使っているので?」

「そうさね、団長副団長達三人の馬はこの中でもとびっきりの駿馬ですや、

ほれ、この入口の眼の前にいる三頭がそうでやす」と馬を指し示す。

ローレンツがその馬に近づいてみるとひと目で筋肉の付き具合の違いが分かった。

「この三頭ですか素晴らしいですね」そう言うとゆじゅの方をちらっと見る。

それを合図だと思ったゆじゅは肩にしがみついているケトシの頭を軽く叩く。

「ノクティス・ルーナエ・カルメン!」

先ほどとは違い高レベルの魔法を使ったのであろう、

厩舎の奥にいた馬番も崩れ落ち、四人はすやすやと眠ってしまう。

「急いで馬具をつけましょう」とローレンツが言うと横にあった馬具へ駆け寄る。

ゆじゅとステラも続いて馬具を取り付けにかかる。

「ステラさんも自分で馬具を取り付けられるのだのお」ゆじゅが言う。

(たしな)みの一つですわ」ステラは手を止めることなく返事をした。

「さてローレンツ殿、馬に乗って散歩と言う言い訳は通じぬぞえ?

強行突破するのかえ?」ゆじゅはローレンツに問いかけた。

「いえ、行けるとこまではその散歩で行きましょう、

気づかれたらケトシ殿の魔法で周囲を眠らせてもらって強行突破です」

「ふむむケトシや、今他の馬を眠らせることはできるかえ?」

「馬は味方意識とかないからこの三頭と区別をつけられないにゃ~」

「分かったのじゃ、ローレンツ殿の策で行こうぞ」

そして三人は馬に乗り厩舎から出ていく。ステラは大きく一回深呼吸をした。

 三人は常歩(なみあし)でポクポクと練兵場の横を進んでいく。

練兵場の半ばまで行った所で五人組の騎士が三人に話しかけた。

「ステラ殿下、どちらへ行きなさる?」

「今朝迷惑をかけた詫びに太守に挨拶に参ろうかと思い外出の許可を頂きました」

ステラはそう即興で嘘をついた、ゆじゅは(よく咄嗟に思いついたのお)と思う。

「そうですか、ではお気をつ…、え? その馬は団長の!?」

騎士の一人が乗っている馬に気付いた。

「ノクティス・ルーナエ・カルメン!」

騒ぎになると判断したケトシがすかさず眠らせにかかる。

「逃げますっ! 襲歩で駆けて!」

ローレンツがそう言いステラの馬にムチを入れた。

ステラの乗る馬が突然走り出しゆじゅは慌ててそれを追いかける。

「こちらです! 中央道まで行って北門を一気に抜けます!」

三人が駐屯地を出るとローレンツは先行して道を選んだ。

周りの騎士達も異変に気づいたらしく軍務舎へ駆け込む者もいた。

軍務舎へ駆け込んだ騎士は大急ぎで軍務室へ行く。

「団長! 姫が逃走しました!」

「なにいっ! 第一大隊に非常招集をかけろ!

北へ逃げるはずだ、馬の用意ができた分隊から即時街道を北上させるんだ!

殆どの人員は内情を知らない、ローレンツが姫を(さら)ったとでも言ってごまかせ!」

赤応龍騎士団の団長はそう叫びながら自らも厩舎へと走っていった。

「ちくしょう俺の馬を使ったのか! これでは追いつけんぞ~っ!」

 中央道まで出たゆじゅ達三人は全速力で一路北上を始めた。

数分もしないうちに北門へたどり着く。

何も知らぬ軍兵の門衛は異常な速さで駆ける三人を不審者として止めようとする。

「そこの三人止まれ!」と言って一旦は進路を塞ごうとするが、

全速力の馬に相対できるはずもなくあわてて横に逃げる。

そして三人は門を通り抜けた。

「……Lv2舞風(まいかぜ)!」ゆじゅが魔法を詠唱する。

舞風は飛び道具から風で身を守る魔法だ、

いつもはケンジャ様の召喚精霊アーダが担当している。

直後に城壁から弓が多数飛んできたが全て三人の横にそれていく。

ローレンツは後ろを振り返りゆじゅの魔法を見てその手際に感心する。

「場慣れしておりますな!」大きな声でゆじゅに話しかける。

「何年もちまちゃんとガチバトルやったからの!」ゆじゅも答え後ろを見る。

取り敢えずまだ追手の姿は見えないが門衛が騒然としているので、

意味も分からずに追ってくるだろうことは予想できる。

「本当に良い馬達だ、これなら逃げ切れるぞ!」

「だと良いんですけれど!」ステラも声を張り上げて言うが、

後ろにばかり気を取られていて街道が混雑しているのに三人とも気づかなかった。

気付いた時には危うく歩行者を跳ね飛ばしそうになる所で慌てて減速した。

「どけどけっ! 道を開けるんだ!」ローレンツがそう叫ぶが、

街道の人達の反応は(かんば)しくない。

「まずいのお、このままでは追いつかれるぞよ」

ゆじゅが振り返ると十騎ばかりが追いかけてきている。

「あれは門衛ですな、軍兵でしたら殿下の名を出せば止められましょう」

「駄目だったらケトシの出番じゃ!」

「どけどけっ! ぶつかっても知らんぞ!」

ローレンツは再び歩行者に向かって叫ぶがやはり道は塞がり続ける。

そしてみるみるうちに後ろの十騎が追いついた。

「三人共止まれ!」そう言って槍を構え三人を囲もうとする。

「我らは第三王女ステラ殿下と共の者だ、控えい!」

ローレンツが剣を抜き構えて声を張り上げた。

だが十騎の兵達は誰一人ステラの顔を知らなかったようで構えを解かない。

「王族の名を語るなど無礼な! 貴様ら速やかに馬から降りるんだ!」

軍兵の追手の中で長らしき人物は王族への忠誠が高いらしく、

ローレンツの言を聞き激昂した表情でそう叫んだ。

「無礼は貴様らだ! 殿下に刃を向けてただで済むと思っているのか!」

「殿下ならば銀翼騎士団が付いているはずだろ!」

「私服だが私が銀翼騎士団大隊長だ! 部下は昨夜敵に全滅させられたのだ!

現在追撃を受けている、赤応龍騎士団も殿下の敵だ!」

「騎士団が王族を狙うなど下手な嘘にも程がある!」

「まってください、確かに私がステラです」

ステラも説得をしようとするが着の身着のままで逃げてきたので、

王族だと証明するものを何も持っていなかった。

「もう良いのじゃ、ケトシ」押し問答の暇はないと判断したゆじゅが言う。

「あいあいにゃ~ん、ノクティス・ルーナエ・カルメン!」

ケトシは門衛を眠らせたが近くにいた歩行者達も巻き込んでしまう。

更にその門衛の馬までが眠ってしまった。

その様子を見たケトシの魔法範囲外の人々は一瞬ざわつき道をあける。

「急ぎましょう!」ローレンツはそう言い馬を走らせようとした時、

ステラが「きゃっ!」と叫ぶ。

ステラの騎乗する馬が眠った軍兵を踏んでしまい転んでしまったのだ。

「殿下! お怪我は!?」ローレンツは慌てて戻り馬を降りて駆け寄る。

「いたたた…、背中を少し打ってしまいましたわ」

落馬してしまったのだが喋るだけの余裕はあったようだ。

「ルーナエ・ルーチェム・レクペラティオ!」ケトシが速攻で回復魔法を掛ける。

幸いステラの怪我は大したものではなかった。

「まずいぞえ、ステラさんの馬の足が折れてるぞえ」

「なんですと!?」

ローレンツが馬を見ると立とうとしているが前脚の具合が良くないようだ、

馬がその場でのたうっている。

「馬の脚を治すと時間掛かっちゃうにゃん」ケトシは諦めろとの意味で言う。

「殿下私の後ろに乗って下さい!」

ローレンツはそう言うとステラを乗せ後に自らも馬に乗り込む。

「くそっ、これでは追いつかれる…」そう言いながら馬にムチを入れた。

「まだ追手は来てないぞえ、できるだけ距離を稼ぐのじゃ!」

 一方追う立場の赤応龍騎士団は分隊毎にバラバラに追跡し、

更に何故客人のはずの三人を追いかけているのかも分からず混乱していた。

赤応龍騎士団長ヴィーゲルトは厩舎に残った中で一番良い馬を駆り、

追跡部隊の先頭にたどり着いていた。

そしてステラが乗り捨てた自分の馬を見つけると、急ぐ必要はないと判断し、

一時速度を落とし後から続いてくる後続の合流を待つ。

ある程度まとまった人員が集まった時に赤応龍騎士団の皆に告げる。

「銀翼騎士団ローレンツが姫殿下の誘拐を図った!

ローレンツとその共犯のエルフを討ち姫殿下を救出するのだ!」

その言葉に一同は動揺が走る、実質の親衛隊がステラ姫を誘拐する。

そんな事があるのだろうかという疑問が皆の頭によぎる。

副団長のレディガーもその一人だった。

「何故親衛隊がステラ殿下を(さら)う必要があるので?」

「奴が守ってる第五王子殿下の継承権を上げるために姫殿下が邪魔なのだ!

王子殿下の意向で殺害は控えているようだが安心はできぬ!」

全くの詭弁で穴だらけの言い訳だと自分でも分かっているが、

頭の中をフル回転して嘘のストーリーを練り上げ続ける。

だが混乱状態にある赤応龍騎士団の面々は稚拙な嘘に気づきもしなかった。

「では部隊も整ってきたので急ぎましょうぞ!」とレディガー副団長が言い、

走りながら部隊の編成を始め、千人の大隊を作ると速度を上げた。

 ゆじゅ一行は二十分程移動すると街道の人も少なくなってきて、

速力を出せるようになったのだが、

ローレンツの馬は二人乗っているので明らかに足が遅くなっている。

ゆじゅもローレンツの馬に速度を合わせて並走した。

「追手が見えましたわ!」後ろを警戒していたステラが叫ぶ。

ゆじゅが後ろを振り返るとまだ遠くだがかなりの数の騎馬が走っている。

「最早時間の問題ですな」とローレンツも一瞬後ろを振り返り言った。

「大丈夫じゃ、射程に入ったらケトシが眠らせるのじゃ」

「にゃ!」ケトシが笑顔で答える。

「猫さん頼もしいですわね」

そう言うが追手との速度は目に見えて違いあっという間に距離を詰められていく。

追手の数はもう数え切れないほどだ。

そしてその距離は二十メートルほどまで近づいた。

「今じゃケトシ!」とゆじゅは合図する。

「ノクティス・ルーナエ・カルメン!」

ケトシの魔法に十数騎が崩れ落ち、後ろの追手も巻き込まれて落馬していく。

「よし、追手が混乱しているのじゃ!」ゆじゅが嬉しそうに言うが、

ケトシが絶望的なことを言う。

「駄目にゃ! マスターの魔力が切れるにゃっ!」

ケトシがそう言った瞬間ゆじゅの背中から重さが消える。

「なんじゃって~! もう駄目ではないかえ!」ゆじゅの表情が途端に曇る。

追手とは四百メートル程の差しかない。

「ゆじゅ殿下、確かステラ殿下は(さら)われると言ってましたな!?」

「そうじゃ!」

「ならば殿下を殺さぬように前に回り込んで止めようとするはず、

前に行かれるのを阻んで迎撃するしかありません! 私が右を担当します!」

「それしかないかえ!」

「お二方、前方を見て!」とステラが声を張り上げた。

二人が前を見ると前からも騎兵の一団が迫ってくる。

「ちくしょうっ! 挟み撃ちだ…」ローレンツに絶望感が走る。

そう言いつつも速度を落とすわけにもいかず、前へ突き進む三人。

後ろも百メートル程まで迫ってきて絶体絶命におかれる。

 前方の騎兵団が二百メートルまで迫った時に変化が起きた。

前方の騎兵団から一斉に旗が掲げられる。

「あの旗はドナウアー騎士団だ、マルツを本拠地にする騎士団です!」

前方の騎兵団の先頭を走っていた人間が手信号で左に寄るように指示している。

どうやら横を走り抜けようとする動きを見せている。

ローレンツとゆじゅは意図を汲み指示通りに街道の左へ寄る。

騎兵団は右に寄り道を(ふさ)がないようにした。

「あの動き、どうやら味方のようですな、殿下助かるかもしれませんぞ」

「敵同士でステラさんの奪い合いということはないのかえ…?」

「それは祈るしかないですね」とステラは強く目を(つむ)り心の中で祈る。

お互いがすれ違う瞬間に騎士団の先頭の人物が叫ぶ。

「そのまま進んで! 後はお任せを!」その言葉でようやく味方だと分かった。

そしてドナウアー騎士団は赤応龍騎士団と激しく激突する。

馬同士が衝突して双方の落馬が相次ぐ。

だが急いで追いかけてきた赤応龍騎士団に対して、

ドナウアー騎士団は槍を装備しているので、

赤応龍騎士団は槍に突かれバタバタと倒されていく。

ゆじゅ達はその争乱の音を後に前へ進み続ける。

「ヴィーゲルト団長、あれはドナウアー騎士団の旗印です!

ローレンツを素通りさせたようです、どういうことでしょうか!?」」

赤応龍騎士団のレディガー副団長がヴィーゲルト団長に聞く。

「ローレンツに呼応しているのかもしれん、総員突撃続け!」

その言葉に赤応龍騎士団の面々がざわつくがヴィーゲルトは続けた。

「当惑している暇はない、相手は目前だぞ、戦え!」

 ドナウアー騎士団は大きく二つの部隊に分かれており、

後ろの部隊が三人に止まるよう叫んだ。

「直掩します、隊の中へ!」

そしてその隊は(きびす)を返して北へと動き始めた。

「ステラ殿下、ご無事で何より、私ドナウアー騎士団長クヴァントと申します、

必ずや御身をお守り致しますゆえご安心を」

クヴァントと名乗った男がローレンツの横に並走しながら自己紹介をする。

「クヴァント殿、窮地に助けて頂き感謝しますわ、

(わたくし)もう駄目かと思ってしまいました」

ステラは言うとローレンツの背中に顔を埋めた。

「ゆじゅっ!」と大きな叫び声が聞こえてゆじゅがそちらを見ると、

チマとケンジャ様が手を振っている。

「ケンジャ様!」ゆじゅはそう言うと大きくため息をついた。

「間に合ってよかった、ドナウアー騎士団を説得して向かってたんだけれど、

途中でケンジャ様の魔力が尽きてどうなるかと思ったわ」

チマも安心して笑顔を隠せない。

「ケトシが消えた時はもう駄目かと思ったぞよ、

チマちゃん、ケンジャ様、よう来てくれたのお…」

そう言うとゆじゅは声を押し殺しながら泣き出してしまった。

チマは十年間付き合ってきてゆじゅが泣くのを初めて見た。

それ程までに絶体絶命の危機に(おちい)っていたことが分かる。

「まだ安心するのは早いぞぉ、こちらの方が数が少ないのだ~」

しかしケンジャ様の言とは違い後方では異変が起きていた。

元々赤応龍騎士団の内、ステラを拉致するのを知っていたのは百人だけだ。

残りの騎士達は味方のはずのドナウアー騎士団と剣を交える意味が分からない。

それに対してドナウアー騎士団は躊躇いなく槍や剣を振るう。

みるみるうちに赤応龍騎士団の被害が増えていき、

ようやく赤応龍騎士団員達は自分が生き延びるために戦いに身を置く。

「ステラ殿下を襲うとは一体どういう訳か!?」とドナウアー騎士団が叫ぶと、

事情を知らない赤応龍騎士団の面々はヴィーゲルトの言い分と逆のことを言われ、

自分達がしていることに気付き始めてざわめきだった。

「逆賊フェリクス・ヴィーゲルト団長を捕らえよ!」ドナウアーの騎士が続ける。

「一体どういうことですか!?

我々はラッツェンベルガーに(さら)われた殿下を救出するために追ってたのでは!?」

と赤応龍騎士団のレディガー副長がヴィーゲルト団長に詰め寄る。

「何を言っている! 殿下を攫おうとしていたのはヴィーゲルトだ!」

ドナウアーの騎士がヴィーゲルトの代わりに答える。

周囲から注目を浴びたヴィーゲルトは、

辺りをキョロキョロと見渡し目論見が失敗したと見るや、

剣を抜き唐突に自らの喉を切り裂いた。

その様子を見た赤応龍騎士団の面々が絶句し動きを止める。

余りに唐突な事態に双方攻撃をするのを忘れて呆然とした。

こうして争いは短時間のうちに数十の犠牲と多大な負傷者を出して、

開戦からたったの数分で終わった。

 北へ向かっていた一行に報告が入る。

「伝令! 赤応龍騎士団長ヴィーゲルト自決、戦闘は終了!」

それを聞くとドナウアー騎士団長クヴァントが命令を伝える。

「レディガー、ヴルフの副団長二名は捕縛してマルツへ連行せよ、

その他の赤応龍騎士団はヴィーゼルの駐屯地へ引き返し謹慎させるよう、

監視のため二個小隊をヴィーゼルに残せ!

くそっ、騎士団長が自決だと? どんな圧力があればそんなことになるんだ…」

伝令は復唱してすぐに南へと戻っていった。

ローレンツはそれを聞いて本当に終わったんだなと感無量になる。

「ようやくですなステラ殿下、ようやく…」

「ええ、ゆじゅさんに大事がなくて良かったですわ」

「ステラさんもじゃの、サイリスタからまだ一日も経っていないのに、

もう何日も経っている感じがするのお」

泣き止んだゆじゅは少し落ち着きステラに返事をした。

「事が多すぎましたわね、これだけ襲われ続けるなんて」

「もう何を信じて良いのかわからぬのじゃ…」ゆじゅが眉をひそめて言う。

「このまま北上しマルツへ向かうのでしょうか?

両殿下の疲れも限界かと思うのですが」ローレンツがクヴァントに意見する。

「ローレンツ殿ですね、ご安心を、徹夜と聞いて後ろに貴賓馬車を用意してます、

もう少ししたら合流できると思いますのでお休みできると思いますよ」

ローレンツに答えたクヴァントという男は体格の良い男で、四十歳弱に見える。

膂力(りょりょく)に優れていそうで腰に履いている剣も片手剣の割りには随分と長い。

背中には騎士団のマークを入れた浅葱色のマントを羽織っている。

しかしその体格とは違い周りを安心させる空気を持った顔をする男だ。

「それはありがたいことです、特にゆじゅ殿下はお元気そうに見えますが、

仮眠中も緊張感が抜けていないご様子でした、一刻も早く休ませて差し上げたい」

「ローレンツ殿もさぞかしお疲れの事でしょう、後はお任せを」

クヴァントは笑顔でそう言うと左手で自分の胸をドンっと叩いた。

「じゃのお、ローレンツ殿の気の張り樣は常人の気力の限界を超えているぞえ、

ステラ殿と合わせて三人で休もうぞ」ゆじゅは今度こそ安心とばかりに微笑んだ。

「ゆじゅ、お疲れ様、ステラ殿下とローレンツさんもお疲れ様、

聞けば嵐のような一日だったのね、あたし達が戦線脱落した中よく頑張ったわ、

分断されてから気が気じゃなかったわよ」

チマが満面の笑みでユジュの肩を叩いた。

「間一髪だったのぉ、これで安心したぞ~」ケンジャ様も微笑む。

「日に三度も駈歩(かけあし)して速歩(はやあし)も二回、

襲歩(しゅうほ)も三回、これはつかれたぞえ~、

もう太ももも脹脛(ふくらはぎ)も張っていてバキバキじゃあ…、

今まで長くても乗馬は三時間くらいしかしたことなかったからのお、

ステラさんもよくぞついてこれたと褒めるしかないわえ」

「ケトシさんのお陰ですね、ケトシさんの回復魔法は凄かったですわ」

ステラはそう謙遜するがケトシの補助があっても並大抵の事ではない。

命が懸かっていたことによる火事場の馬鹿力としか言いようがなかった。

「正に、ケトシ殿が居てくださらねば我々は助かっていなかったでしょうな」

とローレンツもステラに同意した。

「後でまた会うと思うけれどケトシの前で褒めちゃ駄目よ、

あの子際限なくつけあがっちゃうから、ってかよく馬がもったわね、

一晩で百キロ以上駆けたんでしょ?」

「ケトシが馬にも体力上昇使ってくれたのじゃ、

速歩が普通の四倍くらい持続したぞよ」

「むむ、ケトシのくせに大活躍だったのね…」

チマが毒づくが内心ではチマもケトシには感謝感謝であった。

チマは口は悪いが責任感が強くお節介焼きでもあるので、

自分の手の届かない場所でゆじゅ達を助けたケトシを(いと)おしく思った。

 二十分ほど北上すると二台の馬車と合流でき、

ゆじゅ、ステラ、ローレンツは馬車の中でぐっすりと眠ってしまった。

そしてドナウアー騎士団の駐屯地に着いたのは日を(また)いだ深夜となっていた。

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